水源確保
————という感じで、散々戦い続け、二十六体のモンスターのコブを焼き払ったのが一時間前である。
喉もカラカラ、色々へとへと。
そんな中、ようやく山頂に辿り着いた。
山頂は緑が残り、小さ位が確かに泉がある。
川が流れ、小さな滝となり下へと落ちていく。
その周りにあるゴツゴツして湿気った大きな岩岩の上へ腰を下ろし、空を見上げた。
頂上まで付いてきたのはショコラ、シロ、ホーク、リリィ、ハッピー。
ホークたちの仲間には先程の広場で待ってもらっている。
仲間になりたいという申請は出たが、その大所帯で移動は遠慮したかった。
リリィの仲間たちに、ホークの仲間たちとハッピーの仲間たちの回復を頼み、彼らにはそこで休むように指示を置いてきたのだ。
熱い息を吐き出す。
体に熱がこもっているようで、思わず冷たい岩に横たわった。
「はあ〜〜、きっちぃ! ……本当に過労死する……へぇ……へえ……」
「パパ! ショコラ進化する! 降る時はショコラがパパを乗せて降りるから、大丈夫だよ!」
「……ショコラ……ああ、そうだな。そろそろ選ぼう!」
「うん!」
そして、先程の連戦でショコラは早くもレベル30に到達した。
あまりにも早い。
しかし、経験値倍増のスキルがあるからなのか、竜王の転生者だからなのか、はたまたドラゴンだからなのか、最近その成長速度にも慣れてきてしまった。
ショコラの顔を覆うように、ウィンドウが開く。
進化先とスキルを表示して、腕を組んだ。
【火属性ドラゴン】
ファイヤードラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『フレイムブレス』
ファイヤーブレスを進化させた技。
『ファイヤーウォール』
炎の渦を発生させる。
【水属性ドラゴン】
レインドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『ヒール』
HPを回復させる。
『リペア』
状態異常を治癒する。
『ウォーターウォーター』
水の渦を発生させる。
『瘴気』
相手を衰弱させる毒の霧を発生させる。
【風属性ドラゴン】
ウインドドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『ヒール』
HPを回復させる。
『ウインドショット』
風のヤイバを叩きつける。
『サイクロン』
竜巻を発生させる。
[特殊スキル]
『飛行』
【土属性ドラゴン】
アースドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『アース・ド・ランス』
地面から無数の土の槍を発生させる。
『ストーンシャワー』
石を発生させ、雨のように降らす。
[特殊スキル]
『防御強化レベル3』
『殻篭り』
【木属性ドラゴン】
ウッドドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『瘴気』
相手を衰弱させる毒の霧を発生させる。
『ドレインネック』
地面から枝を生やし捉えたあとHPを少しずつ吸収する。
『ソードリーフ』
斬れ味鋭い葉を振り撒く。
『ヒール』
HPを回復させる。
【金属性ドラゴン】
メタルドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『メタルキック』
鋼鉄の足技。
『メタルアッパー』
鋼鉄のアッパー。
[特殊スキル]
『鋼鉄化』
『防御強化レベル3』
『耐性強化レベル3』
『状態異常無効』
【氷属性ドラゴン】
アイスドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『アイスニードル』
氷の槍を複数落下させる。
『アイストルネード』
氷の竜巻を発生させる。
[特殊スキル]
『状態異常:氷結付加』
『吹雪』
【雷属性ドラゴン】
ライトニングドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『サンダーボルト』
