狂宴―④―
サキが右人差し指で示した、女神バンクェット像。
市とベターデイズによる共同制作物で、全部で三体がグランヴィル・アイランド内に設置されている。
しかし、駐車場に立つ一体に、ロックは思わず目を見開いた。
光が、一糸ずつ絡み合い電磁の
「ロック、見えるのか!?」
ブルースの戸惑った問いに、ロックは首を縦に振った。
「バンクェット像、三体。頭から出ている電子の幕が、三体の頭から出てグランヴィル・アイランド全体に広がっている……」
ロックの顔を見て、キャニスが松明の様なお下げを揺らしながら、
「まさか、今まで、”ウィッカー・マン”が見えなかったのは……」
「妨害電波だ。それに、アイツらの脳にも光が灯されている」
ロックはサキに指摘され、ようやく明確になる。
”フル・フロンタル”と知らずに触れ合っていた、遺族及び関係者の頭に、光で出来た輪のようなものが掛かっていた。
それが、ロックにも見え始める。
市民に擬態していた、”フル・フロンタル”の熱源は頭に集中する。
擬態を解いた場合、熱源は全身に広がっていた。
「もしかしたら、磁界による
ブルースは、闖入してきた”フル・フロンタル”の扁桃の首を右手の剣で落とし、吐き捨てた。
オカルトの領域で、
これには、ある科学的な見地からの検証が行われ、その過程から脳のある部分の活動に疑いが向けられた。
UFO誘拐者は、意識を集中させ、過去のおぞましい体験を思い出す。その際に行われる催眠から、記憶再構成の作業における、望遠鏡の役割を担っている脳の部分を発見した。
その名は、前部帯状回。
その役割を果たす為には、最低
問題の脳の前部帯状回は、海馬の近くにある。
海馬は、現実や虚構の記憶の比較を行う。
だが、
まして、本来なら有り得ない”ウィッカー・マン”の襲撃を、社会現象と片付けるには、余りにも影響力が大きい。
三年の時を経過しても、当事者に
目の前で
しかし、ロックにとっては二つ引っ掛かることがあった。
――何故、今になって見え始めた?
サキに促されてから、バンクェットの洗脳の力場と”フル・フロンタル”も使った大規模な催眠を把握が出来た。
もう一つの疑問は、
――何故、サロメはこんな手間の掛かることを……。
石榴色の口紅と象牙色の眼をした悪意の化身には、手痛い目に合わされていた。
何故なら、ロック達が、
こんなにも手の込んだことは、当事者が、多くなり間接的になればなるほど、足が付く愚を犯すことになるからだ。
「ロック、キャニス。二つのバンクェットを破壊する。三体が包囲して力場を作っているなら、二体壊せばいい。ロックは俺と一緒に美術館。キャニスはサキと一緒に、屋外レストランにあるものを頼む!」
ブルースの指示で、一足早く動いたのはキャニスだった。彼女の”ラスティ・ネイル”から放たれた熱榴弾が炸裂させ、”フル・フロンタル”の残骸を積みながら、レストランへの道を開く。
ロックの目の前で、サキは電子励起銃を構えていた。武器の出どころを探すと、引き金を握る右手、銃身を支える形で横たわる人型の炭だった。
戦う意志を衰えさせていない、サキの当然の反応に、ロックは戸惑う。
サロメが、サキのことを放っておく筈はない。
そう睨んでいたが、
「ロック、サロメがサキに何かを仕掛けているのは、分かっている。遅いかもしれないが、今、動かないと、確実に
「大丈夫、サキちゃんは私が守る!」
ブルースとキャニスの言葉に、ロックは己を奮い立たせた。
右手の”ブラック・クイーン”に意識を集中させる。
翼剣の先端を右脚側に引いた、イタリア式剣術の”真・鉄の門の構え”を保ちながら、前傾姿勢で駆けた。
