環境保護のなれの果て
「咲耶ああああァああァッッ!!!!」
叫び終わった時にはもう、咲耶たちは巨大なコンクリート天井の下敷きになっていた。土煙の中、ドア先へ目を凝らすとコンクリ塊の隙間からおびだたしい血とともに咲耶の左手の指先と肉がはみ出ているのが見える。
「……そ、そんなッ……! おれを庇って……!」
眼前の悪夢に狼狽しながら、おれは咲耶の元へ這いよって必死にコンクリ塊を手をどけようとする。
「だ……だれか助けて……助けてくれ! 咲耶が……咲耶が死んじまうッ!」
すがりついて泣き喚きながら、爪が割れるまでコンクリ塊を引っ掻くが、コンクリ塊はビクともしない。自分が錯乱とともに絶望の底へと堕ちていくのがわかった。
「――おやおや、不可思議なこともあるもんだねェ。真っ先に突っ込んで行った奴の方が生き残ってしまうなんて……」
その時、背後の廊下から足音とともに、よく聞き覚えのある声が聴こえた。
「隊長!? 隊長ですか!? 罠だったんです! 早く救助をお願いします!! 咲耶が……班のみんながッ…………!!」
そう言って後ろを振り向こうとした直後だった、
「――いッ! がぁああああああァああァッッッッッ!!」
真空音とともに、おれの右目は縦に斬り裂かれた。血まみれになった右目を手で押さえて、床の上をのたうち回る。
「あーらら、避けようとしちャ駄目だよ。笹切上等、よけい痛くなっちゃうじゃないか。せっかく私が楽にしてあげようとしてあげたのに……」
悪びれもなく、楽しげにそう答える声の主は間違いなく茨木隊長だった。手には凶悪なぶっといムチを携え、傍にはたくさんの茨で編まれた人型の蝕虫植物兵士たちを引き連れている。
「う……裏切ったのですか隊長……! なんで……なんで!?」
その時、おれは理解した。さっき通信が本隊と繋がらなくなった原因は電波障害などではなく、そもそも既に応答出来る者は誰もいなくなってしまったからなのだということを……。
「なんでって、わざわざ私がこれまで人類に協力してやるフリを続けていたのは、まとめてこの地球の害虫どもを根絶やしにしてやりたいからに決まっているだろう? コソコソとあちこちに隠れられても面倒だからね」
「全部……、全部自作自演だったのか……! 道理で蝕虫植物たちの生態や弱点をよく知っている訳だ……。みんなあなたを信じて死んでいったというのに!」
「君たちにはとても感謝しているさ。生き残りたちを誘導する為に、焼畑軍の存在は非常によく役に立ったよ。今までどうもありがとう」
「この大量殺戮者め! お前なんか人間じゃない!」
「ああそうさ、そうすることで私はようやく醜い人間から卒業することが出来たんだ。私はこの地球の代弁者として神の啓示を受けたんだよ。君には聴こえないのかい? 今まで人類という悪魔にに虐げられてきた森たちの声が。私にはそういう『精霊』と呼ばれている存在の声が聴こえるんだよ。そして十年前、私はついに科学的にも、植物たちのその『精霊成分』を抽出することに成功したのさ!」
そう言って茨木元隊長は白衣の懐から一本の注射器を取り出し、中に詰まっている、深緑色に鈍く輝く禍々しい液体を自らの腕に打ち込んだ。
「この世紀の大発明は素晴らしい威力だったよ。もの言わぬ植物に意思と大量のエネルギーを与え、生体兵器へと変貌させることのできる最高の霊薬さ。なんせ、こんな風に人間に打ち込むだけで凄まじいパワーが得られるんだからね!」
薬を打ち込んだ茨木元隊長が妖しい紅蓮の光を纏いだす。
白衣がビリビリに裂けて、中からは茨が格子状になって出来た薔薇のドレスが現れた。襟や袖口には華麗な薔薇の花が咲き乱れ、ドレスの下にはボンテージ姿の下着が見える。
