新しい夢
それは南の森を更に進んで、カクさんの仲間のバイコーンを保護する戦闘が終わった時に起きた。
『ショコラは新たなる特殊スキル、峰打ちを覚えました』
と、ウィンドウが出たのだ。
幸いにして使った事のなかった『ファイヤーボール』の威力が『ベビーブレス』ぐらいだったので、安心して使用出来ていたのだが……。
「どうしたの? パパ」
「なんだか新しいスキルを覚えたってさ。ほら」
ショコラのステータスを開いてみる。
なんとまたレベルが上がっていた。
それにも驚いたが、注目すべき点は下の方にある『特殊スキル』の『New』だろう。
【ショコラ】
種族:ドラゴン(成長期)
レベル:32
HP:5539/5539
MP:1940/1940
ちから:2923
ぼうぎょ:2521
すばやさ:1752
ヒット:61
うん:162
[戦闘スキル]
『頭突き』
『ファイヤーブレスレベル9』
『ドラゴンパンチ』
『ドラゴンキック』
『ドラゴンクロー』
『ドラゴンテイル』
『ファイヤーボール』
『ウォーターボール』
『ウインドショット』
『グランドボール』
『エナジードレイン』
『メタルパンチ』
『アイシクル』
『サンダーショック』
『ブラッドボール』
[特殊スキル]
『力強化レベル2』
『防御強化レベル2』
『鱗強化レベル2』
『素早さ強化レベル2』
『経験値取得増』
『全属性耐性』
『毒耐性』
『裂傷耐性』
『火傷耐性』
『凍傷耐性』
『飛行』
New『峰打ち』
[称号スキル]
『竜王の転生者』
効果①経験値取得量を増やす。
効果②敗者を従属化させる。
効果③レベル15以上で全属性の技が取得可能。
効果④レベル30以上で全属性耐性を取得。
効果⑤威圧(自身よりレベルが低い相手を行動停止にする)
効果⑥全てのステータスが通常より高くなる。
効果⑦————
効果⑧————
効果⑨————
効果⑩————
『あれ? 称号スキルとやらも増えてない?』
「え? あ、本当だ、⑥が開いてる!? 全てのステータスが通常より高くなる!?」
「そ、そんな!?」
「…………。なんとなく知ってたよな……」
「「うん……」」
みんながみんな頷く。
今更感しかない。
「おい、竜王様よ、この威圧っつースキル、使えるんじゃねーか?」
「え?」
「ペガサスどもの平均レベルは多分20前後のはずだ。レベル差10以下の敵を行動停止に出来るなら、わざわざ戦わなくてもじゃんじゃん行動停止にしてその間にコブを燃やしちまえばいいじゃねーか」
「あ……!」
「その手があった!」
カクさんに言われてハッとした。
このスキルを使えば、レベル差10以下ならば相手の動きを無条件で止められる。
相手に自分たちがドン相手に感じた恐怖を与えてしまう事になるのは、申し訳のない気持ちにもなるが怪我をさせてしまうより遥かにましだ。
そしてカクさんが言うにペガサスたちの平均レベルが20前後なら、残りの六十五体はいるであろうペガサスたちを無傷で保護出来るかもしれない。
先程戦ったペガサスたちは、食糧がある事を教えると拠点に喜んで飛んで行った。
他のペガサスたちも、きっとお腹を空かせている事だろう。
……カクさんが張り切りすぎたせいで無傷とはいかず、リリィに最低限の治癒を施してもらう事になったのは……まあ、致し方ないとして。
「それにこの新たな特殊スキル『峰打ち』は、どうやらスキルの手加減を可能とするスキルのやうです!」
「ああ!」
シロが読み上げる、『峰打ち』スキルの概要。
実際、改めてショコラに『ファイヤーブレス』を試してもらうと——。
「ファイヤーブレス!」
「おおおぉ!」
ふわあ、とした炎が出た。
先程は六メートル先の木を燃やすほどの広範囲、高温だった『ファイヤーブレス』が『ベビーブレス』ぐらいの威力に落ちたのだ。
素晴らしい。
思わず忠直が拍手してしまうと、ショコラも嬉しそうにジャンプして飛び付いてきた。
「やったやった! やったよパパ! これなら『ファイヤーブレス』が使えるよ!」
「ああ! 良かったな!」
「『ファイヤーボール』は狙いを定めるのが難しいんだもん……」
「ああ、そうだな……」
あれは球体の炎がいくつも現れる。
六つか八つ……それはショコラの不慣れさが原因らしいが、そんなにたくさん出てもらってもこちらは特定の箇所を燃やせればそれでいいわけなので困るのだ。
なんとか一つだけに絞り込めないか試してもみたが、スキルの説明にしっかり『複数の炎の球を放つ』とあった。
そういう仕様なのでは仕方がない。
「ご主じーん、カクさんの仲間にも拠点について説明してきたダワ。お腹空いたから拠点に行くそうダワ」
「そうか、分かった。……そういえば、カクさんは腹減ってないのか? なんならカクさんも先に拠点に行ってもいいんだぜ?」
「まあな。腹は減ってるが助けてもらった恩を返すのが先だ。それがバイコーンのオスってもんよ」
「え?」
「ちなみにさっきのバイコーンはメスだったダワ」
「お、おお、そうか」
古い日本男児みたいなやつである。
いや、やはりヤンキーか?
