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レギオン


 自分が不死身だと最初に知ったのはいつだっただろう……。

 確かに子供のころから傷の直りが早いのは感じていた。
 だが、幸い大怪我というほどのケガはしたことがなく、せいぜい記憶をたどっても……思い出すのはバスケットボールで突き指をして、大きく曲がった小指。かなり腫れ、痛みも続いたので、てっきり折れたかと教師に病院に連れていかれたが、以外にも、ちょっとした捻挫程度と診断された。

 そうして、無病息災にて大人になるころ、何か自分には漠然とした『自信』があることに気づく。主人公には、打ち合う銃撃戦の弾が決して当たらないみたいな……。

 もしかすると……誰も多少は持つありふれた感覚なのだろうか、自分だけは大丈夫という。

 思えば若いころは、怖いもの知らずとして、あれやこれやと危険な場面に自ら突っ込んだものだ。知り合いのもめごとの仲裁、金の絡んだヤバい話。……闇金やヤクザやそんな界隈。
 そうこうしているうちになんとなく名が知れ、闇社会をルポすることを主戦場にしたフリーランスのライターと懇意になる。

 お前もどうかと誘われたが……小説は好きだったが、自分に文才がないのは分かっていたので、じゃあカメラマンにでもなるか、と。カメラなんてとりゃいいんだろうと思っていたド素人、今……思えば失礼な話だが許してほしい。

 そんなこんなで過ごしていたある日、俺たちは大きな沼にはまる。
 ストリートギャングの取材でいろいろ嗅ぎまわってた俺たち。勘違いやらバットタイミングやらと相まって中国系マフィアとのシマ争いに巻き込まれ…………なんてこった……ナタか何か…どでかい物騒な刃物で、はらわたをまき散らす羽目になっちまった。

 涙後の残る両目をそっと閉じてやった相棒……アイツは隣で冷たくなり、俺もさすがに終わったと思って目をつぶっていた。腹切りの時は介錯人が苦痛から解放してくれるらしいが、生憎そんな奴はいない。
 呻きながら地獄の苦しみが続くのかと朦朧と思いながらも死を待った。

 しばらく眠ってたらしい、最初に思ったのは

 「腹が減った」

 そう、俺はなかなか死ななかった。

 裂け目がすっかり閉じた腹を、妙な気分で血まみれ跡のシャツの上からさすりさすり、現場を後にした。サツに駆け込むわけにもいかず、……アイツの嫁さんにはちょっと悪いことをしたな……。

 これ、言っちまえばアウトロー同士の喧嘩ということで、警察も大して本腰を入れず、単純決着を急ぐ事件。……そういう事で助かった。俺の方も何とかごまかしながら、一応追及をかわすことができた。

 だが、その後…風の噂というか何というか……まことしやかに、あいつは悪運が強い、どんな危険な場所でも死なないダイハードな奴だとうわさが流れ、どんどん危険なところに引っ張られる。

 で、巡り巡って最後にたどり着いたのがこの世の地獄、戦場ってわけだ。

 戦場でのエピソードは、……これまた色々あ……って、俺、何話してるんだ?

 ……

 …………

 くそっ! さっきも頭殴りやがったな。

 眠い……

 ……いてぇ

 ……ああ、そうだ、フリーの戦場カメラマンに、なってかかか……から、な、何度も死にかけたよ……ああ、何度も死にかけたよ……あああ……。

 俺が不死身ってことは理解したんだが、なんせ頭をやられると、打ち所によっちゃあ記憶が飛んじゃうのが大変だ、だ、だ、大変なんだよ……ったく。

 おかげで本一冊で何度も楽しめるぜ……、あれは、あれは確かアフリカで……ロケット砲の流れ弾……って、これ話したか……す、すま……すまない…………。

 ああ、そう、がれきの中で、埋まっちまって……ドアも開かねぇ、身動きもとれねぇ……鍵なんてかけるもんじゃねぇな……生き埋めになっちまう、それこそ生き地獄だぜ。…………俺は死なねぇんだから……生き地獄……ああ、あああ、…………おい…何日目だ……ここにとじこめられて、……なんにちめだ。

 知らねぇ……
……
 ……? な、なに……

…………

 (ああ、た、たす……助かったぜ……何? 生きてるかって? 当たり前だ……俺は……俺は)


 まどろみの記憶の中で、閉じ込められたビルの瓦礫の隙間から顔に差し込む光に手を伸ばす。こちらをのぞき込む人型のシルエットへ、必死で声を絞り出した。

 「…………アイム、タイ アド……」

 無敵の男オオツの意識は消えていく。



 いかな超絶探偵の慧眼をもってしても、すべてを見通すことはできない。歴代の名探偵の鋭い洞察は、いつも闇に隠された真実を明々と照らし出してきたが……言わばそれはサーチライトの光。

 そう、必ずどこかに生じる闇の中で、恐ろしいことが行われていた。

 この島においても。

 五日目、オオツ カズフサは、ほぼいつものように本を手にして部屋で過ごしていた。昼食も済ませた午後1時過ぎ、眠気とは少し違う…ぼ~っとした感覚に囚われ、ストーリーがなかなか頭に入ってこない。

 (見かけによらぬ、あの美人が真犯人でこのミステリーは終演というわけか……)

 クガクレ嬢の容姿を脳裏に思い出す。

 (確かに、人を……特に男を虜にし、操るには申し分ない女だったな)

 能力ゆえか、欲という欲をすっかり失いつつあるオオツでさえ、遠い昔の淡い気持ちを喚起させられる。

 (まあ、いいだろう。久々にスリリングな気分と、何か知らないが…ったく面白いバカンスを過ごさせてもらったってことで……あとは…)

 その時突然だった。
 ガッ!