対象単体へ落雷を落とす。
『エネルギーショット』
高エネルギーを高速、長距離へ飛ばす。
[特殊スキル]
『状態異常:麻痺付加』
『放電』
『飛行』
【太陽属性ドラゴン】
サンシャインドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『サン・ヒール』
他者、あるいは自身のHPを回復させる。
『サン・リペア』
他者、あるいは自身の状態異常を治癒する。
『サン・ホール』
聖なる結界を張る。
【月属性ドラゴン】
ムーンドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『ムーン・ドレイン』
他者からHPとMPを吸収する。
『カオス・リペア』
他者へランダムで状態異常を付加させる。
『ムーン・ホール』
他者の放ったスキルを吸収し、己のHP、MPへと変換する。
【無属性ドラゴン】
ドラゴン(成長期)
[取得可能スキル]
『頭突き』
[特殊スキル]
『力強化レベル2』
『防御強化レベル2』
『鱗強化レベル2』
『素早さ強化レベル2』
『飛行』
「…………悩むな」
「わくわく、わくわく」
ジークに相談してみるか、と腕時計を見るが、反応がないので恐らくまた別な仕事に励んでいるのだろう。
邪魔すればまた怒られそうで、静かに腕時計を付けた腕を下げる。
この先もコブを燃やすのを考えると、このまま『無属性』でいくか『火属性』でいくか悩むところだ。
「そうだな……火属性は魅力的だが……今覚えているスキルがなくなったりしたら大変だし……同じ無属性でいくか?」
「うん! パパがそう言うならそれで良いよ!」
「決まりだ! 進化先は『無属性』のドラゴン、成長期だ!」
『進化先——【無属性】ドラゴン(成長期)。決定』
光がショコラの体から溢れ出す。
編み込むように光の帯が幾重にも重なり、体躯となる塊が一回り、大きくなった。
ついに中学生の子どもぐらいに大きくなると、光が薄れて新たなショコラの姿が露わになる。
色合いは同じで、瞳も青いまま。
思ったよりも大きくなっている。
最大の違いは一度消えた翼が大きくなって再び現れたことだろうか。
しかし思いもよらなかったのは、その翼の位置。
背中ではなく、腕があった場所に生えている。
五本の指は翼の先端に生えていて、忠直の手よりも小さくなっていた。
プテラノドン、という恐竜の姿に似ているだろうか。
脚もハーピーほどではないが、幾分鳥に近い。
「お、おお……」
『どちらかというとワイバーン寄りの姿だな。まあ、確かにワイバーンも竜種、幻獣種か』
「うわ! びっくりした! ……し、仕事はもういいのか?」
『まあ、ひと段落ついた。また無属性ドラゴンにしたのか』
「ん、ああ。属性のあれこれとか考えるの苦手だし……」
「……パパ、ショコラ可愛くなくなった?」
「何言ってんだ! ずっと可愛いぞ!」
恐らく体が大きくなった事が気になったのだろう。
頭を垂れてしゅん……としたショコラの首へと抱き着いた。
「ん、首も伸びてるんだな? ドラゴンらしくなってカッコいいじゃないか!」
「……やっぱり可愛くないんだ……」
「可愛い! ショコラは見た目がカッコいいのに中身が可愛いから可愛いの勝ちだぞ!」
自分でも何を言っているのか分からないが、落ち込む娘に必死に「可愛い」を言い続ける。
確かに姿は多少……それなりに雄々しくなったが中身はますます乙女になったと言えよう。
まるで年頃の女の子のようだ。
「な! シロ、みんな、ショコラ可愛いよな!」
なんとなく自分だけでは信じてもらえない気がして、慌てて周りも巻き込む。
シロの「えっ」という顔。
だが、すぐにみんながわいのわいのとショコラへ賞賛の声を送る。
『あまり甘やかしすぎない方が良いんじゃねーのか?』
「ばっか、ショコラは女の子なんだぞ!」
『ドラゴンは基本成長しきると両性になって卵を産むようになるらしいぞ』
「え、そうなのか? スゲーな」