なんにしても、カクさんが早くご飯にありつけるよう用事を済ませなければ。
『というか、食事ならアプリから出せば良くない?』
「そうだった!」
「?」
ギベインの言葉で慌てて端末を起動させる。
『血の付いた包丁』に入れ替えた干草を、木の根元に三キロほど取り出す。
カクさんはそれを見て随分驚いていたが、食糧を持ち運んでいるのだと説明すると嬉しそうに食べ始めてくれた。
見た目通り草食のモンスターだったらしい。
「カクさんは腹ごなししててくれ。俺たちはその間に木材になる木と石を採ってこよう」
「うん!」
「はい!」
「まかせろ!」
「じゃあ、リリィはもう少しカクさんのHPを回復させておくダワ。MPも少し溜まってきたし」
「そうだな、頼む」
ショコラのうっかり『ファイヤーブレス』でかなりHPが削られているカクさん。
未だに半分も戻っていないのだ。
彼の事はリリィに任せ、ショコラの『ドラゴンクロー』やシロの『引き裂く』で木をなぎ倒し、回収していく。
特に活躍してくれたのはホークだろう。
ホークのスキル、『ソードアタック』の最大出力は、飛んでいるだけで何十本を一瞬で、一直線に切り倒していく。
連れてきて良かった。
数十本ほどを採取した後はカクさんたちと合流して、渓谷への道を下る。
そこには、大中小と様々な大きさと形の岩がゴロゴロしていた。
その中でも一際大きなものを見付けて収納してみると、ギベインに『オッケー、これで足りるよ』と言われてしまう。
「8トンって思ってたより小さいんだな?」
『大きさで判断するものではないよ。像だって小さく見えて何百キロ、何トンとかするだろう? あとはこっちで加工して拠点に反映させるから待っててよ。一日ぐらいはかかるから、完成は明日だね』
「そうか、ありがとう」
浴槽やトレイなんかも一緒に作ってくれるらしいので、楽しみにさせてもらおう。
さて、それでは今度は倉庫や増築なんかに必要になる分を採っていこう、と大きめの石を収納していく。
こちらもあまり取りすぎてはいけないので、ほどほどに。
「…………」
「カクさん?」
その時、石の海を眺めるカクさんに気が付いた。
ショコラが後ろから付いてきて、一緒に声をかける。
何やら思いつめたような表情。
「ああ、いや。……前はよくここで水を飲んだな、と思ってな」
「ああ、そうか。ここはこの森の生き物たちの水場だったんだな」
「ああ。……あの空に届く木が現れるまでは……」
ギリ、と天高く聳える【界寄豆】を睨み上げるカクさん。
焦るのは禁物ではあるが、確かにあの【界寄豆】は早くなんとかしたい。
今、こうしている間にも【界寄豆】は成長を続けているのだ。
この世界の生きる力を吸い上げながら——。
「…………パパ、今のショコラでもあの木を燃やせないのかな?」
「! ……どうだろうな……」
『恐らく無理だ。『峰打ち』を覚える前の『ファイヤーブレス』の威力測定の結果、【界寄豆】の耐久には届かない可能性の方が高く出ている』
「! でもさっきは手加減したんだもん! 手加減してもあの威力が出たんだから、ショコラが本気になればもしかしたら……!」
『なら試してみるといい。でもね、それはまた今度にしなよ。君たち作業に夢中で気付かないかもしれないけど、あと数十分後には日没だよ。地球時間で午後六時近い』
「え!? も、もうそんな時間だったのか!?」
腕時計を確認すると、確かに五時半を少し過ぎていた。
暗くなる前に拠点へ帰った方が良いと言われ、ショコラを見上げる。
確かに暗くなってから森に残ったペガサスに襲われた場合、忠直への危険が増す。
他の皆は夜も問題なく動けるようだが忠直とホークは夜目が利かない。
なによりカクさんが一緒でも、不慣れな森の中では迷う可能性が高かった。
「今日は切り上げて帰った方が良いか……」
「そうですね……ペガサスたちを全員保護出来なかったのは心残りではありますが……。マスターの身の安全を思うならば今日は帰った方がよろしいかと」
「かずもおおいし、しかたねーな!」
「そうダワ。仕方ないダワ」
