閃刃―⑤―
午後9:11 ハロ
雄羊の角が生えた美貌に、一筋の金色が
サミュエルの大鎌型
サロメの下顎の切断面から、金色の砂が零れる。
三日月の様に反った大鎌は、相手の行動を奪えても、
研磨剤に仕立てた砂塵を刃の上に奔らせることで、古典で描かれた”死神の大鎌”を唯の”
口と胴体を残したサロメの背後から、二つの羊頭蓋の眼光がサミュエルの眼と交錯する。
放たれた銃弾が、サミュエルに斬り離された
捨て身どころか、
象牙眼の中で、嫌悪感に歪むサミュエルに銃弾が迫る。
一発目は、左肩。
右太腿は二発目で、三発目は彼の額だった。
サミュエルが気合を入れ、左手の掌底を顔面に突きつける。
左肩と右腿から奔る灼熱に耐えながら
額への銃弾が跳弾に変わり、別のサロメの喉を貫通する。
兄のロックとロブソン
”ウィッカー・マン”と人気の多い道路で戦っている限り、市民を守る警察と”ワールド・シェパード社”を意識せざるを得ないだろう。
そんな彼らは、サミュエルにとって、足止めにしかならない。サロメが、避難をしている市民に紛れて、奇襲を仕掛けることは明白だった。
加えて、兄の様に”ウィッカー・マン”の熱源も見られない為、市民に変装したサロメを攻撃する度に、一般市民も巻き添えにしてしまう。
殆どの市民が外出を禁止され、誰もいなくなった住宅街に囲まれた裏通りは、サロメと戦う上で、サミュエルとシャロンに好都合だった。
しかし、それでも贅沢を承知の一言だが、
――やっぱ、多いかな……。
大通りから離れた路地で戦っている為か、狭い。
サロメが押し寄せ、ロブソン
現に、シャロンは、サロメ達の壁に阻まれ、サミュエルの元へ駆けつけることも出来なかった。
大勢のサロメに囲まれ、彼女の滑輪板による攻撃も活かせない。
シャロンはその一体を押し退ける為に、滑輪板を振りかぶる。
しかし、背後から来たサロメの圏の斬撃を受け、彼女の滑輪板を持つ手が緩んだ。背中の傷跡を守る様に後退したが、背後のサロメ達に挟み撃ちにされる。
シャロンの目印である、白と水色の尖がり帽子が、象牙色の眼の人形たちの波に呑まれた。
加えて、サミュエルも散弾銃の利点を活かせる、見晴らしの良い高所への移動もサロメ達に阻まれる。
その上、サミュエルには
彼の四方を挟む様に、サロメの恰好をした”フル・フロンタル”が距離を詰める。
右手の有角羊のしゃれこうべが、細い腕の胴体で鎌首を擡げた。
サロメも馬鹿ではない。
自分の複製で、数を押しながら、味方も顧みずに混戦へ持ち込める利点を活かしていた。
羊の角が、サミュエルの顎の先を擽る。
だが、サミュエルの金色に輝く大鎌の方が、角の刺突よりも速く、象牙眼と石榴色の唇の頭部を切り離した。頭の消えた、細い喉に鎌の刃を引っ掛け、背後のサロメの集団に放る。
空中で弧を描いたサロメの体は、申し訳程度に隠した臀部を晒しながら、もう一人のサロメの刺突に貫通された。
「女を粗末に扱う態度は、兄から遺伝したのですね?」
三体目のサロメが蔑みながら、猛禽を思わせる速さで、左の羊頭圏を放つ。
「同じ顔の人海戦術を使って、
サミュエルは、”パラダイス”の鎌を畳み、散弾銃部分の銃把をサロメの圏に当てる。
圏の羊の頭蓋を壊しながらサミュエルは一撃を流し、彼女の右手ごと撃ち抜いた。
白磁の右腕と肩を抉ると、硝煙の臭いがサミュエルの鼻を突く。
サミュエルは時計回りで、サロメの残った左手の大振りを、鎌で受けた。
微かに斬撃の衝撃が銃身を伝わるのを確認して、サミュエルは彼女を突き飛ばす。
鎌を畳んだ”パラダイス”の銃口から、砂塵が噴き出した。
”リア・ファイル”を研磨剤にした
しかし、その真価は、圧力で限界まで強化された貫通力と、衝突時の熱力の拡散による殺傷力にあった。
金色の一擲が一体のサロメに直撃し、周囲から来ていた他のサロメ達も、粉塵の爆風で吹き飛ぶ。
サミュエルは、”パラダイス”の鎌を再度起立させ、サロメ達の両手の羊頭を睥睨した。
”スウィート・サクリファイス”。
サロメが、”ブライトン・ロック社”より盗んだ圏型の”
サミュエルは”
本来は、接近戦で刀剣類を弾きながら、
圏と言う武器は、その特性上、大勢の攻撃を切り抜ける混戦用の筈だった。
それに、銃を付けた
それどころか、生産見込みが出る以前から、既に
そういった利点の目立つ武器であるが、サミュエルの心中は、
――想定していたものよりも、使い勝手が良くない。それに――。
サミュエルが考えていると、象牙色の煌きを放つサロメの両腕の羊――その二対の角から、放たれた。
サミュエルは、右手から
弾丸は、サミュエルの喉と肺を捉えていた。
――急所を狙って来た……!?
