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贈り物10

 今回来た市場とボクが住んでいる拠点までは距離はあるが、前回の市場よりはやや近い。大した違いはないが、気持ち早く帰れるだろう。
 とはいえ、完全に夕方になってから市場を発ったので、足早に帰宅したところで拠点に到着した時には日が暮れていた。
 それでも玄関でプラタが出迎えてくれる。それに帰宅の挨拶をして、忘れないうちにと今日買った服をプラタに贈る。

「これは?」
「今日市場で買った服だよ。その服が似合っていたから、またプラタに服を贈ってみようかと思ってね」
「私も選んだんだよー!」

 プラタが現在着ている、前に贈った服を示しながら説明していると、隣に居たシトリーがふふんと胸を張る。

「そうでしたか。私如きに気を配っていただき、誠に感謝致します。ご主人様」

 そう言うと、プラタはボクの方にだけ頭を下げた。シトリーなど最初から居ないかのような振る舞いだが、これもよくある光景か。
 シトリーもムッとした表情を僅かに浮かべたものの、それだけだ。

「中にボクが選んだ服と、シトリーが選んだ服の二着が入っているからね」

 そう追加で説明すると、プラタは再度頭を下げる。

「それで、夕食の方は如何いたしますか?」
「食べるよ」
「今からでよろしいですか?」
「うん。お願い」
「では、こちらへ」

 プラタの案内で食堂へと移動していく。その後ろでシトリーは離れて何処かへ行った。料理でも取りに行ったのかもしれない。
 毎回食堂に料理を運んでくれるのはシトリーなので、おそらくそうだろう。そういえば、ここの台所ってどこに在るのだろうか? 案内してもらっていないから分からないが、料理はちゃんと作られているので、何処かにあるにはあるのだろうが。
 まあそんな事はいいかと思いながらプラタの後を追う。一階の食堂までの道は流石に覚えたが、別に一人で行く意味もないからな。
 道中の会話はない。何か話題をと考えたが、話題は思いつかなかった。贈った服の話をしようかとも思いはしたが、これといって話す事もないからな。ただ悩んでいただけだし、その後は悩んでいるシトリーを眺めていただけだ。
 少しして、食堂に到着する。拠点内は広いが、玄関から食堂まではそれほど離れてはいない。
 プラタが開けた扉から食堂の中に入ると、相変わらずがらんとした食堂。時間的には夕食にはやや遅いとはいえ、やはり誰もいないな。
 いつもの食堂全体が見渡せる奥の席へと移動すると、プラタが引いた椅子に腰を下ろす。
 そこで改めて周囲を見てみる。誰も居ないのは変わらないが、よくよく見てみれば、この食堂が使われている感じがしない。掃除が行き届いているので奇麗ではあるが、それだけだ。

「プラタ。ここの食堂って使われていないの?」
「はい。来賓用の食堂ですので」
「そうなんだ」

 気になってプラタに問えば、そんな答えが返ってくる。ここが来賓用の食堂だったなんて今初めて知った。
 であれば、ここをボク以外が使っていない感じなのはそのせいか。使われないよりはマシなのだろうが、では皆が使っている食堂もあるのかな? そう思いプラタに問い掛けてみると。

