伐採剣の煌めき
街の外れで避難民たちの列が、もう移動を始めているのが見えた。今にも雨が降り出しそうな蒸し暑い鉛色の空の下で皆はうつむきながら廃墟の渋谷を歩いている。
その街の建物全ては鋭い棘を持つ太い茨によって覆われていた。どうやらここも既に奴らの侵食によって人の住める場所ではなくなってしまったらしい。
「大変だ……そっちは危ない……! 早く救援に行かなくては!」
三百メートルほど離れたビルの屋上でそれを見ていたおれは急いでエンジンをふかし、背中に装着しているジェット・ウイングの折り畳み翼を展開して飛び立つ。全速力で向かうが、間に合うかどうか…………
「皆さんよく落ち着いて、わたしたち自衛隊の指示に従って行動してください。わたしたちが安全な地下避難施設へとご案内いたします」
列の先頭で避難民たちを拡声器で誘導しているのは自衛隊だった。
三台ほどの軍用移送車に物資や重病怪我人などを乗せて何かに怯えるように周囲を警戒しながら小銃を構え、ゆっくりと進んでいる。
「まずい、奴らがまた来たぞ! 蝕虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)どもだ!」
列の後方で見張っていた隊員の一人が叫ぶとと同時にビルの陰からそこらのよりも数段太い茨が触手のように蠢いているのが見えた。
「うわああああ喰われる! 助けて!」避難民たちは阿鼻叫喚となって駆け出していくが、自衛隊の方も迎え撃つのに必死で統率を取るどころじゃない。
「ダメだ! 並みの銃弾じゃ効かない!」
その茨の触手へと一斉に銃弾が浴びせられるが、触手はいくら千切られてもすぐに異常な成長速度で再生してしまう。
「なんて奴らだ……!」
やがてその蝕虫植物と呼ばれる怪物は全身の姿を現した。頭にはウツボカヅラの巨大な胃袋が花のようにいくつも付いており、そこから無数の茨の触手がイカのように生えていて、地面の上を蠢きながら進んでくる。
「ううわああああぁっ!」
ハエトリソウの二枚貝のような鋭い捕食葉を持つ二つの前足が動いたかと思うと、あっという間に隊員二人を噛み砕いて飲みこんでしまった。他の隊員たちも触手に薙ぎ倒されて、まるで杭のような太い棘に串刺しにされてしまう。
「嫌だああああぁっ!」避難民たちは半狂乱になって逃げ惑う。
蝕虫植物はそれら一人一人に触手で巻き付いては、拾い上げてウツボカヅラの中へバラバラの肉片を落としこんだ。
「ママー! ママ―!」
一人の小さな男の子が転んで泣いているのが見えた。
「タケルちゃん!」母親が慌てて駆け寄って子供をかばう。
だが、それでも捕食葉は容赦なく親子に向かって振り下ろされた。
「ギイイイイイイイ!」
その瞬間、どうにか到着したおれが間一髪で捕食葉の触腕を持っているバーナー・ブレードで斬り飛ばす。
焼き切れた触腕は左側の数十メートル先へと吹き飛んでいった。
「ようアンタら、怪我はねぇか?」
着地したおれは振り返って親子の安否を確かめる。
「あ……あなたは特殊部隊の……笹切槍矢(ささぎりそうや)様……!?」親子は共にその場でうずくまりながら、口をあんぐりと開けて驚いていた。
そう、今この2036年の時代におれや、おれの仲間たちを知らぬ者はいない。現状、奴らに対して唯一の対抗できるのがおれの所属する特殊部隊〈焼畑軍〉だけだからだ。
「それじゃ、兄ちゃんちょっとそこの草刈りしてくっから待っててね」呆気にとられている男の子に声をかけると、おれは再び敵の方へと向き直った。
「この雑草風情が……よくもおれの目の前で人を喰い散らかしてくれたな……」
おれは両手にそれぞれバーナー・ブレードを握って構える。その取っ手の形状はちょうど着火ライターに似ているものだ。引き金を引くとバーナーが放出されて、まるでビームサーベルのように数メートルは刀身が伸びて、斬りつけることができるのだ。
「キシャアアアアア!」
触腕を斬られたことに怒った蝕虫植物が全触手をおれに向けて襲いかかってくる。
「イカのゲソ焼きにしてやる」
だがそんなものはおれの敵ではない。やってくる触手たちをバーナー・ブレードで軽々と斬り払う。
この炎の燃料は今まで捕えた蝕虫植物たちそのものを材料にして作られたバイオエタノールだ、そこから得た特殊な炎で斬られた蝕虫植物は再生することが出来ない。
「……てめえらを『伐採』すんのは……このおれだろ?」
直後に背おった機体のジェットエンジンで急加速をかける。そのままおれは跳躍して敵の懐へと飛び込み、頭部のウツボカヅラたちを軒並み斬り裂いた。