戸惑いを他所に、サミュエルの背に灼熱が降り立った。
サロメの右から振りかぶった斬撃に、サミュエルは叫ばず、噛み締める。
彼女の圏の横から突き出された雄羊の角に、サミュエルから飛び散る赤が振り返りざまに映った。
自らの血の色を見て、サミュエルの心臓の律動が加速。
八の倍数に刻まれた拍動が加速し、体の活動を支配し始める。
サミュエルは振り向きざまに、
二発の銃弾が、サロメの喉と肺に到達して、サミュエルは”パラダイス”の鎌刃を右に振る。
彼の血の味を覚えたサロメの腕の羊が、宙を舞い、彼女の胴体も分裂した。
その屍を踏みつけて、サロメの集団はサミュエルとの距離を縮めてくる。
――こんな時に!?
周囲から押し寄せる、無数の象牙眼と羊の頭蓋骨。
サミュエルは、目の前のサロメ達を鎌で押しのける。彼自身の動作に、緩慢さが圧し掛かり、呼吸の乱れが表れた。
”パラダイス”を大振りしていまい、銃身を握る左手から力が、サミュエルから大きく抜ける。
彼の力が弱まった左腕を、圏の円刃が刻んだ。飴色の上着の両腕が、血色に染め上がる。
サロメ達の大振りの圏を散弾銃と化した”パラダイス”で受け、撃たれた右太腿から、激痛が走った。
後方のサロメ達が、前にいたサロメ達を押し倒しながら、サミュエルを圏刃の波に飲み込む。
弱く腕を上げながらも、彼はサロメの大振りの一撃を防いだ。
だが、横殴りの胴への斬撃を見逃す。
浅い斬撃を腹に受けて、後退を試みた。
攻撃を躱そうと地を蹴ったサミュエルの右腕が、銃弾を食らう。
サミュエルは、叫ばない。
だが、激痛の余り、
戸惑ったサミュエルに、サロメ人形たちは、上段からの攻撃ではなく、横殴りに切り替える。
サミュエルは、両腕の痛みを堪えつつ、突き出した”パラダイス”の銃身で斬撃を防いだ。
だが、攻撃を受けた衝撃が彼の体幹を大きく揺らす。
右膝から崩れ、地に落ちる寸前、アパートの壁にサミュエルは背中を預けた。
背中を切られた血の温かさと、雨で湿った壁の冷たさで、呼吸を取り戻す。
「まあ、今回の
大勢のサロメの中から、声が聞こえた。
「兄のいない集団にいられた
白磁の肌の群れの腕が、蛇の群れの様に見える。
言葉を紡ぐサロメの眼。
爛々とする二つの象牙色は、新緑の葉を照らす、南中の太陽を思わせる。
妹のレナは気弱で、兄のいない時は、周囲のいじめっ子にいつも泣かされていた。
兄は喧嘩が強く、決まってレナを守る。
サミュエルも加勢して乗り切ったが、相手も馬鹿じゃない。
ロックが怖い。だから、彼女だけの時を狙う。サミュエルは、そこに出くわした。
悪童たちは、
それに面を食らった一人が、武器を手にした。
それが、サミュエルの頭を打った。
命の危機が、妹を守る意思を固くし、サミュエルは決死の反撃を仕掛けた。
両者で激しく血を流す事態となり、大人たちが止めに入った。
遅れて、ロックが駆け付けた時、サミュエルは意識を失っていた。
頭に傷を負った、サミュエルは精密検査の為、入院。
異常は確認されなかったが、それ以来、彼は集団に苦手意識を持つようになった。
サロメの言う
彼女は、眩暈と動機に支配されたサミュエルに向け、
「シャロンも呆気ないですね……”プロジェクト:アイオナ”の出来損ないにしては、
サミュエルの視界の全てが、サロメ全てに覆われる。
彼がそう感じたのは、力尽きつつ、アパートの壁に凭れ掛かった自分の意識が、消えようとしたその時だった。
羊の頭蓋骨に宿る輝きが、無数の
体内が冷え切り、無慈悲な熱量を帯びた象牙色の視線に、サミュエルの眼の輝きが、消えようとしていた。