「パパ、ショコラに乗る?」
「いや、お前はまだ俺を乗せられないだろ……」
さすがに。
と、頭を撫でるとちょっと拗ねたような顔をされる。
するとカクさんが頭を下げて「なら俺様に乗ってきな。特別許してやるよ」と言い出す。
馬に乗るのは憧れがあったが、驚いた。
本当に良いのだろうか。
そう聞くと「俺様が良いって言ってんだ。さっさと乗れ」と叱られてしまう。
では、ありがたく。
「行くぜ」
「おう」
スピードの出ないリリィはシロの背に掴まり、飛び上がるホークとショコラに続いてカクさんが走り出す。
思いの外振動が大きくて驚いた。
必死に首に掴まり、景色を楽しむ余裕もなく気が付けば拠点に戻って来ているのだからすごい。
「お帰りなさいマスター!」
「お帰りなさい!」
「おお、契約者様! 竜王様! お帰りなさーい!」
「…………ああ、ただいま」
保護したモンスターたちにあっという間に囲まれる。
ショウジョウたち、ハーピーたち、フェアリーたち、ソードホークたち。
今日新たにペガサスやバイコーンも増えた。
ユニコーンには、そういえばお目にかかれなかったが近いうちまた南の森に行って保護しなければならないだろう。
悠々とドンが鼻を揺らしながら歩いてくる。
「おかえりなさいませ、竜王。そして契約者よ。我らも頑張りましたぞ。見なされ、ハウスを五棟に増やしたのです!」
「おお! すごいじゃないか!」
ふんす、とドヤ顔のドン。
ふと、拠点を見回す。
いつの間にか、こんなにたくさんのモンスターが集まる場所になっていたのかと思った。
そして、この光景は忠直が夢見ていたものに似ている。
(たくさんの人が笑顔になれる店をやりたい)
想い描いた夢の形に、とても————。
(笑顔が、溢れる……そんな場所を……俺は……)
——思えば……思い返せば伊藤忠直という男は孤独だったかもしれない。
親が早くに離婚し、父に引き取られ、いつも食事は一人きり。
出張や転勤が多い父。
転校も多い。
友達は出来ず、出来ても自然に疎遠になる。
そんな中、大学では一人暮らしを始め、妻となる女性に出会い、二人の子どもにも恵まれた。
けれど、気が付けば妻は女医として家にはほとんど帰ってこなくなり、息子たちも両親の忙しさを慮ってかかなりしっかりとした子たちに成長。
就職後は出来るだけ早く帰るようにしていたせいなのか、同期の中ではやや浮いた存在となり、すでに結婚していたせいなのか、女性の同僚からは不思議と距離も置かれる。
子どもたちに夕飯を作り、一緒に食べる時が一番幸せだった。
子どもたちが「美味しい」、「パパのご飯美味しいね」と、そう言ってくれる幸せだけが自分の生まれてきた意味ではないかとさえ、思うほどに。
だからいつしか、この温かな食卓をもっと大勢の人と共有出来たら良いのに、と考えるようになっていったのだ。
今目の前に広がる光景は、その夢の形にとても良く似ている。
忠直が見たかったのは……。
「……食堂を作ろう」
「? しょくどー? パパ、しょくどーってなぁに?」
「みんなで、ご飯を食べるところだ。……ああ、そうだ、食堂……、食堂が良い。ここに食堂を建てよう。みんなが仲良く飯を食える場所があれば、きっともっとみんな笑顔になれる!」
「みんなでご飯? パパとショコラが一緒にご飯食べたみたいな?」
「そうだ!」
「! ショコラ賛成!」
皆が顔を見合わせる。
そして、シロが「飯を食う専用の場所という事ですか?」と首を傾げた。
「ああ、そうだ。でも一人で食べるんじゃない! みんなで食べるんだ! 誰かと!」
「…………誰かと……」
「ちょっとジークに相談してくる! あ、みんな飯食ってていいからな!」
「うん!」
拠点の中に急いで入る。
玄関ホールから真っ直ぐ、中央の扉を潜り転移門(ゲート)で地球へと戻った。
換気扇の音。
薄暗い部屋。
ほんの少しだけ、あちらの世界より肌寒い。
それを通り過ぎて店のホールに戻る。
「ジーク、いるか!」
「いるわ、うるせーな、どーした。今日はギベインに——」
「食堂がやりたいんだ!」
「はあ?」