「はい。御座います。ですがそちらは狭いので、時間帯によっては住民でも全て入りきらない場合があります」
「そうなんだ」

 もう少し詳しく話を聞くと、どうやら来賓用の食堂とは別に、拠点に住まう者向けの一般食堂も各階層に複数存在しているらしい。その中でも兵士達が詰めている階層のみ、一般食堂も大きいのだとか。
 ボクが食事の際に使用している来賓用の食堂も各階層には在るが、こちらはどの階層でも内装も広さも同じらしい。
 その初めて聞いた話に驚いていると、食堂の扉が開いてシトリーが配膳用の手押し車を押してやって来る。
 シトリーが食堂内に入ると、ボクのところまで美味しそうな匂いが届く。味が濃そうな匂いの中に、空腹を刺激する香辛料のピリリとした香りが混ざっている。
 それだけでご飯が食べられそうないい匂いが段々と近づいてきてシトリーがボクの横で止まると、シトリーは慣れた手つきでテキパキと手押し車の上に載っていた皿をボクの目の前に並べていく。
 こうしてシトリーが配膳するのももう何百回目ぐらいだろうか? まだそんなには回数は重ねていないかな? 数えていないから分からないや。それでももうこれが当たり前の光景になりつつあるな。
 そんな事を考えている内にシトリーが皿を並べ終える。
 料理を全て机の上に並べ終えたところで、シトリーは手押し車を扉近くの隅の方に移動させて、部屋を出ていった。
 これもいつも通りではあるが、少し寂しい。昼と同じようにシトリーもここで食べていけばいいのに。まぁ、シトリーにはシトリーの都合もあるだろうから無理強いするつもりはないが。
 シトリーが食堂から出ていったところで、目の前の料理に意識を向ける。品数は多いのだが一品一品の量は少ないので、全体としては普通ぐらいの量か、やや少ないぐらい。
 濃いめの色の液体が掛かった焼いた肉とか、卵液の中に細かく刻んだ様々な食材を入れて蒸し固めた物とか、茹でた野菜に白濁とした液体を少量垂らした品とか、とにかく多数。
 そのどれもが一口から大きくても三口ぐらいで食べられそうな量なので気軽に食べられるが、こういった場合は好みを調べる意味も含まれているので少々緊張してしまうな。する必要はないのだけれども。
 一通り料理に目を向けた後、早速手前の一つを手に取る。まず手に取ったのは、やや赤みを帯びた小さなパン。
 一口大に切られたそのパンをそのまま口の中に放って食べると、苦味の強い味と仄かな甘み。それに舌に響くような奥深い味わいが口に広がっていく。
 しっかりとしたパンのようで食感は硬めだが、噛み応えがあってこれはこれでいいものだ。それに、噛んでいるとぐにっとした柔らかい食感を僅かに感じたので、中に小さな果実が入っていたようだ。
 それをしっかりと味わって飲み込む。どうやら今食べたパンは、苦味の強い木の実を粉になるまで砕いて混ぜたパンで、それに酒に浸した果実を入れて焼いたようだ。
 こういった苦味が強めの食べ物を大人の味わいとでも表現すればいいのだろうか? その辺りはよく分からないが、酒に浸けた果実のおかげで、苦いだけではなく味に奥深さがあった。酒に浸していても、果実の酒精はそこまで強くはなかったし。
 しかし今回は少量だからいいが、個人的にはこのパンはあまり多くは食べられないかもしれない。美味しいし嫌いではないのだが、苦い物というのはまだまだ慣れない。
 そう思いつつ、次の皿に手を伸ばす。次は美味しそうな匂いをさせている焼いた肉だ。
 一口大に切られた四角い肉が三つ、小皿の上に窮屈そうに並べられている。そこに肉よりも色が濃い、焦げ茶色の液体が少量掛けられている。
 箸でその肉の一つを摘まむと、他の二つが小皿から零れないように気をつけながら持ち上げて、それを口にした。