目の前に現れた、”フル・フロンタル”の青く明滅する左手刀が、剥き出したロックの左首筋を捉える。
彼は、両腕を構えた。青く揺らめく指刃が、逆手に持ち替えられた剣の護拳を突く。
貫通せず、護拳に遮られ、光や音の回折性による飛沫が生じた。青い光の煙幕に、ロックは自らの左手を突き出し、”フル・フロンタル”の右手首を掴む。
彼は、右肘を上から両断すると、勢いを殺さずに、剣で時計回りの斬円を背後まで描いた。灰色の小人の両脚の膝から下を残し、軌道にそって切り取る。
ロックは、分離させた胴体に、右足を叩きこんだ。直蹴りで、”フル・フロンタル”の胸像が打ち上げられた。弧を描いて落下した扁桃頭の胸像は、後続の銀扁桃人形がドミノ倒しに追い込まれる。
彼は、逆手の”ブラック・クイーン”の護拳から延びる翼の刃を、”フル・フロンタル”の胸像の左袈裟から右肩に薙いだ。
切先は、あと少しのところで、”ウィッカー・マン”に当たらない。
だが、剣から炎が噴出。まるで弾道噴進爆弾の様に、ロックは飛び出した。
彼の繰り出した下から上の斬撃が、巻き上がる炎の髪となり、五体の”フル・フロンタル”を焼き払う。
“
噴進火炎工法に使われる航空燃料を、ナノ制御による疑似物理現象で生成。
航空燃料による噴進火炎は、岩石の穿孔だけでなく、切削、破砕に粉砕も可能とする程、高速で高温である。
その苛烈な熱源から得られた攻撃力と動力により、ロックは、後に続く”フル・フロンタル”の顎から眼窩に掛けて抉った。
ロックは、背後にいた”フル・フロンタル”の三体も、返す刃の高温で高圧な炎の旋風で呑み込む。睨まれた邪な魂を浄化させんとする巨人の紡ぐ炎の煌きが、ロックを包んだ。
炎の一撃から放たれた轟音は、ロックの周囲も震わせる。
その音に驚いた群衆は、二手に分かれた。
ロックの攻撃か、”ウィッカー・マン”から逃げたいのか。
或いは、両方からか。
「ロック、サキとキャニスが気になるのか?」
ブルースの声が、背後から聞こえる。
陽気な声を出す、苔色の外套の男の目の前に立つのは、二体の”フル・フロンタル”――もとい、
銀色の小人の扁桃頭が二分化され、崩れた背後には、ブルースが立つ。苔色の翼を翻しながら、ショーテルで、”フル・フロンタル”の死の手を捌いていった。
ブルースは左腕で作った王冠で、青白い死の右手を防ぐ。彼の左手は頭を囲む軌道にそって、斬光――否、斬雷が疾走った。
爆音と閃光の炸裂により、人形の四肢が、切り裂かれ、頭部も爆発させられていく。
二振りのショーテル型、
刃で電気を操り、鍔に備えた機関銃による電磁誘導弾で、ブルースは銀灰色の人型を一体ずつ撃ち抜いていった。
ロックは黙したまま、右手の剣を逆手に構える。前方の”フル・フロンタル”の青白く輝く右の手刀を、彼は左手で固定した右腕から延びる護拳の剣を突き出して、流した。
しかし、ロックは、”フル・フロンタル”の右腕に”ブラック・クイーン”を食い込ませる。懐に深く入ったところで、彼は更に身を屈めた。
”ウィッカー・マン”の顎に到達した斬撃がロックに伝わり、銀灰人形の胴体を左腰から右肩に掛けて刃が深くめり込む。
腰を入れて、ロックは更に踏み込んだ。“フル・フロンタル”の頭部に付いた首と左肩を、突き上げた上半身から繰り出した右拳槌で吹っ飛ばす。
残った”フル・フロンタル”の右胸部と両脚は、二、三歩主を探すように歩いて崩れた。
ロックの右腕の剣は、右後方を振り切る。紡がれた刃閃によって、彼の周囲にいた“フル・フロンタル”が四体、翼剣の露となった。
