無限竹槍の舞
「ふィ~、散々手こずらせやがってこのバカップルどもめ……。最後の逢瀬は済ませたんだろうな笹切上等……」
茨木元隊長が竹垣の中へ侵入してくる。覚悟を決めたおれは、そいつと対峙するために再生した足で立ち上がった。
「あん? 何だその義手と義足は? 君たち、逢瀬どころか、合体までしたのか? なんつー淫らな若者たちだ……」
おれの姿を見た茨木元隊長が少し驚く。おれの右手足には竹が筋繊維状に編み込まれた腕と脚が生えており、それらはかすかに精霊の白い光を帯びていた。
植物と一体になるこの感覚、今なら分かる。本当に大切だったことが何だったのか…………。
どうして忘れていたんだろう。
あの頃の森を生かし、生かされていた日々を……。
「……確かにおれは間違っていた」
「は?」
突然のおれの語りにきょとんとする茨木元隊長だったが、構わずおれは続ける。
「だが、お前も間違っている。植物と動物、どちらが高等で上という事ではない。どちらもお互いの吐いた息を吸い、互いの死骸が栄養となって循環してゆくんだ。本当に大切な事は……、どちらかが『寄生』するのではなく――――『共に生』きようとすることだ!!」
そんな決意と確信を胸に、おれは右手を前に構えた。
なぁ、お前もそう思うだろう? 咲耶――――――
「アハハハハハ! 何を偉そうに言い出すと思えば、『共生』だと!? 私の開発した蝕虫植物こそが共生の究極形に決まっているじゃないか!! いいから黙って人間どもは苗床になってりゃいーんだよ!」
逆上した茨木元隊長が再びムチを振りかぶった。その茨のムチは鋭い真空音をともないながら、まるで斬撃のようにおれの方へと向かってくる。
「―『竹槍』―、大門松の舞!!」
おれは腕を振るって精霊術を行使する。使い方は咲耶の遺してくれたこの腕が身体に教えてくれた。精霊の力は床を通じて大地へと繋がり、一瞬のうちに前方の床を突き破って数本の硬質化竹ヤリが生えてくる。それらはムチの斬撃を受け流して、止めてしまった。
「この青二才がァぁああああ!!!」
茨木元隊長は激情に飲まれ、怒り狂ってムチの斬撃を連発するが、そのどれもが無数の竹ヤリに止められてしまう。
「笹切ィいいいいいいいいいっ!!」
ついに業を煮やした茨木元隊長はムチを捨てて、前におれが落としたバーナー・ブレードを手に振りかざして突っ込んできた。おれはそのタイミングを見逃さずに、手にありったけ全ての精霊の力を込めて、地面へと思いっきり叩きつける。
『爆・竹・林!!!!』
その瞬間、おれの足元から広がるように数千本もの竹ヤリが凄まじい勢いで生えていく。やがて、それらはあっという間に茨木元隊長の身体を串刺しにしてしまうと、ホテル全体を貫いてしまった。その様子はまさに竹の針山地獄のようであった。
「ぐげ……がっ……こ、こんな…………」
どうにか抜け出ようともがく茨木元隊長だったが、いかんせん数十本の竹ヤリに貫かれた彼女の身体は微動だにできないようだった。
その様子を見届けたおれは、踵を返して、元来た建物の出口へと歩いてゆく。
「―――――破竹」
おれは振り返りもせずに指を鳴らした。すると、茨木元隊長を貫いた竹ヤリたちの部分からさらに無数の竹ヤリが生成され、彼女の身体をバラバラに破裂させる。
おれは、壁も床も天井も一面が血で染まった回廊を後にして、外へと出た。
「終わったよ……咲耶――」
おれは彼女へと思いを馳せて、曇天の空を仰ぎ見る。そこでは、まるで季節外れの粉雪のような小さい花弁が舞っていた。ホテル全体から飛び出て生えている数千本の竹たちがみんな花をつけていたのである。それは咲耶の遺した祝福のようでもあり、最期に仕込んだ〈終わり〉の精霊術でもあった。
竹の花、それは120年に一度咲く、米粒のような小さい小さい花である。
そして、その儚げな命を散らしたのちに、竹林は一斉に枯死を始める。
それは〈滅び〉の花びらの舞だった。蝕虫植物たちに向けられた、眠りの舞。その花びらに触れた蝕虫植物たちは、まるで石化したような灰色へと枯れ果ててゆく。
やがて、怪物たちはひび割れてボロボロに崩れていき、その中からは苗床とされていた人々が解放されていった。今はまだ裸で気を失っているが、じきに目を覚ますだろう。
茨木元隊長の支配から解き放たれた精霊たちも、白い光となり、山へと帰ってゆく。これをきっかけに、他の地域の蝕虫植物たちも徐々に活動を停止していくことだろう。
そして、役目を終えたホテルの竹林たちも次々と枯死し、倒れていった。
咲耶という精霊が再び120年の眠りへとついたのだ。
咲耶は消えたが、死んだ訳じゃない。
今もおれの身体の中で眠り続けている。
おれは生き続けよう。
おれが今まで殺してきた人たちの分の罪を償う為に。
焼畑軍の最後の生き残りとして、責任を取る為に。
もうおれは人間でも植物でもない、どっちつかずの存在だ。
だからこそ、おれにしか出来ないことがあるのだろう。
これからの人類は自然環境と共生していけるように……。
「120年後にまた会おうな、咲耶―――」
そう呟くと、おれは干からびた茨たちが覆う灰色の街へと歩き始める。
曇り空からは晴れ間が差して、街は煌めき始めていた。