「どうだい? 薔薇の精霊の力を取り込んだこの美しい姿は? これが新時代の人類の姿さ。旧人類と違って、クソ汚物や二酸化炭素を垂れ流す事も無ければ、同族同士が争う愚かな戦争も無い。葉緑体を持っているから、自力で光合成だって出来るという実にクリーンでエコな身体だ。地球温暖化問題だって完全に解決させる方法となるだろう。そう、だからその崇高な解決策の為にも、残りの人類には我らの礎となってもらうのさ!」
茨木元隊長は蝕虫植物兵士たちに手で合図を出して、一斉に襲い掛からせる。
「許さねぇ……、お前だけは絶対に許さねぇッ!」
右目の激痛も放ったらかしにして、残った左目で迫りくる兵士どもを睨みつけると、おれはバーナー・ブレードの剣を抜いた。
「だぁああああああぁァッッッ!!!」
怒りに任せた力技で蝕虫植物たちを次々と斬り伏せていく。辺りには切断された茨の触手が散乱し、返り血のような草の汁を大量に浴びてずぶ濡れになるが、それでも構わずおれは奴らを薙ぎ倒していく。
「あーあァ、非道い事するなァ笹切上等は……、かつての〈お仲間〉の身体を斬るのも容赦なしかい?」
「なんだと……!?」
どうにかおれは、敵兵士の大半を切り刻むことに成功するが、茨木元隊長の方はその様子を静観してるだけで、自分はまだ動こうとしない。しかも、彼女は余裕顔で薄ら笑いすら浮かべている。
「よく見てみなよ笹切上等ォ……、さっき君が斬ったものの正体ってやつをさぁ……!」
「な……に……!?」
そこには人間の顔があった。足元に転がっている蝕虫植物兵士の首断面の中に、それは蠢いていたのだ。
「お……おにいちゃん……、いだいよぉ……助けて……」
よく見るとその顔は、この前に助けた避難民の男の子、タケルくんのものだった。苦悶の表情を浮かべて白目を剥き、首だけになった顔がもぞもぞと動いている。
「そんなバカなッ……! あの親子は確かに地下鉄施設へと救助された筈だ……。どうしてこんなところに……!?」
「決まってんじゃん、避難民全員はもう私が寄生蝕虫植物で種付けしちゃったからさ。そう、今や君以外の人類はみんな仲良く苗床になっちゃったという訳だよ」
「そんな……そんな……ッ! じゃあおれが今まで斬ってきたものは人間だったのか!? 街に巣食っていた過去の蝕虫植物たちもみんな……!?」
その意味に気付いたおれは絶望に打ちひしがれて、全身の血の気が引いていくのを感じた。眩暈がして、動悸が激しくなる。
「その通り♪ つまり、君たちは最初っから私の手の平の上で踊らされていたワケだね。いやあ、これまで君が同族殺しに精を出してくれたおかげで私の計画もずいぶんとはかどったよ。ホント、君には感謝してるんだ」
残酷な真実を楽しげに次々と突きつけてくる茨木元隊長。おれはその言葉を聞いて、ついに堪忍袋の尾が切れた。
「きッさまぁああああああああああッ!!!!」
激昂したおれはジェット・ウイングの翼を展開してエンジンをめいっぱい噴かし、亜音速のスピードで茨木元隊長へと突っ込んでゆく。そのままおれはバーナー・ブレードを最大火力にして彼女へと斬りかかった。
「やれやれ、上官に逆らうなんてイケない子だな…………おしおきだよ―――『発芽』!!」
そう言って茨木元隊長が指をパチンと鳴らすと、途端におれのバーナー・ブレードの火は消失し、斬撃は空振りへと終わる。
「なッ……!!!?」
「残念でした♪」
そのタイミングに合わせて茨木元隊長は茨のムチを振りかぶる。
「がぁあああああああああああああああぁッッッ!!!!!!」
次の瞬間にはもう、おれは墜落し、血だるまになりながら床の上を転がり飛んでいった。
おれの右腕と右脚は切断されて、無様に吹き飛んでいた。
鋭い棘が無数に生えている茨のムチが、まるでチェーンソーのようにおれの腕や脚を、斜めに切り裂いたのである。