第34話 新たな火種
ヒース王たち二人は謁見の間に到着すると、山岳都市ドラグーンのリジット将軍配下の使者が待っていた。
ヒース王が玉座に座ると顔を上げてリジットからの書を近習きんじゅうに渡す。近習きんじゅうからヒース王に渡され、その内容を呼んだヒース王は将軍からの書を宰相でもあるクラウスにも見せた。
「この内容だと……モファトに不穏な動きがある様に思えますな」
クラウスの意見も聞き、国王であるヒース王が使者に威厳のある声で答えた。
「あいわかった……下がって休め――リジットには引き続き警戒を怠らないよう新たな使者を発てよ」
そう使者に言うと、続いてクラウスは近衛隊長に緊急会議を行う旨を知らせた。
「これより緊急会議を行う! 政務長官、軍務長官、および関係出席者を招集いたせ!」
その声が謁見の間に広がると、慌ただしく城内が動き出した。
城内にホーンの音が大きく鳴り響くと、その音を中庭で聞いたチェスターはオルトに伝えた。
「緊急の招集ですオルト様……」
仕方がないと言った表情でオルトが席を立つと、彼の袖そでを掴むディアナ。その様子にオルトはやさしく言葉をかけた。
「ディアナ……出立の時にはちゃんと君にも教えるよ」
「本当?」
「ああ……今回は勝手な行動はとらない」
その言葉を聞いたディアナは少し安心した表情でオルトを見て軽く抱擁ほうようを交わす。
オルトとチェスターはその場を後にする。それを見つめるディアナ王妃―—二人の会話が少し聞こえてくる。
(チェスター、オルト様さまはやめてくれ……さまは)
(え? しかしこの国の英雄のあなた様に…… )
(だから様さまはいらない、 それに英雄とか言うな――今度言ったら剣の稽古つけてやらんぞ)(それは困ります……私はもっと強くなりたいので)
城の大広間に戻ると、そこにはトルジェ王国の諸侯たちがすでに多く集まっていた。それでもまだ全員が集まっていないようでもあった。オルトとチェスターが来ると見慣れないオルトを怪訝けげんそうな顔で見るものや、探るような視線にオルトは晒さらされる。
(あいも変らず……中央の貴族連中は)
心の中で思う事も、表面上には出さずに国王から一番遠い所で立ち止まるオルト、それにチェスターが小さめの声で話しかけた。
「オルト様…あ! いや……オルト何故ここで?」
「この諸侯たちを差し置いて、国王の近くまで行けば、面倒な注目を集める事になるかも知れないのでな――」
「その様なものですか?」
「その様なものだ……国王と宰相にこの場の成り行きは任せる」
チェスターとオルトの二人は一番末の場所でこの招集の内容を聞くことにした。
多くの貴族や官僚、将軍が集まったこの場で宮廷魔術師でありトルジェ王国の宰相でもあるクラウス・エッヘンバッハ・ミッターが声を上げた。
「緊急招集に集まってくれた諸侯に今回の内容をお知らせする」
少しばかりざわついていた会場は静まり、全員がクラウス宰相の言葉に耳を傾けた。
「この度の招集はわれらがトルジェ王国に危険が迫ってきていると言う事態である!」
その言葉を聞いた会場はざわめいた。その様子をみながらクラウス宰相が続けて言う。
「現在、我らトルジェ王国は西の都市ファルドを何者かの集団によって占拠されており、その為にレゴ王国とネハール王国の二か国間の争いの仲裁が出来ずにいる。レゴ王国はネハールに対して大規模な兵力を出しているという情報も入って来ている」
その話を聞いて更に場内はざわついていた。オルトたちも近くにいる貴族連中の会話が聞こえてきた。
(それとトルジェとどういう関係があるのじゃ?)
