【クリップ3】遊園地の半券 そして、走り書き
@@@ たくさんの走り書きがなされたページに、遊園地の半券がクリップで止めてある @@@
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「わああ! すごいわね、テレビが二台あるだなんて!」
「ううん、一台だよ。こっちはね、パソコンなの」
「私のノートさんとは形が違うのね。パソコンさんにも、いろいろな|人《・》がいらっしゃるのねえ」
|大島《おおじま》はPCラック前の椅子にルシアを座らせると、ゲーミング仕様の厳ついタワー型パソコンの電源を入れてやった。そしていつも一緒に遊んでいるオンラインゲームを立ち上げてログインを済ませると、ゲームパッドをルシアに手渡して自身の使用キャラ・ルシュタを操作させた。すると、ルシアは瞳を輝かせて「すごい、私のルキウスよりも滑らかに動いているわ!」と声を弾ませた。
ルシアは初めての〈お友達とのお泊まり会〉に胸を躍らせていた。大島もまた、オタク仲間以外を泊めることに対して緊張していたし、それ以上に〈可愛いエルフをお部屋に招く〉ということに興奮を覚えていた。
大島とルシアはキャアキャアとはしゃぎながら、一緒に料理をして食事をして、そしてお風呂に入った。
枕を並べて一緒の布団に寝転ぶと、ルシアは蕩けに蕩けた極上の笑みを浮かべて「本当に、夢みたい」と呟いた。〈籠の中の鳥〉であった自分にまさか友だちができて、さらにはお泊まり会なんていう素敵なことを経験することになるだなんて。――ほうと息をつきながら嬉しそうにそう呟いたルシアに、大島はニヤリと笑って言った。
「じゃあ、女子会の最定番ってやつも、いっちょ経験してみましょうか」
「女子会の最定番? なあに、それ。まだ何か、これ以上に楽しいことがあるというの!?」
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「というわけで、寝落ちするまでガールズトーク楽しみました。凄まじいまでの惚気のオンパレードで、胸焼け必至でした。本当にごちそうさまです」
「えっ、あっ、じゃあ、そっちは俺の思いすごしだったってことか。よかった……」
「当たり前でしょう。何言ってるんですか」
「いやあ、ひでりすぎると、こうも女々しくマイナス思考が過るもんなんだな……。――えっと、それで、俺が頼んだ案件の〈もうひとつ〉は?」
外回りから帰ってきた拓郎は、運ばれてきた昼食に手もつけずに大島を情けない表情で見つめた。そこに、ちょうどウエイトレスが大島の頼んだものを運んできた。大島は料理を置いて去っていこうとするウエイトレスに会釈をし、彼女が完全に立ち去ってから拓郎に向き直って苦笑いを浮かべた。
「拓郎さんの思っていたとおりでしたよ」
「ああ、やっぱりそうなのか……」
拓郎は肩を落として重たく息を吐くと、ようやく箸を手に取った。
きちんと〈好きだ〉という気持ちを伝えてから、ルシアは常にちらちらと光を纏っている状態となった。そしてただ傍に腰を落ち着かせるだけでも輝きを増し、もっと〈心満たすこと〉をしようものなら煌々と光り輝いた。しかしながら彼女はいつも、あと一歩で元の姿に戻るのではというところでしおしおと光を萎ませるのだ。
餃子パーティーのときはそこまで〈おかしい〉とは思わなかったのだが、バーベキューのときにはさすがに疑問を感じずにはいられなかった。その後も、彼女は事あるごとにハッと息を飲みしょんぼりと背中を丸めては光を消した。もはや、疑いの余地はなかった。――〈好き〉という気持ちを受け入れてもらえたと感じたのは思い違いで、自分が傷つかないようにと気を遣われているのではないか。もしくは、幸せで満たされぬようにと自らセーブをかけているのではないかと。
どうやら、呪いとも言うべきルシアの〈幼女化〉は心が完全に満たされたときに解けるらしかった。そして呪いが解けて元の姿を完全に取り戻すということは、異世界へと帰還するということに直結していた。〈あなたを危険に巻き込みたくない〉と泣いた優しい彼女のことだから、きっと自分を連れて異世界へ戻るということはしないだろうと拓郎は思っていた。そうなると〈元の姿に戻り、異世界へと帰還する〉ということは〈別れ〉とも結びつくということになる。――だから、世界のために一刻も早く帰らねばならぬとはいえ、自分との幸せな時間を手放したくなくて〈幸せで満たされるということ〉を我慢してしまっているのではないか。……そう拓郎は思ったのだ。
しかしながら、自分がそれをド直球に尋ねて果たして答えてもらえるか、正直自信が持てなかった。それこそ、〈時間稼ぎ〉のためにはぐらかされるかもしれない。そう考えた拓郎は、大島に探りを入れてもらおうと思いついた。そして〈気を遣われてるのでは〉という後ろ向きな悩みも含めて白黒つけようと大島に相談を持ちかけた結果が、先のお泊り女子会であった。
拓郎は箸を置いて手帳のようなものを取り出すと、無造作にあれこれと走り書きをしたページを開いた。そしてその中の〈思い違い? 気を遣われてる?〉に削除線を引き、〈幸せになることを我慢してる?〉を丸でくくった。
手帳をしまうと、拓郎は再び箸を手に取った。そして、深く溜め息をついた。
「俺だってさ、ずっと一緒にいたいし、あいつと幸せになりたいよ。でも幸福度が可視化されているだけに、分かるじゃないか。幸せで満たされてないとか、我慢しているとか、そういうのが。だから今のまま一緒に居続けられてもさ、このままの状態って結局、お互いに幸せではないだろ? それってさ、別れのときがくることとどっちが辛いかな」
「真綿で締め付けられるように不安ごとに囚われながら、中途半端に幸せっていうのもたしかに辛いですね。でも、その〈別れのとき〉が今生の別れになるかもと考えると、選択しづらいですよ」
大島が表情を曇らせると、拓郎は苦笑いを浮かべた。
「俺はさ、あいつさえいれば、どんな苦しくて残酷な環境でも幸福を感じられる自信があるよ。だから、離れ離れになるのは嫌だし、どうにか一緒に連れて行ってもらいたいんだけどなあ」
「聖剣クインディネイトを上手に扱えるのは、拓郎さんだけですしねえ」
遠慮がちに笑いながら大島がそう返すと、拓郎は苦笑交じりに小さく頷いてコップの水を煽るように飲み干した。そしてコップをテーブルに戻すと、拓郎はにっこりと笑った。決意の滲んだ笑顔だった。
「安心させられる何か、考えるよ。協力、ありがとうな」
「いいええ。ちなみにもちろんですが、拓郎さんには秘密ってことで口を割らせてますから。うっかりポロらないでくださいよ」
拓郎は「もちろん」と了承すると、大島に好きなデザートを頼むようにと促した。
後日、〈思い違い? 気を遣われてる?〉〈幸せになることを我慢してる?〉の書かれた走り書きページに、遊園地の半券がクリップされた。