第12話 ひとつの望み
深琴たちは順調にラスグーンの街に向かっており、その道中の会話が聞こえてきた。
「アーマー、ラスグーンに着いたらどう動く?」
「まずは手分けをして街の商店とかに最近の持ち込み物についてあたってみるのと同時に、大会の情報収集しないといけないっちゃね」
ハマはその提案に同意するように頷いた。小さな馬車の中で武器の手入れをしているアーマー。大きな馬車と違い一頭立てで乗れるのは多くて二人がいいところだが、シーフのアジト急襲で手に入った物を売り、何とか手に入れたものだった。そのおかげで荷物の個人負担は少なく済んでいたので移動には助かっていた。
「着いたら忙しくなりそうだね」
そんな会話の中、一人浮かない顔の深琴は迷惑を掛けているのではないかと、また考えてしまっていた。
(こんな事になってしまったのは私のせいなんだよね……これ以上迷惑をかけていていいのかな)
沈んだ表情の姿を見て、深琴が考えているであろうことを察したミワンがそっと横に来た。ショートの髪が印象的で彼女の優しく穏やかそうな表情を髪型で隠すことなく伝えることが出来ていた。衣服は麻で出来た軽いもので薄暗い色調もあってか全身が地味に映る十センチほど深琴より背が高く、胸も当然深琴より大きい。少しだけ胸元が開いた服装は何故か色気より母性を感じさせる。彼女は深琴が入るまでこのクランで唯一の女性メンバーであり、その物腰の柔らかさからみんなからの信頼は絶大であった。
ミワンはクランで以前あったことを話し始めてくれた。
「結構前かな……私たちのクランでこんな事があったの……」
「?」
「クランができて間もないころだけどね、アーマーをハマが勧誘してきたの――でも酒飲みで、だらしない印象があったアーマーをクランに参加させることについて、当時は良く思っていなかったメンバーが多かったのよね。そんなときにヤンヤがアーマーと結構本気な手合わせをして、このクランに相応ふさわしい実力をもいる奴なんだって、みんなに認めさせたのよ」
と当時あった出来事をミワンが深琴に話してくれた。
「そんなことが……」
「そう、ハマはあんな感じじゃない……だからヤンヤやアーマーが上手いことみんなを纏まとめてくれてるのよ」
「でも私の事で皆さんに迷惑を……」
「深琴ちゃん――みんなは多分迷惑だなんて思ってないと思うわ」
「え?」
「私は少なくてもそう思ってないから、みんなもって思ったんだけどね……何よりも自由を大事にしているのよ! このクラン――だから反対の意見もあれば言うし、ちゃんと話し合って決めてる部分もあるのよ……今回はクランを離れた仲間以外は賛成だからアーマーの言い出したこの旅に一緒に来たんだしね」
ウインクをして、ほほ笑んでくれるミワンの優しさに、深琴は今のままの気持ちではみんなに対して失礼なのだと気付いた。
「わかりました……もう気にしたりしません! 私も皆さんの足手まといにならないようにできることをやってみます」
告げる深琴の表情は前向きさを感じられるものになっていた。
そして、みんなと共にラスグーンに向かう街道を進んでいくのであった。
場面はイリノアの街に戻り、深琴の消息を追っているオルトの姿があった。
「ここも違うか……」
何件目かの店から出てくると、そこに最初に寄った“風変わり”の店主がオルトを探していたらしく、彼を呼びながら駆け寄って来た。
「だんなーー!」
「すみません! ちょっと用事で店空けてたもんで」
息を切らせながら駆けてきた店主にオルトが話しかけた。
「すまないな忙しい最中に」
「いえ……あっしも旦那が来たら教えないとって思ってたんで」
「妹の事か?」
「はい……実はですね」
息が整うと、オルトに先日までの成り行きを話し出した。
「では妹は私の預けた荷物を取り返すために争いに巻き込まれたというのか?」
「はい……多分そうだと思います」
話を聞いたオルトは自分の説明不足で妹の行動する選択に不自由な思いをさせてしまったのではないかと考えた。