「・・・んむ」

 まだほんのり温かいその肉は弾力があり、噛むと中から野性味あふれる旨みが溢れてくる。その旨みが、見た目と違って爽やかな味わいの焦げ茶色の液体と合わさり、あまり重たくない味わいへと仕上がっていた。
 噛み応えはあるが意外と量を食べられそうな一品ではあるものの、ガツンとした重い味わいを期待している相手には不向きだな。個人的には気に入ったが、頻繁に食べたいかと問われれば少々悩んでしまうだろう。
 そのあとに残った肉もしっかりと味わって食べ終えると、次は野菜で一休み。
 こちらは色鮮やかな野菜を茹でて白濁した液体を垂らしただけの一品。
 一口大に切り分けられた野菜は瑞々しく、掛かっている白濁とした液体は酸味が強いようだ。それでいて香辛料のピリッとした辛さが少しするので、暑い日なんかはいいかもしれないな。
 その茹でた野菜の次は、揚げた野菜。
 硬い根菜類を薄く切って、その上に細かく刻んだ後に練った肉を載せ、更にその上に薄く切った根菜類を被せて揚げた料理。
 根菜類で肉を挟んで揚げたそれは、揚げ物特有のサクッとした衣の食感ではなく、薄く切ったとはいえ確かな歯ごたえのある根菜類の食感と肉の旨みが口の中に広がって、食感と味の両方で楽しませてくれる。
 こういった単純な味わいと確かな食感は子どもが喜びそうだが、ボクも結構好きだな。今回は一口大に切られていたが、今度普通の大きさで食べてみたい。
 そこまで食べ終えたところで、用意されていたお茶を一口飲む。

「ん?」

 今日のお茶はいつもの苦味の強いお茶ではなく、香ばしい味わいの風味豊かなお茶だ。手元の容器に目を落とすと、中には見慣れた黄緑色ではなく、薄茶色の液体。これも試作という事なのかな? 中々美味しい。食事中や休憩時に飲むにはいいかも。でも、食後にはいつものお茶の方が適していそうだな。これでは口に残った味を洗い流して、気分を切り替えるには少々弱い気がする。
 とはいえ、そこまで拘っている訳でもないので、そのままお茶を飲む。
 お茶を飲んだ後は、卵液に野菜や肉などを細かく刻んで入れてから蒸し固めた料理を口にする。
 ほんのりと黄みを帯びた白色のそれの断面からは、刻んで入れた様々な食材が確認出来る。プルプルしている割にはしっかりと固まっているようで、箸で摘まんでも崩れるような事はない。
 食べてみると、上品な美味しさが舌を包み込む。どうやら、ただ卵液に刻んだ食材を入れて固めただけではないようだ。詳しくは判らないが、上品なだけではなく味に深みがある。
 様々な素材の旨みを抽出して卵液で固めたようなその料理に満足しつつ、上品さに思わず伸びた背筋のまま次の皿に手を伸ばす。
 次に手に取った更に載っていたのは、肉団子のようだ。

「んー・・・見た目は普通の肉団子?」

 肉を細かく刻んで練って丸めて茹でただけのような、灰色のそれが一つ。見た目からは何も判らないので、一口大のそれを口に入れて噛んでみると。

「ッ!!」

 瞬間広がる刺激的な味。全身の毛穴から汗が噴き出たような感覚に驚きながら、急いでお茶を流し込む。

「ゴホッ、ゲホッ」

 少々涙目になりながらも、容器に半分程残っていたお茶ごと肉団子を一気に流し込むと、思わずむせた後に大きく息を吸う。

「大丈夫で御座いますか?」
「ん、問題ない。・・・ちょっと辛くてびっくりしただけだから」

 心配するプラタに、軽く手を挙げて問題ないと制する。それにしても辛かった。どうやら肉団子で激辛の液体を包んでいたらしい。
 辛い物が好きならこれでもいいのかも知れないが、ボクは元々辛いのは得意ではないうえに今回は不意打ちだったこともあり、必要以上に驚いてしまった。というか未だに辛いし、舌や喉がヒリヒリするうえに汗が止まらない。

「そうですか。でしたらいいのですが・・・とりあえず、その料理を作った物には相応の罰を与えておきます」
「いや、そこまでしなくてもいいよ」

 なんか今のプラタは恐いし、多分その人死んでしまうのではなかろうかと思ってしまう。・・・いや、プラタならそのぐらいはするか。相手は料理を作っただけだし、どうにか宥めた方がいいのだろうか?
 うーんと悩むと、何を考えているのか察したのか、プラタが口を開く。