「……何だって?」
「そうやって、攻撃した後に聞き返さないで……心臓に悪い」
ロックの生返事に、ブルースが両の掌を見せながら後退する。
「心臓に悪いと考えているなら、初めから口に出すんじゃねぇよ……」
「いや、それ絶対に聞こえてたろ!?」
隣のブルースが叫びながら、迫りくる”フル・フロンタル”の延髄に、後ろ回し蹴りを打ち込む。脹脛と膝の裏が灰人形の首を固定。捩じれを働かせて、遠心力に任せて飛ばした。
巻き添えに倒れた二体を、ロックは遠目に見る背後から、
「
――相変わらず、痛いところを突きやがる。
ブルースの言葉を噛み締めつつ、ロックは”フル・フロンタル”の首を一つ斬り落とす。
キャニスは、ロックにとって姉のような存在で、初めて思いを抱いた
共に戦地を駆け抜けることで、彼はキャニスへの掛け替えのない気持ちを抱き始める。それが、恋慕となるのに時間は掛からなかった。
「だが……キャニスは」
ロックの恋は叶わなかった。
しかし、
その場に居合わせたロックが垣間見た、キャニスの触れると消えそうな後ろ姿。
気丈な彼女との落差は、今も彼の目に焼き付いて、離れなかった。
パブリック・マーケットの向こう側で、炎柱が上がり、ロックの思考が現実に戻る。
キャニスのトンファー型
「ストップ」
キャニスに向き始めたロックの意識は、ブルースの一声で制される。
「それは、キャニスの見ているもの。ロック、
ブルースの言葉と共に、緑色の雷電が轟く。稲妻が、ロックを四方に囲み周りを蹂躙し始めた。
ロックの背後で、青い炎の手を振り下ろそうとしていた”フル・フロンタル”。それが、四肢をまき散らしながら、ロックが扁桃頭の偉業を灰燼に還したのが、ブルースの眼に映る。
「いや、人を殺す前に、
ブルースは、ロックに笑いながら言った。
彼の笑顔につられ、ロックも口を綻ばせる。
キャニスへの気持ちは、彼女の目にしているものが違うから叶わないことを、彼は学んだ
ロックは痛みを得たが、ブルースの様に、人間の見える領域がそれぞれ違うことを教えてくれた存在もいた。
自分の見えるものを、一緒に見たいと考えてくれる、存在に気付かせてくれたことも。
ふと、ロックは、ブルースの笑顔が、揶揄のそれに変貌していたのを目にし、気まずさから周囲を見渡す。
ロックの攻撃が功を奏したのか、美術館前に立つバンクェットへの道が開かれた。
人影はまばらになり、屋外で逃げ惑う人々の数は少ない。
だが、多くが屋内で、ロックがブルースと共に”フル・フロンタル”と戦っている様子を窓越しに見守っていた。
彼は、右の逆手に構えた剣を、持ち直す。頭の右側へ刀身を掲げ、切っ先をバンクェットに向ける、ドイツ流剣術の”雄牛の構え”を作った。
ロックは掲げた刀身を、右肩の位置に下げて据える。
“鍵の構え”。あらゆる攻撃に対応する為の構えで、相手の防御を正に
右脚に力を加え、大地から得た反作用で駆けだした。
“
前傾させた姿勢で速度に乗せながら、跳躍。
勢いに乗せ、左腰に回転を加える。右肩から突き出された”ブラック・クイーン”の刀身は、ロックの背後に担がれていた。
“憤怒の構え”。ドイツ流剣術で、あらゆる攻撃に繋げられ、防御面でも優れている。怒り任せに
バンクェットの右肩から左袈裟に向け”ブラック・クイーン”を力任せに、怒りの構えから振り下ろす。
“憤激”。上方から斜め下に斬り付ける、最強の剣戟。「親父の一撃」とも言われていた。
だが、ロックの表した憤激は、女神像の肩に届かず、切っ先すらも掠らない。
彼の右脚への銃撃。それで、バンクェット像への一太刀を閉ざしたからだ。