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俺の連れです、仲間です4

温泉施設まで同行したが、僕は負け犬になりたくない。百木、きみの同士として胸を張りたい。追いかけたいからだ。振り向いて欲しいから。
失格者にはならないぞ。
取引先の担当者の前へ歩み出る。ここからだ、僕は必ず。
「すみません、自分には接待ができないのですっ。裸の付き合いという言葉もありますが、自分はその、枕営業で受注したくありませんっ」
一礼して、持って居た紙袋を差し出した。
「この柄を提示しますっ」
百木が奢ってくれた、あのサンドイッチの入って居た紙袋。
もったいない気がしていつも持ち歩いていた。
いや、きみがくれたから捨てられない、お守りにしていた。
「しまうま柄か、ほう、成る程。きみはできるじゃないか。見直したよ、我々も悪ふざけが過ぎたようだ。もういい、小豆ちゃん・いや、福織くん。帰っていい」

助かったはずが、どうも気分がすぐれない。独りが辛い。
地下駐車場におりて、さ迷う。きみが来てくれたならなんて願ってしまう。
あ、向こうから走ってくる、嘘だろう。
百木。まだLINEもしていないのに、きみって……。
「……先方から、部長に連絡が入ってさ、迎えに来たっ」
悪い知らせだろうか。僕が断ったから。息を切らすまで走って駆け付けてくれたの? 
きみは空だって飛べそうなのに、タクシーだって使えるだろ、どうして、そんな不器用な面を見せてくれるんだ。
きみに対する想いが拗れていく、高ぶりそうだ。
「シマウマ柄だって? よく気が付いたね、あの柄の意味が分かってたのか」
はあ?
「福織、表情が混沌としているぞ? まぐれか、ラッキーパンチだなっ!」
百木が説明してくれた。
シマウマの白黒柄は、長年、学者の間で謎として研究されてきた。
そういえば、僕も子供時代に不思議に思い、図鑑を見たりネットで検索したが、体温を下げるという効果があるんだろ。
「あぶ・などの血を吸う虫はその縞模様で混乱して、身体に飛びつけなくなるんだって。きみは見事に無視を追っ払ったってわけさ。痛快、アハハハ」
あ、でも、それって。
「まあ、気にせず。悩むのが癖になるぞ? 部長が判断されるだろ」
しかし、取引先を虫扱いとは、問題じゃないか? どうしたらいい、部長へ相談? 
その前に詫びなければ。
ああ、僕は部長のスマホのナンバーも知らない、しくじった。
もう、どうしたらいいか分からない。曖昧にしたい、それで流したいって無理だろうか。
悲しくなる、僕は独りで迷惑ばかりかけて……何が管理職を目指すだ、百木にも見放されてしまう、嫌だ。
「へこまない、初見での覇気を見せてくれ、福織」
そうはいっても、きみが居なくなりそうで。
「僕は同士失格です」
「誰が決めたんだ? きみは俺の同士。だから、迎えに来たんだぞ?」
嬉しい、きみは僕を見捨てないんだ。

「また、こんなところで泣いてるの?」
「うれし泣き、哀しくて泣いているんじゃないです。放置してください」
「ああ、それなら。一緒に泣いてもいい。きみを誇らしく思うから」
背中をさすってくれる暖かく優しい手が、ずっと欲しかった。
「よし。肩車してやろう。夜空が近くなるぞ」
やめろ、恥ずかしい。百木、きみは身長が180近いだろ、そんなきみに跨れば恥さらしだ。
大体、子ども扱いをしないでくれ。泣いていたから説得力は皆無だが。
「走ってきたのは訳がある。その車で、俺も帰るから。運転する。助手席へ乗れ」


一週間もしないうちに、部長から正式に業務を引き継ぎされた。
僕にまたチャンスをくださるのか。しかし、社内での噂だと退陣。
まさか。真相を聴こうと切り出せず、曖昧なまま過ごしたら、部長からということで、宝珠のような輝きの可憐ないちごのタルトが配られた。もしや、と駆け寄るが。

「天に尋ねよ、の天とは私の事ではない、紹巴くん、きみの親御さんでありご先祖様へ恥じぬ生き方を勧めたつもりでいた。見事なわが部下の立ち居振る舞い。私は歓喜している、誇りに思う」