「今回は辛いというだけでしたが、もしもこれが毒であった場合、取り返しのつかない事になるかもしれません」
「まぁ、それはそうだけれど・・・」
「今後はこのような事態が起きないように毒見を徹底するとしまして、料理人達の監視も厳重に行うことにいたします」

 硬質な声音で告げるプラタは、どう考えても怒っていた。それももの凄く。
 確か前に料理は信用できる者達に任せていると言っていたし、料理の確認は緩かったのだろう。プラタも忙しそうだし、そんなところまでかかずらってはいられないというのもありそうだ。
 それに、今までもこういった嗜好調査は何度かあったし、プラタは人間界に居た頃からボクの食事内容は把握していたと思う。という事は、嗜好も大体は把握しているのだろうし、料理を任せていた者達にもその辺りは徹底していたと思う。だというのにこの結果。それが許せないのかもしれない。
 ボクが辛いのは得意ではないというのは料理人も知っていたのは確実だからな。以前に嗜好調査で出てきた料理に辛い料理があったが、それは段階的に辛さが違う何品かの料理だったのだが、その幅はボクが食べられる許容範囲内に丁度収まっていた。一番辛い料理でも、やや辛みが強いなと思った程度だったから。
 そういう訳で、しっかりと情報共有していれば起きなかった事態。徹底した毒見も間に挟めばより確実だったのだろう。プラタは食事が出来ないので、別の誰かを用意する必要はあるが。
 なので、そういった部分も含めると、プラタの怒りは自分にも向いているというのもあると思う。
 なんだかんだとプラタとの付き合いも結構長いので、そうだろうなというのは想像に難くない。いやはや、こう言うと自惚れているような感じはするが、ボクは随分とプラタに慕われているようだ。それとも敬われているのかな? まあ何にせよ、丁重に扱われているらしい。
 それはそれとしても、嬉しいがこのままにしておく訳にはいかないだろう。流石に死罪にはしないと思うが、このままでは本当に人死にが出かねない。
 しかし、ではどうしよう? 一応言えば止まってくれるだろう。完全には無理でも、ある程度抑えてはくれる。その場合、不満が残りそうなのが気がかりだが。
 もっとも、正直毒云々は横に措くとしても、この激辛料理をまた食べたいかと問われれば、全力で拒否したい。未だに口の中がヒリヒリするし、お茶を流し込む直前は辛すぎて気分が悪かったほどなのだから。
 つまりは、全くのお咎め無しはボクとしても遠慮したいところ。せめて二度とこんな料理が出てこないぐらいの体制は整えたい。せっかく美味しい料理を食べられるからとこうしているのに、これじゃあ干し肉を齧っていた方がずっとマシだ。あれだけ何度も嗜好を調べるという名目で様々な味付けを食べた結果がこれというのも納得がいかないし。
 という訳で、誰も死なない程度にはプラタを宥めておこう。その分何かしらの手段で機嫌を取っておきたいところだが、今はそれは考えなくていい。

「そうだね。こういった極端な味付けはもう食べたくはないけれど、それでもあまりやりすぎないようにしてね?」
「はい。心得ております。今後は料理をご主人様に供する前に必ず毒見を複数人挟み、尚且つ料理人の料理風景を素材調達の段階から徹底的に監視する程度に留めておきます」
「それは少し行きすぎな気もするけれど・・・」