(馬鹿者……レゴがネハールを屈服か滅亡させでもすれば次は我らのトルジェに攻め込んで来るということじゃ)
(仲裁を何度となくやって来ていた我がトルジェ王国にレゴ王国も国力さえあれば、太刀打ちできると思っているのじゃろう)
しかしクラウス宰相の話はそれだけでは終わらなかった。
「皆の者、静まりたまえ……話はまだ終わってはおらぬ――本日ドラグーンを任せているリジット将軍から使いの者が参った。その内容はモファト教皇国に不穏な動きがあるという事だ」
その言葉に場内のどよめきはピークに達したように騒ぎが大きくなった。その騒ぎを制する様にクラウス宰相は話を続けた。
「その動きは我らがトルジェ王国に攻め入らんとする動きの様にも見えると報告してきている。今モファトと戦いになれば、西のファルド奪還だけでなく、その後にレゴ王国とネハール王国との争い次第ではそれに備えなければならなくなる……この様な状況である!諸侯にも充分な対応をお願いしたい」
そう言うとクラウス宰相は国王にその後の言葉を託す。
「我がトルジェ王国はこの困難な状況に充分な対処をするために諸侯らにも意見を聞きたい! 何かある者はこの場で述べよ」
政務大臣であるファルク・グリーバスが集まる諸侯より最初に意見を言った。
「ファルド奪還は当然しなくてはならない事ではありますが、現在まで何度かの奪還作戦も行い、その尽ことごとく失敗に終わっております――その影響からの周辺諸国の動きであるなら、やはりファルドの奪還は後回しに出来ないものと考えます」
その長官の言葉に付け加える貴族の一人グロリア伯爵も意見を言った。
「しかしファルド奪還をしている最中にモファトが攻めに来たらどうするのだ?」
また他の貴族からも危惧する声があがる。
「順番通りに諸国が動いてくれればいいが同時にという事もありうる」
場内は騒然となって集まった諸侯も様々な意見を言い始めた。その様子をオルトは目を閉じたまま考えているような雰囲気で立っていた。チェスターもそんなオルトの横で周りの様子を眺めながら想った。
(貴族に聞いたところで良い意見など出るとは思えないが――)
話し合いはいろいろな意見も出ていたが、具体的には誰も最善策や全体案を出すと言う形に至っていなかった。また、諸侯の集まるこの会議の中でヒースもクラウスもそしてオルトもやる事は決まっていたが、あえて諸侯にこの問題を投げかけたのだった。
それは国王といえど独自の判断だけで決めてしまえば、諸侯の後々の行動や見方が変わる可能性があるからだった。その変化が良い方向に変わるなら独自の判断でも構わなかったのだがトルジェ王国も建国し、すでに数百年以上の歴史がある。
その中で養われた物は良い文化や伝統だけではなく、悪しき習慣もあった。その一つが貴族などへの権力の集中であった。特に王都にいる諸侯爵は地方の領主より権力欲は強い者が多く、その時によっては骨肉の争いをする侯爵もいるほどだった。もちろんその様な争いの歴史は決して表舞台には出てくることもなかったのではあるが……そんな歴史を三人は特に知っていたのだった。
その為にこうやって意見を取り入れる事をしなくてはいけなく、そうしなければ後々嫉妬や恨みといった感情で、国が乱れる可能性を減らすための“舞台”でもあった。
見識のある者たちのなかにはこの様な会議は不要ではないのか? そう思っている者たちでさえも、人間の歴史の中には愚かな側面も多く持ち合わせている事を知っているので諸侯などの、はけ口としての舞台という意味を理解していた。
諸侯の話を聞いていたヒース王がみんなの話をまとめる様に言った。
「諸侯の意見は聞き届いた! この度の件を我にまかせよ! と言う者はおらぬ様だな?」
その場に居合わせた諸侯の面々は言い返す事が出来なかった。確かにここにいる諸侯などは己が先陣を切って向かうような者が居ないのは判っていた。
続けてヒース王は諸侯の前で一人の名前を出した。
「ではこの困難な状況を私が信頼している者に託すが……それでよいであろうか?」
その国王の言葉にその場にいた者たちは互いの顔を見合わせて誰の名前が呼ばれるのかを探さぐっていたのだった。そんな中、国王がオルトの名前を呼んだ。
