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第114話 死神ちゃんと庭師②

 死神ちゃんは三階の〈ゾンビ部屋〉へとやって来た。そこでは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉と思しき冒険者が黙々とゾンビを|屠《ほふ》っていた。その様子を見て、死神ちゃんは思わず顔をしかめた。というのも、ずんぐりとした身体のドワーフが、その見た目とは裏腹な素早さで群がってくるゾンビを叩いたり切ったりしていたのだが、彼の手にしていた武器は武器と呼べるような代物ではなかったのだ。
 ひとまず戦闘を終えたドワーフが休憩すべく安全な高台に移動していったのを見届けると、死神ちゃんもそちらへとふよふよと飛んでいった。そして彼の目の前に降り立つと、頬を心なしか引きつらせ、じっとりと目を細めて彼を見据えた。


「何でショベルなんだよ」

「おお、いつぞやのお嬢ちゃんじゃあないか」


 ドワーフの彼――庭師はにこやかに微笑むと、隣に座るようにと死神ちゃんに促した。死神ちゃんが隣に腰掛けると、彼は「元気そうだな」と微笑みながら死神ちゃんの頭を撫で、ポーチの中を漁って軽食を取り出した。〈うちのカミさんお手製の自慢のスコーン〉を分けてもらった死神ちゃんは、それを手にしたまま、美味しそうにスコーンを頬張る彼を見つめてポツリと言った。


「だから、何でショベルなんだよ」

「ああ、これかい? 私の仕事道具のひとつだよ。植え替えの時なんかに愛用しているものなんだが、このスプーン状の幅広の刃は鈍器として叩いてもよし、剣のように扱ってもよしで武器にするにはもってこいだろう?」


 庭師は横に立てかけてあるショベルを、〈戦友を見つめる眼差し〉でちらりと一瞥した。死神ちゃんは表情を浮かべることも相槌を打つこともなく、スコーンをもくもくと食べた。
 彼はフウと息をつくと、ほんの少しだけ眉根を寄せた。


「でもなあ、これでゾンビと戦っていると、自分は庭師ではなく墓守な気がしてきて気分が滅入るのだよなあ。まるで、墓から蘇ってきたゾンビを墓の中に叩き帰しているようで」

「そりゃあすごいアグレッシブな墓守だな。――で、ゾンビ相手に何をしていたんだよ。経験値稼ぎか?」


 彼は首を横に振ると「探しているものがある」と言った。前回会ったときに探していたチェーンソーとはまた別の工具だそうで、彼が仕える貴族が懇意にしている家具職人から〈手に入れてきて欲しい〉と頼まれたのだという。


「私の古馴染みでもあるんだが、あいつ、私がダンジョンに訪れるようになったのを知るや、そのように頼んできてね。自分で取りに来ればいいじゃあないか、なあ? ――ちなみに、その工具というのは|鉄梃《かなてこ》なんだがね。ダンジョンで産出されるそれには不思議な魔力が宿っていて、どんなにひん曲がった釘も一発でスッと抜けるんだそうだ。そして、武器として使用すれば神をも一網打尽にできるという……」

「あー、いわゆるバールってやつな。でも、一網打尽にできるのはいいとこゾンビくらいだろ。神はさすがに言い過ぎなんじゃないのか?」

「いやそれが、そういう噂なのだ。なんて言ったらいいんだ? こう、うねうねにゅるにゅるした、どう名状したらいいか分からない感じの神に特に効果があるとかなんとか……」

「なんだそりゃ」


 死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をすると、庭師も苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
 彼は愛妻お手製のスコーンを味わいながら、|件《くだん》の〈伝説の鉄梃〉はゾンビが持っているらしいという噂を聞いたと言った。しかしその噂を頼りに、本日はゾンビだけをひたすら狩り続けているのそうなのだが、それらしいものは一度も見かけないのだそうだ。


「ちぇんそ探しの合間に探せばいいと思いつつ、〈ゾンビが持っているらしい〉という明確な情報を得てはね。そちらを先に手に入れようと思うだろう? しかしながら、やはり伝説の武器だからか、影も形も拝めないんだよ」


 彼は溜め息をつくと、小休止を切り上げて〈でんせつのぶき〉探しに再び精を出した。ショベルで叩き潰されたり、首を刎ねられたりというゾンビのスプラッタな有様をぼんやりと眺めながら「今日はちょっと、気分的に肉は食いたくないな」と死神ちゃんは思った。
 小一時間ほどして、庭師は再び休憩をとろうと、高台を目指すべく広間に背を向けた。死神ちゃんは眉根を寄せると、思わず「後ろ!」と彼に向かって叫んだ。――そこには、今まで見たこともない、通常のゾンビより二、三回りは大きなゾンビが立っていた。

 庭師は巨大ゾンビの攻撃を避けると、慌てて高台に登ってきた。ゾンビは彼を追いかけることを途中で諦めて、手にした棒をズリズリと引きずりながら広間を徘徊しだした。


「なあ、あの大きなゾンビの持っている棒、もしかしてお前の探しているやつじゃないか?」

「うむ、そうかもしらん。――お嬢ちゃん、よく気がついたな。教えてくれてありがとう」

「いや、教えるつもりとかは一切なかったんだが、まさか〈でんせつのぶき〉を拝めるとは思ってもみなかったから、つい」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべるのを、庭師は怪訝な表情で見つめた。死神ちゃんが〈自分は死神である〉と伝えると、彼は目を見開いて驚いた。


「どうりで、この前お嬢ちゃんに出会ったとき、死んだら灰になったわけだ。――ということは、つまり、今回も?」


 死神ちゃんが頷くと、彼は頭を抱えて考え込んだ。――目の前の〈でんせつのぶき〉を諦めて死神を祓いに行くべきか。それとも、蘇生失敗の恐怖に怯えつつも〈ようやく手にしたチャンス〉を掴みに行くべきか。
 悩んだ末、後者を選択した彼は万全の準備を整えると、ポーチから高枝切り鋏を取り出した。


「やはり、最後の決戦は〈一番の相棒〉とともに臨まねばだろう。――死神ちゃんよ、私の勇士をしかと見届けてくれ」


 死神ちゃんが頷くと、庭師は頷き返すことなく死神ちゃんに背を向けた。そして片腕を振り上げることで、彼は死神ちゃんへの返答とした。

 彼と巨大ゾンビは|杖《じょう》を交えるかのごとく、高枝切り鋏と鉄梃を交えた。ぶつかり合う鉄と鉄とが火花を散らし、彼らが武器で薙ぐたびに一面に旋風が巻き起こった。彼らの力は拮抗しており、死闘は永く続けられるものと思われた。しかし、幕引きはあっという間だった。
 鉄梃と打ち合いをする際、柄ではなく鋏の部分で攻撃を何度か受けてしまっていたせいで、高枝切り鋏は刃こぼれを起こした。最愛にして最高の武器が競り負けたことにショックを受けた庭師は、その一瞬、うっかり怯んでしまったのだ。そこに、ゾンビが渾身の力で鉄梃を振り下ろしてきて、彼は努力も虚しく砕け散ってしまったのだった。


「やっぱり、ゾンビを倒すには鋏じゃなくてチェーンソーかバールと相場が決まってるもんな……」


 死神ちゃんはそんなことを呟いて納得するかのように頷くと、壁の中へと静かに消えていったのだった。




 ――――ショットガンなんかも捨てがたいなと、死神ちゃんはしみじみと思ったそうDEATH。

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