(深琴すまぬ……もっとしっかり説明していれば)
「それで妹はどこに行ったか分かるか?」
その問いに店主は汗を拭きながら首を横に振った。
「それを言わずに行ってしまわれて……あっしには……」
オルトは情報をくれた店主に礼を述べた。
「そうか……ありがとう」
そう言ったオルトに店主は協力的な言葉をかけた。
「手がかりになりそうな事がわかればすぐにでも旦那にお伝えします」
「そうしてもらえると助かる」
店主の申し出にオルトは改めて頭を下げ感謝した。自分に対して頭を下げるオルトに店主は思い出したように、もう一つの情報をオルトに伝えた。
「あ! それと今わかっている事としては……これくらいで」
店主がオルトに一枚のメモ書きを渡す。それには深琴と関わったとされる青年が、このイリノアの街の医療施設にいることが書かれていた。
「この青年が何か知ってるかもしれないという事か?」
メモ書きを見たオルトが言うと店主は話をした。
「はい……妹さんがどこに向かったかも分かるかもしれません」
「すまぬが深琴が泊っていた宿の部屋を取って置いてくれるか? 私はこの青年の所に行った後で寄らせてもらう」
「わかりましたその様にさせていただきます……それじゃ」
店主は戻っていき、オルトはメモ書きの医療施設へそのまま向かった。
(この青年から何かわかれば良いが……)
オルトは深琴の情報を得る為、既に日も暮れていたが青年のいる街の医療施設を訪ねると、すぐ近くにいた男に話しかけた。
「すまぬが、最近この施設に……」
話すオルトに男は指を差して、一人の男を教えた。
「そうか……ありがとう」
オルトは教えられた男に向かって行くと直すぐに会う事が出来た。日が暮れているにも関わらず施設の外にあるテラスに座って佇たたずんでいる青年が一人いた。
「君がヤンヤ君か?」
ヤンヤは生気のない眼で景色を眺めていると、突然話しかけて来たオルトに怪訝けげんそうな顔で言葉を返す。
「あんた、だれ?」
「私の名はオルト……妹を探しているんだが……」
オルトに対して気にも留めない態度で言葉を吐くヤンヤは誰のことを言っているのか想像がつかないでいた。
「妹? だれの事だい?」
「深琴と言う名の妹をさがしている……その名に覚えはないか?」
ヤンヤはそれで理解ができ。オルトの方にちゃんと向きなおした。
「あんた! まさか深琴ちゃんのお兄さんかい?」
オルトは頷き握手を求め手を差し出した。ヤンヤも動く方の手を差し出した。
「ああ……君と何か関わりを持っているんじゃないかって情報を聞いてね」
ヤンヤの中で想像していた深琴の兄のイメージとかなり違ったので驚いていた。
「あんたが……俺はてっきり親父さんかと思ったよ」
ヤンヤは深琴の兄を見て率直に感想を呟いていた。確かに見た目は髭を蓄え、若さを感じるように見えない容貌だが、父親だと間違われると少々落ち込み気味になるオルト。
「いや……確かに年は離れているが……そこまで老けて見えるのか? 私は……」
ヤンヤは深琴の兄が訪ねてきたことで大体の察しはついたようで。
「で、お兄さんがここまで来たって事はまだ何も知らないって事かな?」
ヤンヤの推測に頷(うなず)く、オルトは深琴の行方を捜している事を説明した。
「村に戻らない妹を探しにイリノアの街まで来たんだが……まったく手がかりが無い状態で唯一、君と妹が一緒に居た事を知ったのだ……君に聞けばどこにいるか分かると思ってな」
「そうか……深琴ちゃんの居場所を聞きに来たって感じかい……それなら何があったかを、あんたに話した方がいいだろうな」
オルトの話を聞いて説明しなければいけないと感じたヤンヤは先日までの事柄を全て話し始めた。
「では深琴は私の預けた物を追ってイリノアの街から、取り戻しにどこかに行ったという言うのか?」
その回答に頷いたヤンヤは続けて深琴の気持ちと責任感で今回の行動になったのではとオルトに話した。
「彼女は責任を感じていたんだろうな……あんたから頼まれた大事な物を盗まれて、それを取り返そうとして取り戻すどころか、うちのクランに大きな被害をだしてしまったのは自分のせいだと思って、そのまま帰る訳にはいかないと感じた……」
