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第65話 グルメ王に、俺はなる……?

 共用リビングにて死神ちゃんが同居人達と映画鑑賞を楽しんでいると、横にいたマッコイの腕輪の一部がチカチカと点滅した。どうやらメールだったらしく、彼はその場でこそこそと内容を確認すると、きょとんとした顔から一転して思案顔となった。


「仕事関係で、急な呼び出しでもあったのか?」


 死神ちゃんはレバーペーストの乗ったクラッカーを手に取りながら、マッコイにひそひそと話しかけた。すると彼は指をついと動かして、空中投影されたままの小さなメール画面を少しだけ大きくした。死神ちゃんは画面を見させてもらうべくマッコイに寄り添うと、不思議そうに首を傾げさせた。


「グルメ王者決定戦? そんなイベントがあるのか。ていうか、前回王者って、お前!?」


 死神ちゃんが真ん丸と見開いた目でマッコイを見上げると、彼はニコニコと笑って頷いた。そして彼はおやつの追加を用意すべく立ち上がった。――死神ちゃんが手にとったレバーペーストが最後のひとつだったのだ。
 映画よりも〈グルメ王者決定戦〉に興味が沸いた死神ちゃんは、ミニキッチンへと向かうマッコイへとついて行きながら話を続けた。

 何でも、この〈裏世界〉の街中にある飲食店は別の世界から出張出店しているものなのだそうだ。もちろん、ダンジョン生成当初から出店している老舗もいくつかはあるのだが、ほとんどが契約の関係上、数年単位で入れ替わるのだとか。また、どの飲食店も定期的にメニューの更新を行うだけでなく、季節ごとの限定メニューを取り扱っている。――〈報道課〉では新規店や新メニューを紹介するグルメ番組を毎週放送しており、そのナビゲーターを一年間務める〈この世界一番のグルメさん〉を決めるイベントを秋ごろに行っているのだとか。


「てことは、お前、毎週テレビに出てたのかよ。管理職で忙しい中、どうやって撮影を……? ていうか、そんな番組、観たことないんだが」

「深夜過ぎに放送されているのよ。撮影はね、中番終わりや休日に、もう時間もかけずにパッパと――」

「深夜過ぎとか、ひどいな。たしかに飯テロには相応しい時間だけどさ」


 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、マッコイは苦笑いを返した。
 〈食べるということの幸せ〉をこちらの世界に来てから初めて知ったマッコイは、以来この小さな世界にある飲食店に満遍なく通っている。そして、新店舗や新作が出ると必ず、その店へと訪れてそのメニューを口にしているのだとか。そしてある年、彼は同僚の何人かに「どれだけその〈食事愛〉が通じるか、試しにエントリーしてみたら?」と勧められてグルメ大会に参加したのだそうだ。〈グルメ王〉などという肩書に興味はなかったのだが、気がつけばトロフィーを抱えて肩に豪奢なガウンを掛けられていたという。このたびのメールは〈前回王者として準々決勝からの出場を依頼したい〉という内容だった。


「この日、たしか勤務入ってたはずなのよね。だから、有給申請しないと」

「ああ、だから悩み顔だったのか。ていうか、どうりでお前と飯に行くと、どこもかしこも美味いはずだよ。まさかそんな、グルメ王者様だっただなんて。――ん? 俺にもメール?」


 死神ちゃんは首を傾げさせながら腕輪を操作した。そして、顔をしかめた。


「……なあ。これ、どう思う?」

「……あら? えっ? もしかしてこれ、決勝戦のことじゃない? アリサも天狐ちゃんも、当日は審査員を任されているのよ。――事前に日付が決まっているなら、何で教えてくれないのよ。分かっていれば、勝敗関係なく最初から休みにしておいたのに。この日も有給とらないとだわ」


 メールを見せてもらったマッコイは眉根を寄せた。送り主はアリサで、「今度、天狐と三人で美味しいものを食べに行かない? 多分そこにはマッコイも来るはずだから、実質四人?」というようなことが曖昧に書いてあったのだ。