 毒見は解る。今回のも事前に嗜好を伝えてから毒見をさせるか、ボクに似ている味覚の誰かが食べていれば直ぐに判った事だから。
 それに調理の監視も理解出来る。こちらはプラタが心配している毒などが混入する事を防ぐ効果があるからだ。まぁ、プラタのやる気と話を聞くにやり過ぎ感もあるが、それでも理解は出来る範囲だ。
 しかし、素材の調達段階からとなると、流石に行き過ぎではなかろうか? 確かにそこから毒を仕込んでいるという可能性もあるが、そうなってはプラタの負担になりそうだし、それに多分ここでこれを許可したら更に前の段階から監視する事になり、結局はこの国、いや世界中を徹底的に監視することになりそうな気がする。
 そこまで考えたところで、別にそれは普段通りではなかろうかと気がつく。
 プラタは妖精だが、その役目の一つに世界の監視というモノがあったはずだ。聞いた話では、監視といってもただ見守るだけだったらしいから、今回そうなった場合は更に細かく世界を監視する事になるというだけだろう。しかし、どう考えてもそれは負担が大きすぎる。
 ボクは自分でもプラタ達と同じ世界の眼を使用出来るが、それだってかなり限定した範囲で強く制限を設けてから情報収集をしているに過ぎない。そうしないと脳が焼き切れて廃人になってしまうだろう。
 プラタとボクでは情報処理能力に天と地以上の差があるだろうが、それでもそこまで徹底的に世界を監視してしまったら疲れてしまうか、処理が追いつかなくなってしまう。
 そんな負担をプラタに掛けたくはなかった。なので、ここで止めておかなければならない。認められるのは、毒見と調理時の監視ぐらいか。
 それにプラタが信用した者達なのだから、正直毒見だけでいい気もしている。しかし、今回はその信用していた者達がやらかしたからこんな事態になっている訳で・・・うーん、難しい。
 考えるも、答えらしい答えは出ない。結局のところ、ここで何を言っても最終的にプラタは対象の監視をするだろう。であれば、好きにさせてもいいのかもしれないが、それもそれでどうなんだろうと思うんだよな。
 一応一言釘を刺しておいた方がいいと思うが、何て言おうか・・・。悩みつつも、ずっと黙っている訳にもいかないので口を開く。

「えっと、とりあえず事前に誰かに食べて確認してもらうとして、調理時だけ監視すればいいんじゃない? 素材もとなると、生産現場から監視しないといけなくなりそうだしさ」
「それは御任せください。今まで行っていた世界の監視に、多少項目が増えた程度です。それにシトリーやフェンやセルパンにも協力を要請しますので、御安心ください」

 落ち着かせるような声音のプラタ。確かにあの三人にも協力を頼むのであれば、プラタに掛かる負担も随分と軽減されるだろうが、三人も色々役割が割り振られていて何かと忙しいだろうし・・・うーん、やっぱりそこまでする必要があるのだろうか。
 そうして考えていると、プラタが「では」 と口を開く。

「それでしたら、監視専用の精霊を生み出して、その者に監視を任せるというのではどうでしょうか? 勿論複数体用意するつもりです」

 プラタはそう告げると、これ以上譲歩するつもりはないとでも言いたげに微笑む。それだけ今回の事を重く受け止めているのだろう。
 困ったなと頭をかくも、これは然して重要な案件という訳ではない。正直そこまで拘るような事ではないし、どうやらプラタも落ち着いてきたようなので、このまま好きにさせても大丈夫だろう。