ヤンヤの言葉を聞いてオルトは深琴へ預けた荷物の説明不足を痛感していた。
「それならば……私の過ちだ……中身の事もしっかりと伝えるべきだった」
ヤンヤは盗まれた中身に興味がもち、オルトに何を預けたのか聞いてみた。
「聞いていいかい? あんた彼女に何を預けたんだ?」
ヤンヤの問いにオルトは素直に答えていた。
「ある人物に渡す手紙だ……大事な物ではあるが、盗まれたとしても他の者には分からないようになっていた……それを伝えてさえいれば」
苦悩にも似た表情がオルトの顔から見てとれた。ヤンヤはそれを見て言葉をかけた。
「深琴ちゃんはあんたが心配するほど子供じゃないよ、今はクランの役に立ってから戻ろうと考えているかも知れないし」
「それでは……深琴は今も君のクランメンバーたちと一緒に行動しているという事か?」
ヤンヤは手に飲み物を持ってそれを口に運んだあとに答えた。
「そうだろう……けど、どこに行ったかは俺はわからない、そのうち戻って来るとしか聞いていなかったからな」
ある程度の事情と現在の状況が分かりオルトはこれからの考えを巡らせていた。
「そうか……迷惑をかけてすまなかった」
「どこへ行くんだ? 行き場所は分からないだろう?」
「泊っていた宿にもう一度行ってみる、何か手がかりがあるかも知れないのでな」
気を落としたように思えたオルトにヤンヤは声をかけた。
「俺の方でも何か分かったらあんたに知らせるよ」
「ありがとう……」
オルトはその場から立ち去ろうとするときに思い出したかのようにヤンヤに伝えた。
「忘れるところだった。ヤンヤ君――君のその腕を治せる名医がセテの村にいるので尋ねてみるといい」
「え? この腕を治せる? この街で無理なものがセテの村なんかで治る訳がないだろ」
「信じて行くも、行かぬも、君の自由だ……」
そう告げるとその場を去って行った。彼の後ろ姿を見ながら言われたことを考えたヤンヤ。
「まさか……治るのか? この腕が?」
オルトは店主におさえてもらった妹の泊った宿屋の部屋に来ていた。部屋の中はちゃんと片づけられており、次の客が使用できるようになっていた。
「この部屋に何か」
オルトは部屋を見渡すと何か手がかりが残ってないのかを探す。
すると、向かった場所の手がかりでは無かったが、ここにいたもう一人の知っている人物の痕跡があった。
「ん? これは?」
部屋の鏡台の所にある椅子の背もたれに何かが刻まれていた。
「ここに来ていたのか! それならば、なぜ私にここでの出来事を伝えなかったのだ」
そしてもう一つは、深琴がこの部屋で自分の預けた手紙に触れ、魔法が反応した感じが、テーブルの上に、ほのかに残っていてそれを触るように確かめた。
「深琴……中身を見たのか?」
そう言うと、オルトは椅子に腰を下ろし考えはじめた。
(もし中身を見たとしても内容は分からないはず……しかしこの感じだと、深琴に魔力が反応したという事か)
心の中で推察していると部屋のドアを叩く音がした――それは店主であった。
「旦那! いいですかい?」
「どうした? 何か用か?」
「はい……実は……」
店主が話しだすとオルトは一瞬、険しい表情になった!
「なに?! 近衛兵このえへいが来る?」
「はい……先日、旦那が壊したこの街の宝物庫に関して修繕隊と一緒に調べに来るらしいんですよ」
「そうか……兵がくるか……しかし近衛このえが来るほどの事だとも思えないがな」
「ええ、普通なら来ても周辺守備隊の兵が来る程度なんですが……今回はどういう訳か、中央の近衛兵このえへいが来るんで、旦那にいて頂いた方がいいと思いまして」
「そうか、破壊したのは私だ……仕方がない。一応向こうには連絡はしておいたんだがな……」
オルトの返事を聞いて、店主は伝えて部屋をでていった。
(何かが起こっているのか? ウォーセンで?)
オルトの周りでもいくつかの事が重なり動き始めていた……