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6話 特訓の成果

 レフェリーはギャラリーの中から適当に決めた。
 その方が公平だろうと言うロワード側からの提案であった。
 舐められているのか、なにも言わなくても向こうの方に有利なジャッジがされるのか。
 わからないがそんなことはまあ問題にはならない。
 現代ボクシングと違ってポイントによるジャッジなんてないからな。

 勿論ルールがないわけではない。
 噛みつき、目潰し、金的は禁止だし、倒れた相手への追撃、髪の毛を引っ張ったり、指折りなんかも禁止である。
 拳闘なので当然、投げ技や寝技、絞め技、そして足技も禁止だ。
 要するに立ったままひたすら殴りあえばいいというルールである。

 まあ大体のルールは近代ボクシングと変わらないのだが、最大の違いはラウンド制ではないという所だろうか。
 どちらかがギブアップもしくは戦闘不能になるまで対戦は続けられる。

 勿論リングにはロープも張られていないしマットも敷かれていない。
 格闘技のリングの語源とも言われているように、直径が大体7~8メートルくらいの円が地面に書かれていて、その中で戦うのだがまあ現代のリングと大きさは同じくらいだ。
 もちろんコロシアムで行われるような闘技大会は、もう少し広くて周りには観客席があるわけだ。

 さて、いよいよカトルとハワードの試合が始まる。
 両者がリングの中央に行くと、1メートルくらい間をあけて向き合う。

 そして、ゴングの代わりにレフェリーの、「はじめっ!」と言う掛け声で試合が始まった。

 ハワードはオーソドックスにアップライトの構え。左腕は畳み拳は顎の下、右手は前に突き出す格好だ。
 対するカトルは、両腕とも折り畳み拳を顎の下にピタリとつける。
 所謂いないいないばぁ(ピーカブー)スタイル。
 かの偉大なヘビー級チャンピオン、マイク・タイソンも使っていた構えだ。

 このピーカブーは、顔面の防御は堅くなるのだが、その分ボディが手薄になる構えだったりする。
 しかし、上下への打ち分けなんていう概念があまりないこちらの拳闘は、とにかくガードの上からでも構わないので滅多打ちにすると言うものなので、今はこのスタイルが一番いいだろうと俺は考えた。

「おいおい、なんだそれは? 殴る気あるのかあっ?」

 ハワードは余裕の表情でそう言うと、右腕を振りかぶってカトルに殴りかかる。
 なんというお粗末なパンチだ。
 これから殴りますと大声で言わんばかりのテレフォンパンチである。

 カトルは後ろに下がってパンチを躱すと、ハワードと充分に距離を取る。
 そんなことを、二~三度繰り返すと、ギャラリーからブーイングが上がった。

「やる気あんのかてめーっ!」
「ハワード! おまえも一人で踊ってんのかよ? カトルちゃんにフラれちゃったかなぁ?」

 そのヤジにギャラリー達からドっと笑いが起こると、ハワードは「うるせえっ!」と怒鳴りカトルの方に向き直り大股で近づいて行った。

 その瞬間。

 パンっ! と言う音が辺りに響くとハワードの顔が少し後ろに仰け反った。

 ハワードもギャラリーも、一瞬何が起こったのか理解できず茫然として静まり返る。
間を置いて、ハワードが鼻血を流し始めるとどよめきが起こった。

 おそらく鼻の軟骨が折れたのだろう。格闘技をする者ならよくあることだ。

 ハワードは腕でゴシゴシと血を拭うと、怒り心頭といった様子。
 もう、アップライトの構えなんてお構いなしに腕を振り上げてカトルに突進していくのだが、再びカトルのジャブが二発、ハワード顔面を捉える。
 ジャブを喰らったハワードは出鼻を挫かれて立ち止まると、カトルは再び距離を取った。

 いいぞカトル、それでいい。

 ハワードは、自分のパンチは当たらないのに、カトルのパンチが三度も自分の顔面を捉えたことに相当頭に来ているようだった。
 ハワードは頭に血が上っている為に、冷静な判断ができなくなっている。
 とにかく自分のペースに持ち込もうと、突進を繰り返すと言う単調な攻撃リズムになっていた。

 そうなればここからはカトルのペースであった。

 カトルはハワードの顔面にジャブを1~2発浴びせては離れるという、俺の教えた通りの戦法を取り続けている。
 ハワードはなんとか逆転の一発を浴びせる為に大振りのパンチを振り回しているのだが、突っ込んで行くたびにジャブで足止めを喰らうので焦れている様子だ。

 そして体感でおよそ2分が経とうかと言う時に、足の止まったハワードに今度はカトルが自ら仕掛けようとした所で俺は声を上げた。

「行くなカトルっ!」

 俺の声にカトルは一瞬ビクっとすると立ち止まりハワードと距離を取った。

 なぜ俺が止めたのかと言うと、ラッキーパンチを恐れたからだ。
 カトルは優位に運んでいる試合展開と、パンチが面白い様に当たる為に攻めっ気が出て来ていた。
 勿論、相手を仕留めようと言う闘争心自体は悪い物ではない。
 しかしカトルにはジャブしか教えていない現段階で、それはリスキーな行為とも言えた。

 カトルにはフィニッシュブローがないのである。
 相手の懐に飛び込んで行って、腕力では勝るハワードが闇雲に振り回したパンチが、運よくカトルの急所に入る可能性もあるのだ。

 俺の意図を汲み取ったカトルは冷静さを取り戻し、根気よくジャブを当て続ける。
 体感ではそろそろ3分、1ラウンド分だ。
 カトルは息を乱すことなく、しっかりと3分間戦えるスタミナをこの1ヶ月の走り込みで身につけていた。
 逆に、ロードワークをほとんどしていないハワードは、2分を超えたあたりから息が上がりへろへろ。
 振り回すパンチにも力はなく、カトルのジャブを顔面に喰らうと尻餅を突いて、そのまま大の字になって倒れ込んでしまうのであった。

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