ミスではないミス
「いえ、けっして医療ミスではありません」
「でも、ただの盲腸炎だとおっしゃったじゃないですか。
ちょっとお腹を切って一週間もすれば退院できるって」
「ええ、そうでした。あなたに説明した時は確かにそうでした」
「では、検査で見誤ったと? 盲腸ではなく重篤な疾患だったとか?」
「だからそうではありません。
検査で見誤りもしていないし、手術中にミスをしたわけでもありません」
「だったら、なんなんですか。こんなひどいことになるなんて」
「あなたの恋人のせいですよ」
「恋人? わたしの恋人がなんで関係あるんですか?
いえ確かに関係なくはないですよ。もうすぐ結婚する相手なんですから。わたしをすごく心配していました。
でも、それと先生のミスとの関係がわかりません。へんな言いがかりをつけないでください」
「だから、医療ミスではありませんって。あなたもしつこいですね。
実はあなたの恋人は昔僕の彼女を奪った男なのです。
ショックでした。食事も喉を通らないくらい。初めて愛した女性でしたし、結婚しようと誓っていましたからね。
奪われて以降、僕は彼女以上の女性に出会いませんでした。だから僕は今でも独り身です」
「知りませんよ、そんなこと。先生の過去なんてわたしには関係ないし。
それに奪われたなんておっしゃいますけど、恋人を引き付けておく魅力が足りなかっただけのことでしょう?」
「そうですね。あなたの言う通りです。
僕もそう思いました。奴に敵わなかっただけのことだと。それだけなら長い時間がかかっても、まだあきらめがつきました。
ですが、奴は、あなたの恋人は、僕の彼女を手に入れた途端すぐに飽きて捨てたんですよ。
まるで汚いゴミのように。
そのために彼女は電車に飛び込んで自殺しました。美しい彼女が見るも無残な姿になって――」
「ち、ちょっと待って。
診断を見誤ったのでもなく、医療ミスでもないって、もしかしてわたしを彼への復讐の道具に使ったんですか?
先生たちの因縁にわたしはただ巻き込まれただけ?」
「まあ、そういうことです。あなたにはお気の毒でしたが。
僕も名医としてのプライドがありますから、ただの盲腸炎を死に至らしめるのは結構大変だったんですよ。
おかげで医療ミスをしたわけでもないのに、ヤブ医者のレッテルを張られてしまいました。
ですが、これで本望を遂げました。同じ苦しみを奴に味わわせてやれて嬉しいです。
ただし、僕も奴に殺されてしまいましたがね」
「ひどいわっ、何の関係もないのにっ。
わたしの命を返してっ」
「冥途で文句言っても仕方ないですよ。今度生まれ変わったら恨みを買うような男を好きにならないことです」