「大会で紹介するメニューは観覧者にも振る舞われるのよね。そういうイベントだって伝えずに、当日驚かせようと思ってわざとこんな曖昧な書き方したんでしょう」

「へえ、そうなのか。じゃあ〈行く〉って返事しよう。楽しみにしてるから、お前、絶対勝ち残れよ」


 マッコイは死神ちゃんにニコリと笑いかけると、冷蔵庫の中から保存容器を取り出した。



   **********



 華やかに着飾らされた死神ちゃんは、ニコニコと笑いかけてくる天狐とアリサに憮然とした眼差しを向けた。


「おい、アリサ。何で俺まで審査員として参加しなくちゃならないんだよ。そういう情報は、事前に教えとけよ」

「だってジューゾー、教えたら絶対に嫌がると思ったから」


 悪びれもせず微笑むアリサを睨みつけると、死神ちゃんは盛大に溜め息をついた。
 グルメ王座決定戦の決勝当日、アリサの指定した時間と場所にやって来た死神ちゃんは〈関係者入口〉という文字を見て顔をしかめさせた。そしてそのままの足で帰ろうとした矢先、サーシャの従姉妹であるエルダに見つかり、そのまま中へと引きずり込まれた。無理やり連れて行かれたメイク室には支度中のアリサと天狐がいて、死神ちゃんは彼女達の横で着ていた服を問答無用でひん剥かれたのだった。


「れっきとした仕事なら、ギャラさえちゃんと出してくれればきちんと受けるし、こなすから。だから、お願いだから事前に言ってくれないかな」

「あら、さすがはプロフェッショナル。それは悪いことをしたわ。……ていうことは、じゃあ、私とのデート番組でも企画してオファーを出せば、そしたら――」

「そういう私利私欲を満たすためだけのオファーは断固拒否します」


 死神ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、しょんぼりと肩を落とすアリサを置き去りにして天狐を伴って控室から出て行った。アリサは先を行く二人を慌てて追いかけていった。

 死神ちゃん達がスタジオにやってくると、その端でマッコイが料理人達と楽しそうに会話をしていた。マッコイは審査員席に腰掛ける死神ちゃんに気がつくと、驚き顔で近寄ってきた。


「|薫《かおる》ちゃん、今日のお誘いって、審査員としてだったの!?」

「俺もついさっき知った」


 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、その横でアリサがニコリと微笑んだ。マッコイがぽかんとした表情で二人の顔を交互に見つめると、天狐が瞳をキラキラと輝かせながら身を乗り出した。


「マッコ! 今回の〈ていすてぃんぐてすと〉もすごかったのう! ひとくち食べただけで、よく全部言い当てられるのう。わらわには到底真似できぬのじゃ!」


 マッコイが照れくさそうに微笑むと、横合いから「審査員へご機嫌とりしようってか」という粗暴な声が聞こえた。顔をしかめた死神ちゃんが声のあったほうを見てみると、そこには小汚い王冠を被ったオークが不機嫌そうに立っていた。


「あ、俺がマッコイと飯食いに行くと必ずその店にいて、遠くの席から睨みつけてくるオークだ」

「俺様はオークではなくオークキングだ。この王冠が目に入らねえのか。ていうか、新しく審査員が増えるって聞いてたから誰かと思えば、憎きオカマ野郎の子飼いかよ。依怙贔屓勢が増えて、今回もまた勝ち確定か? 汚いやつめ」


 理不尽に罵られても、マッコイは不快感を表情には出さなかった。アリサはそれを見て溜め息をつくと立ち上がり、オークキングを冷たく見下ろした。


「あなた、よくもまあ私の前でそのような汚い言葉を吐けるわね。〈友情による依怙贔屓〉を、この私がするとでも? つまり、私は経営者として失格だと、そう言いたいと」

「あ、いえ、そんなことは……」

「私はね、今までだって〈良い仕事をした者〉には階級や個人的な好き嫌いは関係なく、きちんと評価してきたわ。グルメ王者決定戦の審査だって、そう。そんなくだらない発言をしている時間があるのなら、今日のプレゼン内容を見直したら如何かしら?」