「・・・分かったよ。あとはプラタの好きなようにすればいい」
「私の我が儘を御聞き届け下さり感謝致します」

 深々と頭を下げるプラタ。その仕草は上品で、それだけで何もかもを赦してしまいそうだ。まぁ、別に怒っている訳でもなければ、責めている訳でもないのだが。
 長いこと頭を下げていたプラタが頭を上げたのを確認したところで、残っていた料理に手をつける。正直どっと疲れて味は分からなかった。
 食事を終えたところで、シトリーが食堂に入ってくる。今更だが、何処かで見ているのだろう。
 気づけば手押し車を回収して近づいてきていたシトリーへと、プラタが問い詰めるような視線を向けていた。
 シトリーはボクの横まで手押し車を押してきて、プラタの方に目を向けながら手早く空いた皿を回収していく。よそ見しながらでも正確に皿を回収している姿は、感心するほど鮮やかだ。慣れたにしてもこれは凄い。
 その間見詰め合うプラタとシトリー。何かしら言葉でも交わしているのだろう。先程の事があったので、おそらくその事だ。シトリーが何を担当しているのかは知らないが、料理の配膳をしているところから、その辺りが関係しているのかもしれない。
 シトリーは皿の全てを回収し終えると、視線をプラタから切って、さっさと食堂の外に出ていった。
 そこに何とも微妙な空気が漂うも、あとはプラタに任せた訳だし、納得がいくまでやればいい。ボクももうあれは食べたくないし。
 しかし、何か話題はないかな? この空気の中でここで休むよりも、早めに部屋に戻った方がいいかもしれない。
 そう考えてプラタの方に目を向けると、プラタが未だに大事そうに抱えている袋が目に留まる。そういえば、また服を贈ったんだったな。先程の事があってすっかり忘れていた。

「その服。青色の服がボクが選んだ服で、桃色の方がシトリーが選んだ服でね。シトリーの方は上だけだから、シトリーがそれに合った下の服は必要なら自分のをあげるって言っていたから、後で持ってくるかもね」
「そうでしたか」
「うん。時間を掛けて真剣に選んでいたから、シトリーの方のも着てみるといいよ」
「はい。畏まりました」

 プラタの返答に思わず苦笑が漏れる。ボクの言い方が悪かったのかな? まぁ、その辺りはシトリーが直接何か言うだろう。
 前回の事を思えば、明日にはプラタが今回贈った服に着替えてくれているかもしれない。それを思えば、明日が楽しみだな。やはり普段と違う恰好というのは興味深いし、プラタは元となった人形が、正しく人形といった感じの整った顔立ちなので、大抵の服は似合うだろう。表情はまだまだ乏しいが、それでも上品な雰囲気は出ているし。
 プラタが贈った服に着替えた姿を想像して、やはり似合っているなと一つ頷いたところで、そろそろ休憩も十分だろう。今日の予定はもうないし、部屋に戻るとするかな。
 部屋に戻る事をプラタに伝えると、一緒に食堂を出る。
 それからいつもの転移用の小部屋に移動して、プラタに見送られながら自室に戻った。まずは疲れたし、このままお風呂に入るとするかな。
 市場帰りで背嚢は背負っているので、着替えの心配はない。なので、そのまま脱衣所に移動して準備をすると、お風呂場に移動する。
 それからゆっくりとお風呂に入り終えた後は、寝台に腰掛けながら魔法道具を弄る。
 満足いくまでそうして魔法道具を弄った後、いつもよりもやや遅い時間に眠る事にした。





「・・・・・・うーむ」

 オーガストは退屈そうな声を出す。視線の先にはにこやかに行き交う人々。

「・・・平和だ」

 耐久性を重視したような立派な建物が建ち並ぶ街中を歩きながら、オーガストは不満とも感心ともつかない声音でそう呟いた。
 現在オーガストが居る世界は、人間の統一国家が在るだけの世界。動物などは居るが、魔獣や人間以外の種族なんてモノは最初から存在していない。
 統一国家が出来る以前は国が乱立していたらしいが、それも千年近く前の話で、今では政治も安定していて、民衆の暮らしは穏やかなモノ。小さな不満はあるが、不満解消の為に現体制を打倒しようなんて激しい不満はない。
 この世界では戦争なんて伝記物の中だけの話だし、喧嘩だって都でも月に一度あるかどうかといったところ。それだって口喧嘩程度であるし、取っ組み合いになるような喧嘩は年一回あれば多いぐらい。
 この世界にも兵士は一応居るが、役割は儀礼的な権威付けと、自然災害が発生した時の救援や復興の手伝いが主な仕事だ。街の警備もしているが、そちらは道順の決まった散歩のようなもの。
 この世界で実際に命のやり取りをしているのは狩人ぐらい。それだってきこりと同じで、ある程度間引かなければ動物が増えすぎるからという理由が大きい。
 そんな平和な世界である。理想郷といえなくもないほどに平和すぎて、オーガストは最初こそ物珍しさが勝っていたが、それも半日と経たずに飽きてしまった。