「ギエエエエエエエエエ!」
そこが奴らの胃袋であり、エネルギー源なのでそこさえ潰してしまえばもう奴らが動き出すことはない。残った触手たちも周りの建物を覆っている動かない茨たちと大差なくなる。
そうしてエネルギーを失った触手たちは力なく倒れていった。
しかし一匹目は始末したものの、他の個体が次から次へとビル影の奥からこの騒ぎを聞きつけてやって来る。
「チッ……キリがないな……」
その時突然、背後から銃声が響き渡り、前方の3体程の蝕虫植物の頭部がピンポイントで爆炎を上げて倒れた。
「遅かったな……咲耶(さくや)……」
おれはこの正確無比な射撃能力を知っている。どうやらようやく援軍の、おれの仲間たちが到着したらしい。
「も~っ、槍矢ってばいくら隊内で一番の小柄さと、素早さを誇るからって、先走った単独行動は規律違反よ! 後でお説教ですからね!」
隣に降り立ったおれの姉である呉竹咲耶(くれたけさくや)が、顔を上げてその特徴的なツインテールのおさげを揺らしながら、小言を言いはじめる。二十歳の容姿端麗であり、バーナー銃の実力も確かなのだが、このどこかおカタくておせっかいな性分がおれには苦手だった。
「この一刻を争う状況でそんなこと言ってる場合か! おれがのんびりとみんなの足並みと揃えて進んでいたら、ここの避難民たちの救助も完全に手遅れになっていたんだぞ!」
相変わらず呑気なことを言っている咲耶(さくや)におれは苛立ちを隠せない。
「それはそうなんだけど……ただワタシはあなた自身のことが心配で……」
すがるような目つきでおれを見る咲耶。昔からこの人は心配性で過保護な姉なのだ。
「……さっきの親子たちや避難民を旧地下鉄の入り口へと案内してやってくれ。後は頼んだぞ」
無視しておれは一方的に後方の対処を咲耶に任せて飛び立つと、まだまだ前方に湧いて出てくる蝕虫植物たちの応戦へと向かう。やがて、バーナー・ブレードを振るっているうちに本隊が到着して加勢も加わり、戦局は殲滅戦へと
移行した。
「よォ、流石は我ら焼畑軍のエース様だ。中々の暴れっぷりだねェ」
隊長の茨木八重(いばらぎ やえ)が通信機ごしにおれへ話しかけてくる。
彼女は焼畑軍の主な兵器を開発した天才科学者でもある才女だ。まだ30代前半でありながら、誰よりも敵の特性を研究しており、その功績から救世の長の一人として旧日本政府から要職を任されている凄い人だ。焼畑軍制服の耐熱スーツの上にいつもわざわざ白衣を着ている変人だが、スラッと長い手足に黒髪のロングを束ねたポニーテール姿はかなりの美人でもある。
「あーあ、私の発明したバーナー銃をまさか、そんな剣のように使いこなす逸材が現れるとはねェ……もったいない燃料の使い方してくれちゃってまァ……」
茨木隊長の言う通り、おれのやり方は普通ではない。本来このバーナーは銃のように使って火炎弾を放つ代物だが、おれの場合は指向性を絞って、瞬間的に連続放射することであたかもビームサーベルのように斬ることを可能としているのである。ただし、この方法は近距離戦となるため非常に危険が高く、敵の懐に一瞬で潜り込めるおれ程のスピードがなければ使いこなすことができない。
「第一班は笹切上等の援護へ! 第二班は右、第三班は
左の敵を撃退せよ! 第四班は後方を警戒しつつ、一般人たちの避難誘導を!」
ありがたいことに茨木隊長はおれの特性を知ってか、今回はバックアップにまわってくれるようだった。
そう、おれは一度暴れ出すと目の前の敵を刈りつくすまで止まれないのだ。
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「じゃあね、お姉ちゃんも行ってくるから」
さっき槍矢が助けた親子を旧地下鉄入り口にまで無事に送り届けて、ワタシは茨木隊長の元へと報告へ戻る。
「一般人の避難が完了いたしました! これで確認される生き残りは全部です!」
「よし、ご苦労だった呉竹咲耶(くれたけ さくや)上等。ならばこんなとこはさっさと撤退だ! 総員撤収!」
そうして茨木隊長は号令をかけるが、その中で一人だけまだ帰ってこない者がいた。そう、言わずもがなあの槍矢である。
「はァ~、この〈暴走〉さえ無きゃ、あいつは最高の戦士なのにねェ……」茨木隊長が若干あきれたようにひとりごちていた。
その時、曇天の空からはポツポツと雨粒が降り始める。
「槍矢っ…………!」
ワタシは急いで槍矢の元へ戻ろうと、雨空の中へ飛び立った。