「こ、こほん! マスター、竜王様も進化された事ですし、源泉を確保に行かなくてよろしいのですか」
「そ、そうだな」
「…………」
しょぼん。
みんなに「可愛い、可愛い」と褒められてもまだ落ち込んでいる。
体が大きくなったのが、そんなにショックだったのだろうか。
乙女心、分からないものである。
頭をボリボリ掻いて、頭を撫でて、微笑みかけた。
「そうだ、ショコラ、あっちに帰ったら何か食べたいものがあるか? なんでも作ってやるぞ」
「…………。ううん、ショコラもうあっちには行かない」
「!? え、な、なんでだ!? なんでそんな、急に……」
思いもよらない事をショコラが言い出して狼狽える。
なぜ、そんな急に。
するとショコラは「こんなに大きくなったら、パパの世界のお家歩けない」と暗い声で告げる。
ハッとした。
ショコラの体躯は、確かに大きくなっている。
特に腕というか、翼だ。
広げればハッピーよりも大きいだろう。
この姿で店内を歩き回るのは……。
「……ショコラ少し考えるの得意になってきた。パパの世界でショコラは存在しない生き物。……これから先、もっと大きくなると思うの。……ショコラ、パパの迷惑になりたくない」
「迷惑な事あるもんか! そんな、急に……そんな事言うなよ。俺は大丈夫だ!」
「……パパ……」
「気を遣ってくれるのは嬉しいけど、まだ俺の方が背は高いだろ? ……そうだな、腕は翼になって横幅は出たけど……なぁに、まだ大丈夫だ」
「……ほんと?」
「ああ」
体に比例して心も成長している。
頭を撫でながら、そのあまりにも急速な成長に驚きと戸惑いを無理やり押し込みながら……笑いかけた。
(いや、女の子の成長は早いもんなんだ。千鶴もそうだったしな)
忠直には息子と娘がいる。
二人とも成人して、都内の大学に通っていて自立していた。
二人とも大変に優秀で、兄の馨は医大を卒業。
大学病院に勤務している。
妹の千鶴もまた看護師学校に行って、将来有望な看護師だ。
特に妹の千鶴の精神面の成長はすごくて、よく驚かされたものだ。
妻の浮気をいち早く察したのも実は千鶴だったりする。
そして、忠直に色々な選択肢を提示した。
お母さんはお医者さんだから、お父さんなしでも生きていく。
お父さんは夢があるんだから、自由に生きても良い。
あたしたち?
あたしたちはもう自立して生きていけるよ。
別々な道に進んでも家族なのは変わらないから、大丈夫!
「…………ああ、そうだよ、ショコラ。俺たちはもう家族なんだ。離れた場所にいても、家族なのは変えようもない事実なんだから、それさえちゃんと分かってれば平気だ。何があっても俺はショコラのパパのままでいるから」
「……パパ?」
これは己への戒めに近い。
覚悟はした。
だがいまいち自覚が足りなかったのかもしれない。
娘の成長の早さを失念していた。
忠直が『父親』になるよりもこの子が大人になる方が幾分早かったのだろう。
そんなのはダメだ。
自分の方が歳上の——大人なのだから。
「いや、なんでもないよ。なに、心配するな。うちの店はまだ開店してないしな。まあ、寝るには手狭だから……拠点が完成したら今度は生活出来るように改良していかないとだなー」
「! パパ、こっちに住むの?」
「いや。……お前が立派な大人になったら帰るよ。でも、俺はお前なら自立してやっていけると信じてる」
「……!」
父親としてもう一度。
父親として今度こそ。
娘に先回りされないように、きちんと導けるように。
そして、信じ、信じられるように————。
「よし! 源泉確保だ! ジーク!」
『ん? ああ。源泉に【界寄豆】の根が伸びてきたらそれを捕捉して食らう結界を設置する。とりあえず源泉に腕時計を置いて『結界設置αを設置』と言え』
「おう、分かった。……α?」
『βを拠点付近に設置して、それで源泉と川のルートを結界で覆い水を確保するんだ。それで川に【界寄豆】は手……いや、根出し出来なくなるってわけだ』
「なるほど。分かった」
こうして、忠直は新たな仲間と水源を確保した。
拠点作りはまだ二日目である。