 アリサがきつく睨みつけると、オークキングは慌ててどこかへと去っていった。その後、アリサに微笑んで礼を述べると〈そろそろ準備があるから〉と言ってマッコイも去っていった。ニコニコと微笑みながら彼の背中を見送るアリサを死神ちゃんが見つめていると、それに気がついた彼女が不思議そうに首を傾げさせた。


「どうしたの、ジューゾー」

「いや、その経営者としての毅然とした態度、健在なんだなと思って」

「どう? 惚れ直した?」

「さてね。――でも、すごく、格好いいとは思った」


 死神ちゃんがニヤリと笑みを浮かべると、アリサは顔を真っ赤にして俯いた。そんな彼女を見て死神ちゃんがクックと笑うのと同時に、スタッフから「そろそろ始めます」という声がかかった。



   **********



 決勝戦はあのオークキングとマッコイが一騎打ちでプレゼンを繰り広げることとなった。先行はオークキングだったのだが、正直、彼のプレゼンは審査員達の心には響かなかった。むしろ、頭に入ってこなかった。何故なら、細か過ぎるうんちくが上から目線で語られるばかりで、料理の魅力が一切伝わってこなかったからだ。
 高慢ちきな彼の話を聞き流しながら〈早く終わってくれ〉と思った死神ちゃんがげっそりとした顔で他の審査員を見てみると、王者殿堂入りということで審査員側に回って久しいという受付のゴブリン嬢が否定的な顔付きで凄まじくゆっくりと首を横に振り、すっかり話に飽きてしまった天狐は寝かけていた。アリサはというと、姿勢を崩さず営業スマイルを崩さず、しかしながら目が若干虚ろになっていた。
 ようやく料理が運ばれてきたと思ったら、オークキングはさらに饒舌に話し続けた。料理を堪能したかった死神ちゃんが思わず「悪いけど、ちょっと黙ってて」と釘を差すと、オークキングは憮然とした顔を真っ赤にして静かに俯いた。

 オークキングの紹介した料理自体はとても美味しかった。それを審査員や観覧者が食べ終えた頃、マッコイのプレゼンが始まった。マッコイが嬉しそうにその料理を一同に見せると、会場全体がざわついた。彼は苦笑いを浮かべると、遠慮がちに話しだした。


「素敵なメインディッシュが紹介されたあとで|これ《・・》だと、確かに〈えっ?〉と思うかもしれないわね。でもね、アタシはどうしても、|これ《・・》をみなさんにオススメしたいんです。――このレバーペーストはね、本当にすごいのよ」


 死神ちゃんが眉根を寄せて目を見開き驚くと、マッコイはそちらを見てニコリと笑った。そして正面に向き直ると、彼はにこやかに話を続けた。
 何でも、このレバーペーストを提供するイタリアンは最近新しく出店したお店だそうで、とある日の中番明けに一人でふらりと立ち寄った際に出会ったのだという。


「レバーといえば独特の臭みが苦手という人もいると思うんですけど、これはそういう人にもオススメよ。まるでシーチキンのようなライトな口当たりなのに、とてもまろやかだし、コクもあるの。ワインを飲まれる方なんかは、特に〈食べなきゃ損〉な一品ね。――まずはちょっと、食べてみて」


 促されるがままレバーペーストの乗ったフランスパンをかじった一同は、うっとりとした表情を浮かべた。マッコイは嬉しそうに微笑むと、もう少しだけ料理の細かな説明をし、そして悔しそうな苦笑いを浮かべた。


「実はね、あまりの美味しさにこのレバーペーストのファンになっちゃって、マスターに詳細なレシピを教えてもらったのよ。でも、全然同じ味に作れなくて。マスターってば、悔しがるアタシにニヤリと笑って『再現できなくて悔しいだろ? でも俺、自分の料理の腕が誰にも負けないって、自信あるから』って言うのよ。でも嫌味には全く感じないのよね。だって、それだけマスターの腕が素晴らしいから、その言葉は本当に〈当然〉のものなのよ。――他のメインディッシュ系のお料理も、そんなマスターの腕が光っていてもちろん美味しいの。でも、それはみなさん当然のように注文するでしょう? だから今回は、敢えてサイドメニューを紹介させて頂きました」