 注意力散漫で寛いでいた彼の部屋に、いつの間にやら侵入してきた異能者殺し。叩きつけられた後頭部への一撃が頭蓋を陥没させ脳ミソを血で染める。


 それと同時に生命の危機を察知した、オオツの体を構成する細胞群が動き出す!

 血液に含まれる、ハイパー幹細胞とも言うべき万能変化細胞の修復屋が破損した脳細胞を次々と復元していく。見よ、これこそが彼の異能力の力だ。


 『ヘイヘイヘイ! この程度のダメージ、余裕だっぜ』
 『まあ…シナプスの電気信号配線はちょいと失われちまうがなぁ』
 『そんなの関係ねっ、また記憶なんて造りゃあ~いいんだから』

 脳の負傷と修復作業によって、オオツ本人の意識は混濁中。


 オオツを襲った何者かが、突っ伏した彼の頭に正確に狙いをつけて…ガッ! もう一撃喰らわせる。

 『おいおい、懲りずにまた………本体スリープ』
 『了解、前頭葉修復!』
 『まだまだ余裕っす』

 襲撃者にも、目に見えて傷口が治っていくのが分かる。満足げな笑みを浮かべて、その場を離れ、そっと部屋を出て行った。


 …………

 30分後、オオツはベッドに、はりつけにされていた。道具を持って戻ってきた謎の人物によって。

 天井のライトが手術台のように明るい。上がらない腕を上げようとして、何とか意思を伝えようとする。わずかに瞼が開き、視界が朦朧と揺れている。覗き見る黒い影。
 (わりぃ……俺は……もう……疲れたんだ……あんたか……後に……し……)
 
 そしてオオツ カズフサの精神は永遠の眠りについた。


 グオン、グオンと、悪魔の機械が静かなうなりをあげていた。ベッドの横に置かれたポンプから管が伸び、オオツの腕の血管につながる。もちろん輸血ではない、彼の血液を急速に吸い取っているのだ。

 腕の接続部分でも嫌なモーター音が、蠢く羽虫のように鳴っている。吸い口を結合させまいと歯車のような刃が回って皮膚を常に裂いているのだ。

 『!? おい! 今回のこのハザードは一体なんだ?』
 『物資、兵糧、激減! 止まりません!』
 『損害状況報告!』
 『生命個体維持…まだいけるっす……でも…ちょっとヤバい……』

 犯人は血液パックを新しいものに取り換えると、実験を見守る研究者のようにベッドの周りをまわりながら観察している。

 (す、すごい…もう9つ目……)

 オオツの体重、約70kg。体内の血液量は5、6リットル程度であろう。しかし特注の1リットルパックを既に8個使っている。出血多量死の限界はとうに過ぎた……つまりこれが意味するのは、体内の他細胞が血液に変化しているという事だった。

 青白い蝋人形のようなオオツの顔をのぞき込み呟いた。

 「物理法則をふまえて……100パック用意しているから……フフフ」


 オオツの中で働く、体内細胞レギオンは第一の決断を下した。

 『末端組織細胞の破棄』
 『アイアイサー』

 内蔵および脳を守るため、手足の再生を捨て犠牲にした。脂肪が消え、筋肉が無くなり、骨が細り、皮膚の薄皮が張り付く。黄ばんだ白色の細枝のようになる。

 その段階に入っても依然として、マッドサイエンティストの冷酷な攻撃は止まらない。

 第二フェイズへ移行。

 『知的活動の停止』
 『……了解』
 『愛しい大食いちゃんよぉ…オサラバ!』

 張り子の骸骨のような顔の奥で、振ればカラカラ音が鳴りそうに脳が急速に縮んでゆく。心臓だけが静かに動く、もはや人体ではない…これは五臓六腑体だ。


 ついに細胞レギオンは最後の決断を迫られた。

 『どうだ? 敵の攻撃は!?』

 『……』

 『……だめです、止みそうにありません!』

 『……』

 『……そうか……みんな…ここまでよくやった。……いまから、最終手段をとる。もうこの先へ進めば後戻りはできない!』

 『我々とともに生きてきた、この生命体に敬礼!』

 『すべての組織維持を停止。速やかに各個、乾眠形態に移行せよ』

 『じゃあな、みんな!』 『おう!』 『あばよ、またいつか!』

 こうして体内で繰り広げられた、生き残るための異能力細胞たちの戦いは組織という形では敗北した。
 カラカラに乾いた、人型のミイラがベッドに繋がれている。オオツ カズフサは此処に生命体としての終わりを告げた。


 六日目の朝は暗く、時がたつにつれ風も強まる。午後から雨が降り出し、遠くで時おり雷鳴が響く。薄暗く生命の一欠けらもない、やぎ座の寝室。

 稲光かと思う一瞬、空間に切れ目が現れ、扉のように開く。

 じっと見つめるその人物の表情を何と形容していいのかわからない。驚き、恐れ、戸惑い、強烈な感情に襲われているようで……何か夢を見ているよう。

 一時間近く、そんな状態が続いた後、意を決したようコクリとうなずき、消えた。

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