45話 いつか夢見た舞台
セルスタは俺の横に並ぶと、観客席から闘技場を見下ろす。
「懐かしいな、俺がここで初めて戦ったのも、もう4年も前の事だ」
セルスタは目を細めながら、どこか寂しげな表情を見せる。
バンディーニやジョーンさんから聞いた話であるが、セルスタの初戦は鮮烈なKO劇であったらしい。
14歳の少年であるセルスタは、当時から既に170㎝を超える巨躯の持ち主だったとか。
並の成人よりも長身で身体も仕上がっている。
とても新人とは思えないようなオーラを纏っていたらしい。
対戦相手は当時、連勝を重ねている期待の若手拳闘士だった。
大抵の新人は、拳闘士デビューで洗礼を受けるらしい。
余程肝の座った奴でない限りほとんどの奴が、このコロッセオの大きさと観衆の多さに圧倒されて、ガッチガチに緊張した状態で試合をするのだ、実力の半分も出せずに負ける奴がほとんどだと言う。
そんな中、セルスタは堂々とした試合運びを、と言うか一撃で相手の顔面を砕いて勝利したと言うのだ。
眼窩底骨折と言う重傷を負った相手選手は、それで選手生命を絶たれたのだ。
「セルスタさんも、今日試合に出るんですか?」
「俺は軍のエキシビジョンに駆り出されたんだよ」
セルスタは今や王国の近衛兵団の一員、その実力が拳神ディアグラウスの目に留まりスカウトされたのだ。
セルスタの登用は例外中の例外とも言えた。
本来奴隷身分である拳闘士が、正式な軍人になることなどありえなかった。
もちろん奴隷兵と言う身分ならあるが、それは軍人ではない。
どんな武勲を立てようとも、どんなに金を積もうとも、奴隷が市民にましてや貴族になることなんてできはしない。
あくまでも解放奴隷と言う身分でしかないのだ。
セルスタは解放奴隷と言う身分のまま、近衛兵団の一員となったのである。
それはセルスタの実力もさることながら、セルスタを見出し慣例を捻じ曲げるほどの発言力を持った、拳神ディアグラウスの存在感と影響力を物語っていた。
そんな拳奴達の英雄でもあるセルスタを前に、スカルツヤもエルナンドもガチガチに緊張しまくっている。
ちなみにルクスはさっきから姿が見えない、たぶん試合になんて興味がないんだろう。
そして、ロゼッタはと言うと。
「セ、セルスタ……ひ、久しぶりね」
なんだか頬を染めながらモジモジとしている。なんだこいつ?
「ん? えっ? も、もしかしてロゼッタお嬢様かいっ?」
「え? まさか、今まで気が付かなかったの! 酷いわっ!」
「俺はてっきりロイムの彼女かと思って」
「か、かかか! そんなわけないでしょっ! なんで私がこんなチビ拳奴と!」
さりげなく俺の悪口を織り交ぜるロゼッタ。
セルスタはにこにこと笑みを浮かべながら、屈んでロゼッタの顔を覗き込む。
「いやぁビックリしたよ、お母様に似て美人になったね」
「今更そんなお世辞を言ったって……」
再び顔を赤くしてモジモジしだすロゼッタ。こいつ、完全に面食いだな。
セルスタはそんな乙女状態のロゼッタに、気付いているのかいないのか、再び俺の方へと向き直った。
たぶんこいつ漫画とかアニメの主人公だったら、確実に鈍感系主人公だろうな。
「今日は、確かロワードのデビュー戦だっけ」
「そうです、あいつならきっと良い試合を見せてくれると思いますよ」
「良い試合か……」
セルスタが意味深にそう呟くと、通路の方から呼ぶ声が聞こえた。
「おっと、そろそろ行かないと。ロイム、俺は14でデビューした。おまえも来年には同じ歳になる、その意味がわかるな? 期待してるぜ!」
そう言うと、セルスタは呼びに来た同僚の元へ駆けて行った。
なんかペコペコ頭下げてるから、たぶん上司だろうな。
セルスタが行ってしまうと、ロゼッタがつまらなそうに俺に話しかけてくる。
「それにしても、あんたがセルスタと知り合いだったなんてね」
「知り合いもなにも、検定試験で俺はあいつと戦ったんだけど」
「あんたが? じょーだん、あんたみたいなチビがセルスタと戦って勝てるわけないでしょ」
まあその通り、ボコボコにされたんだけどね。
それにしても、チビチビって、流石の俺も傷つくぞちきしょう。どっかで牛乳売ってないかな?
そんなこんなでいい時間になり、いよいよ拳闘大会が始まろうとしていた。
まずは、主催者である興行主達が姿を見せてVIP席に座ると、観客席から拍手が起こる。
そして、闘技場に進行係がでてくると大声で前口上を始めた。
「さあさあ皆さま! 大変長らくお待たせいたしました! まずは本日の初戦、新人拳闘士のデビュー戦を皆様にご覧いただきましょう!」
盛大な拍手が巻き起こる。
観客達は、この拳闘大会を心待ちにしていた様子で、最初からテンションマックスといった感じだ。
「す、すごいのねロイム。私、拳闘試合なんて見に来るの初めてだから、なんか圧倒されちゃうわ」
「俺もジョーンさんの試合を一度見に行ったきりだけど、観客があの時の10倍くらい居るから正直驚いてる」
あっちの世界でも、5000人もの大観衆を前に試合をしたことなんて俺にはない。
勿論、世界戦などを見にドームなんかに行ったことなら何度もあるけど。
いつかは俺も、あんな大きな舞台に立つ日が来るんだろうかと、漠然としか考えていなかった。
結局、前世ではその夢は叶わなかったけど、こちらの世界ならそれが夢でもないかもしれない。
そう思うと俺は、胸の鼓動が高鳴るのを抑えきれなかった。
「それでは、早速呼びましょうっ! 今回の新人はあっ! あの拳神の再来! 英雄セルスタを輩出したマスタング商会所属の拳闘士! ロワードだ!」
続く。