   **********



「最近しょっちゅうレバーペースト作ってるから、どうしたんだろうと思ってたら、そんな事があっただなんてな。お前の作ったやつも本当に美味しいけど、アレは何て言うかもう、神がご降臨していたな」

「でしょう?」

「ていうか、そんな美味い店ができたんなら、一人で楽しんでないで誘えよな!」


 死神ちゃんがムスッとした顔でぷっくりと頬を膨らませると、マッコイは苦笑いを浮かべながら撮影用の王冠とガウンをスタッフに手渡した。――マッコイは無事に、グルメ王の王座を守り抜いたのだ。
 オークキングはスタッフへと手渡された王冠を物欲しげに見つめながら、深い溜め息をついた。


「オークキングたるもの、グルメでなければならないというのに。またもや負けてしまうとは。準優勝の副賞であるこの〈ひとつなぎのお食事割引券〉を手に、たくさんの店を食べ歩き、ありったけの料理をかきこんで、研究に研究を重ねて今度こそと思っていたのに。今度こそ、〈グルメ王に、俺はなる!〉と思っていたのに……」

 
 どうやら、オークキングというのは〈グルメである〉ということが認められて初めて〈オークの中の王である〉とも認められるものらしい。そのため、グルメ王になれぬままオークの王である冠を前王から受け継いだ彼は、仲間内から白い目で見られているのだとか。彼はそんな状態から脱却するために、必死でこのイベントに挑んでいたらしい。
 死神ちゃんは溜め息をつくと、オークキングをじっとりと見つめて言った。


「お前、うんちくが鬱陶しすぎるんだよ。審査員も会場も飽き飽きしてたの、気づいてないのか?」


 愕然とするオークキングに、アリサがさらに追撃した。


「知識や情報はたしかに大事だけれどもね、それだけじゃあ人の心は動かないのよ」

「何でですか!? こいつだってそういうの語っていたでしょう!?」


 オークキングは地団駄を踏みながら、マッコイを指差して叫んだ。マッコイは遠慮がちに笑うと、オークキングにポツリと言った。


「ねえ、お食事頂いてて、アナタ、楽しい?」


 オークキングは憮然とした表情で押し黙った。そんな彼に、マッコイは続けて言った。


「別にアタシは自分のこと、特別グルメだとは思っていないわよ。ただ単に、食べることが本当に好きってだけ。大好きで、楽しんでるからこそ、お店の人とも仲良くなれるし、いろいろと教えてもらえるの。そしてその〈楽しい!〉〈大好き!〉を周りに伝えてるだけ。ただ、それだけなの。――アナタは、楽しいお食事、してる?」


 オークは〈天啓を得た〉とでも言いたげなハッとした表情を浮かべると、被っていた王冠を脱いだ。そして、マッコイに差し出しながらポツポツと言った。


「俺は、一番大切な何かを失っていた。あんたは今、それに気づかせてくれた。やっぱり、あんたこそグルメ王に相応しい。だから、この王冠、貰ってくれないか。そして我らがオークの王となってくれ」


 マッコイはニッコリと笑うと、それをきっぱりと拒否した。あくまでも自分は、料理をするのも食べるのも好きというだけだという理由で。そして彼は、続けて言った。


「そもそもね、こういうのって優劣をつけるようなものではないと思うの。それに、お食事を楽しむ気持ちを思い出せたのなら、アナタはもう大丈夫。――今度一緒に、美味しいご飯を食べに行きましょう」


 微笑みながら、マッコイは手を差し出した。オークキングは涙を浮かべてそれを握り返した。
 後日、この一件が噂話としてオーク界隈に広まったらしく、マッコイは道行くオーク達に尊敬の眼差しで見つめられ、サインを求められていた。困り果てておろおろとするマッコイを、死神ちゃんは苦笑いで眺めたのだった。




 ――――なお、グルメ紹介番組には死神ちゃんもアシスタントとして登場させられたのですが、食べた際のリアクションが好評だったらしく、死神ちゃんとマッコイを起用してレギュラー放送のお料理番組でも作ろうかという話が持ち上がっているというのは、まだ二人には内緒なのDEATH。

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