53話 華やかとは呼べないデビュー戦
闘技場に入ると俺を迎えたのは疎らな拍手であった。
数年前とはまるで活気が違う。人気が下火になってきている拳闘試合、既に何人もの選手が引退をしていった。
いや、余儀なくされたと言うのが正しいだろう。
興行を開いても採算の取れなくなってきている試合がほとんどで、興行主達が拳闘士のリストラを敢行したというのが正しい。
マスタングも例外ではなかった。
将来の展望が見えない拳闘士に割く予算をそう多くは取れないと、かなりの数の訓練生と候補生が、別の労働施設へと移された。
ヤクやディックもこの三年で芽が出なかった為に、農場へと送られた。
候補生時代の仲間達、シタールやトールも上がってこなかったということはそういうことだろう。
現代の様に、携帯などで連絡の取りようもない俺達には、彼らが今どうなっているのかなど、人伝に聞く以外に知りようがなかった。
俺だってこの三年間、バンディーニが口添えをしてくれなければ、拳闘士としてデビューすることなんてできなかったと思う。
そんなことを言っていても仕方がない。
俺にできることは、これから勝って勝って勝ちまくって、観客を魅了してボクシングをこの世界に広めるんだ。
「本日の初戦はマスタング商会所属の新人拳闘士ロイムと、ウォルター貿易の同じく新人マックスの試合を行います」
呼び込みもなんだか淡々とした事務的な感じだ。
それにしても、たった三年でここまで人気がなくなるなんて、流行廃れってのはいつの時代でも早いもんなんだなと思ってしまう。
ルールやレギュレーションの改悪で人気がなくなり、収益が悪くなるなんてのはよくある話だ。
そもそも日本でだって、プロボクサーになったからと言って、それ一本で食べていくことなんてのはまず無理で、それこそ世界チャンピオンレベルにでもならなければ、数か月に一度の試合で数万円程度のファイトマネーしか貰えないのだから、バイトなり他の仕事をしないと生活できない。
テレビなんかで華やかに見える世界の裏側には、そんな光の当たらない選手達が星の数ほど居るわけで、それはボクシングに限らずどんなスポーツでも、いやどんな世界にもあることだ。
今俺が立たされているのはそんな舞台なんだと思えば、これまでのボクシング人生となんら変わらないんだ。
闘技場の中央へ行くと、俺と同じくらいの背格好の対戦相手マックスが緊張した面持ちで肩を震わせていた。
相当に緊張しているのだろう。それが傍目から見てもわかるくらいだった。
まあ気持ちはわからないでもない。デビュー戦で緊張するなと言う方が無理である。
俺はまあ二度目のデビュー戦なんで緊張するどころか、なんだか懐かしい気分に浸っていた。
俺が右拳を突き出すと、マックスも遠慮気味に左拳を突きだして、軽くお互いの拳を合わせた。
その行為に俺は、なるほどねと思う。こういう所にも新人だという経験のなさが出てしまっていた。
「両者とも反則には充分注意して、無理だと思ったらすぐに降参するんだぞ。それでは始めっ!」
レフェリーの合図で試合が始まる。
マックスは右拳を顎の下に付けると、左拳を前へ突きだして構えた。
やはり、予想通りマックスはサウスポーだ。
最初の拳を合わせた時に俺が右拳を出したのに、わざわざ左拳を出してきたので予想はできていた。
まあ、知らなかったとしてもそれほど注意するようなことでもない。
右利きだろうが左利きだろうが、今の俺がデビュー戦の新人を相手に苦戦するわけがない。
そう思っていると、意外にも先に仕掛けてきたのはマックスの方であった。
ガチガチに緊張していたくせに、試合が始まった瞬間には肩の力が抜けてリラックスした状態になっていた。
不安気な表情も消えて、眼光も鋭くいい面構えになっている。
ゴングが鳴った瞬間にスイッチの入るタイプらしい。
一直線に突進してくるマックスから、フットワークを使い俺は距離を取る。
マックスは俺の足に翻弄されながらもなんとか距離を詰めようとする。
そこに左ジャブをちょんちょんと二発入れてやると、マックスの足が止まった為にすかさず顔面にワン・ツーを叩きこんでやった。
マックスはよろよろと後ずさると尻餅をついて倒れた。
開始1分にも満たないノックダウンである。観客達はマックスに早く立ち上がって試合を続行するように罵声を浴びせていた。
マックスはなんとか立ち上がろうとするのだが、膝が笑って立ち上がっては転ぶということを何度も繰り返していた。
それは当然だ、俺は右ストレートをマックスの
こんなパンチ、偶然もらったことならあるだろうが、ここまで正確に顎先を打たれた経験なんてないだろう。
その証拠に、意識はしっかりしているのに足が震えて身体が言うことを聞かないことに、マックスはかなり戸惑っている様子だ。
なんとか震える足を抑え込み立ち上がるマックスであったが、こんな状態でまともに試合を続行できるわけがない。
俺は一気にマックスとの間合いを詰めると渾身のリバーブローをお見舞いする。
ドンっ! と言う音が闘技場内に響き渡るとマックスは右脇腹を抱えながらその場に蹲り、降参の意思表示である右手を上げて人差し指を立てる動作をするのであった。