「しかし、私も曖昧な言い方をしたと猛省している。きみに詫びる」

「百木くん。きみの活躍も目覚ましい。彼と共に業績貢献してくれたまえ。そう、二人のものが同心一体となれば、岩をも断ずる。朋友として協力し合い、難を断じるのだ」

「部長、お言葉ですが紹巴とは朋友ではなく、同士です。自分の連れであり、仲間です。力を合わせて参ります、お任せください」

あ、同士って「連れ」「仲間」という意味だったのか。
ああ、嬉しい、きみは初見から僕を認めてくれたのか。
何もしていないうちから一目置いてくれるなんてありがたい。
「成る程、ほほえましい。いざゆかん、旅路の果てへ」
部長が背筋を正す。
「おまえたちに後は任せた。よいな? この会社を担って立つ男になりたまえ」
道を託した上司に、胸が熱くなる。譲られたのは、多分僕ではない。で
も、そうじゃないと己惚れてもいいですか。百木と一緒に張り切りますから。
部長、僕の名を読んでください。『使えない部下だった』と罵ってもいいのに。
何も言わずに立ち去られると、罪しか覚えない。僕がいけなかった。
「もやもやするんだろ。そういうときって、お掃除するとすっきりするぞ?」
100円ショップでお皿を買い、庭に投げて割ってスッキリするというタレントさんの話を聞いていたので、それをしようと思うが。
ただ割るだけに使うのは、お皿が気の毒な気がした。
割られるために生まれたのではないだろう。
僕も、こんな幕引きのために、この商社へ来たのではない。
僕はお皿のように割られたくなかった。
「はいはい、行くぞ」

連れられたのは百木のマンション。
スーツが埃にまみれるといけないからとシャツを貸してくれたが、やけに大きい。
これがモード系の服か。1サイズ大きめに作るらしいな。
おお、見事に、だぶだぶ・ひもでブラウジングしよう、これでは裾を引きずりそう。
「……何してんだ? まあ、似合うけど。んー、こういう時、どうしたらいいかな。抱きしめたくなるんだけどね」
ん?
「鎖骨がえぐれていて、悪く言えば貧相。よく言えば華奢、きみは曖昧な表現の方が響くかなあ」
何て?
「胸骨と左右の肩甲骨を支える筋肉が見受けられない」
変態かもしれないぞ。

「こういうの、メルカリで販売したらいいと思います」
「手続きとか面倒」
返す言葉がない。百木とは、あまり会話をしてないし。
というか、僕と話がしたくないから素っ気ないんじゃないか。
でも、こうして部屋の掃除を手伝わせている意味が分からない。
ああ、こき使うのか、召使のように。
ふーん。腹立たしい、早く帰ろう。片づけたらいいんだろ。
「紅茶入れる。甘味は食べれるか?」
おう?
「僕は紅茶に詳しくないので、お任せします」
「お勧めのジャンナッツのメルシーにする。いちごとバニラの香りがするんだ」
ほう。爽やかな風貌のきみから、甘い香りの紅茶をいただけるとは。
「他にも、マスカットの香りがするムーンバレーもあるけど、疲れをいやすなら甘い香りかな」
へえ、色々な香りがあるんだな。知らなかった。僕は珈琲ばかりだから。
……そうか、僕の色々な面を出していこう。
曖昧な態度ではいけない、猛進しても相手の負担だ、そういう負の面を見せてばかりでは損をする。僕なりの長所を見つけて、相手に好感を持ってもらえるような人になりたい。
「甘い香りに、甘味は重いかな? どうぞ」
ん? バスクチーズケーキか。初見だし、一口味わうと濃厚でプリンのよう。物知りだなあ、百木。ふうん、見かけによらず。ああ、相手に困らない感じだし、慣れて居るんだろ。
「食べた餅より心持」
ん?
「相手に感謝することを覚えようか? そうしたら、きみは飛べるはず」
「部長はきみに道を説いた。曖昧にとらえて居そうだから話す。俺が学生時に読んだ本の一説と重なるからだ」
はい?
「昭和の時代より前かなあ。奥山にしをる栞は誰のため・という歌。これは、部長がきみが進むべき道を指示したと俺は感じているから、引用した。意味するものは悲しい時代の背景がある。息子に背負われた母親が帰り道にわが子が迷わぬよう、枝を折ったという。まさに部長だ。ご立派だ」
百木は部長を崇拝でもしているのか? なかなか、上司を賛美する部下はいないような。
「部長を尊敬している。善き指導者だと思うんだ、きみを責めずに勇退された。責任の取り方は個人のものさしだから、俺は敢えていうものじゃない」
うん。
「善き指導者に出会うかそうでないかで、人生の価値が決まると思う。後で思い返して『あのとき部長はこう指導された』という言葉が支えになるときがくる。俺たちは、そう思われる指導者・管理職になろう」
そうだ、身近に目標が。僕はもっと、上司に指導を賜るべきだった。
何でもきけばよかったんじゃないか? 日々、曖昧にごまかそうとするからミスをする。
「はい、顔をあげて。話を続けたいから、俺を見て欲しい。もう、振り返る必要はないんだ」

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