(しかし、こんな平和な世界も在るのだな)

 行き交う誰もが楽しそうに笑い。緩やかでのんびりとした時間が世界に流れている。
 オーガストにして初めて体験した世界ではあるが、物珍しいだけで刺激の無い退屈な世界であった。
 とはいえ、希少な世界である事には変わりない。それ故に、少々蒐集家のきらいがあるオーガストにとっては、この珍しい世界が壊れるのが僅かだが勿体ないと感じてしまった。

(希少な世界ではあるが、狭間の住民はもうじき来る。そうなってしまっては、長年争いのないこの世界ではろくな抵抗も出来ずにあっさりと消滅するだろう。よほどの事がなければ、僕から狭間の住民へと意見する事はないし)

 自分の基本方針を内心で確認しながら、しょうがないと思い、記憶に残すように退屈な世界を見て回る。この光景もそう遠くない内に無くなるのだろう。

(まぁ、ここも長い間平和過ぎたようで、そう長くは保たなかったかもしれない。病気だってあまり大きな流行は無かったようだし、人口は毎年順調に増えている。口を賄う為に畑は増え、残っている砦なんて高い防壁に囲まれた畑でしかない。首都も一部は畑になっているようだし、外壁の向こう側は全面畑ばかり。この世界の職業に就いている者達の半数以上が農家で、開拓もかなりの規模が既に終わっている。狩人も少数で十分なほどに動物は数を減らしているし、そもそも自然が少ない。どう考えても破滅の道しかない状態だな。これも中途半端に文明が発達している影響か。今でも緩やかながら発展しているようだが、この世界の許容量もそろそろだったようだ。そう考えれば、丁度いい時期に終わりを告げに来るのかもしれないな)

 まだ笑いに満ちている世界のままで終焉を迎えられる。それはある意味最高の贈り物なのかもしれない。オーガストは世界を見ながら、ふとそんな事を考える。

(いや、滅ぼされる側にとってはそうでもないのだろうが。それでも、後々苦しんで世界が滅んでいくよりはいいだろう・・・しかし、ここは平和だな。結構長い年月を経ているのに、未だに外界からの侵略は無いようだし。管理者も特別優れているという事も無い。通常あの程度の管理者であれば、一度は外からの侵略があって然るべきな気もするが・・・そんな世界も在るか? それともこの世界には何かあるのか?)

 そうして、あまりにも長く平和が続いている事に疑問を抱く。統一国家の国主は大した事はない。あの程度、管理者ならば当然の才能だろう。

(管理者がわざわざ世界に顕現してまで直接統治しているのは珍しいが、確認した範囲だが、特別優れた統治ではない。善政ではあるが、どちらかといえば悪政ではないといった意味合いが強い。あまりにも無難。それも才なのだろうが、現状の問題には対応が遅れている。そこから見るに、世界の管理は完全には出来ていないといったところか。大して広くも複雑でもない世界で、ある程度問題が表出しなければ気づかないというのは、管理者としても統治者としても失格だな)

 世界と共にその管理者を解析して、オーガストはあまりにも凡庸な管理者に呆れてしまう。それでいながら侵略者を差し向かわせない始まりの神の意図について思案していく。
 直ぐに脳内に幾つか候補が挙がるも、どれもピンとはこない。世界を調べた時に始まりの神の爪痕は見つけたのだが、それが意味するところがオーガストには解らない。世界や管理者を強化する訳でも干渉する訳でもなく、ただ何かを調べていた様な爪痕が僅かに残っているだけ。
 それにオーガストの調査が間違っていなければ、もう大分前に始まりの神はこの世界から手を引いていた。

しおり