「オルト前へ――」
オルトは堂々と国王の前に歩み出た。そして集まった諸侯の注目を浴びることになった。
ヒース王は続けて皆に聞こえる様に言葉を発した。
「我がトルジェ王国の危機になるやも知れん時じゃ! 力を貸してくれるか?」
「国王! お待ちください! この者はどの様な身分の者でございますか?」
国王に言葉を挟む貴族の一人がいた。そして質問に他の者たちも国王の返事に聞き耳を立てた。
「この者は我が友だ……貴族ではない」
一同は一斉にどよめき出した。そして更に質問をしてくる諸侯。
「貴族ではない? それは平民という事ですか? その様な者に我がトルジェの軍を任せるなど国王はどういうおつもりか?」
そう言って来たのは国王の血縁者であるグリード大公であった。大公は随分と恰幅の良い体格をしている。声も低く威厳というより威圧感のある声をしている人物で、豪華な装飾された衣装に国王以上の大きなマントを付け、権勢を誇示していた。
その大公の言葉でヒース王の右手が強く握られたのを横にいた宰相のクラウスは見ていた。クラウスはヒース王に代わり、グリード大公にオルトを指名した理由を説明をした。
「グリード大公、下かのものは国王の危機を救った事もあり、私も彼を信頼しております。まして、この様に多くの方々がおいでであっても、この危機を回避できる手立てを率先して指揮する方がいないのでは国王が選んだ者を充ててもおかしい事ではないのでは?」
そういう宰相にグリード大公は更に言った。
「それは構わない……だが! 身分の無い者を選ぶのは他の諸侯に対して無礼であろうという事だ……ここにいる者なら国王が選びさえすれば全力を持って事にあたるであろう」
しかし周りの諸侯はその言葉に目を逸らし、堂々としているような反応を示す者がいなかったのが大半であった。
「こういう事です大公……その為に私が選ばれた」
そう畏かしこまったままで話すオルトに大公は、
「貴様の様な身分の者と話す言葉など持ち合わせておらぬ!」
「私めが身分の無いものでその様な対応なされるのであれば身分を明かせばお許しいただけますか?」
「なに?」
オルトはグリード大公に返すように言うと続けて話した。
「私はトルジェ王国より東へはるか遠く海を渡った所にある国ジアンと言う国の第三王子に成ります……ジアン国、王位継承権は兄達のもので、私めはこの様に諸国を旅して見聞を広めておりますところ。縁あってトルジェ王国、現国王であるヒース王と友人となる機会を得ました」
その説明を聞いたグリード大公は少々たじろぎながらオルトの話を聞いていた。
ヒース王とクラウスは今話した事が嘘で有る事は承知であったが、事あるごとに口うるさいグリード大公をやり込めたことに、小さな拍手でオルトを喝采かっさいした。
「身分はこの国ではありませんがそれでも不服でしょうか? グリード大公」
そう聞かれた大公は仕方なく、その場は引くしかなかった。
「初めからそう言えばよかったものを!」
「申し訳ありません――出来ましたら身分を隠して置いて欲しいとヒース王にお願いをしておりましたので」
「ふん!」
その場は下がるグリース大公だったが、内心は面白くないのであろう、彼の態度にでてしまっていた。そして周りもその様子をみて何も言えなくなったのを見通して宰相であるクラウスがオルトに話しを続けた。
「ここにおられる諸侯もこれで異論はないな? それではオルト殿、身分が明かしてしまった以上は畏かしこまる事も不要です」
そう言いオルトを立ち上がらせると話を続けた。
「このトルジェの危機を他国の王族にご助力願うのは申し訳ありませんが、国王の友としてご助力願えますか?」
改めてオルトにクラウスが問う。
「はッ! 私めでお役に立てるのであれば喜んでお力にならさせていただきます」
その言葉で、その場にいる諸侯への面倒な根回しを終えたのだった。そして国王がオルトに兵権を預ける旨を宣言する。
「これよりファルド奪還及び他国の脅威に備え、一時兵権をオルト殿に預ける!」
その宣言を聞き、諸侯らも納得する形となったのだった。