第8話 ドラゴンは食べれない
「…わー」
「へー…」
大きな街だと聞いてはいたものの、想像以上に大きな街であったことに、田舎町の出身の私とハルトは街の様子に驚きと戸惑いを隠せずに、街の入り口の門を見上げながら感嘆の声をこぼす。
「フィン、ぼぉっとしていると置いて行きますよ。ハルトはそのままはぐれろ」
「まぁまぁ、二ヴェル。そう言わずに。2人とも、そんなに驚くほどか?」
私とハルトの様子に呆れたような表情を浮かべる二ヴェルに、ジャンが二ヴェルの肩を軽く叩きながら二ヴェルを諌める。
「こんなデカイ街初めて見た」
「ね…これ、何処まで続いてるの…?」
大きな門構えと、門の外側に立つ憲兵達、それに街の入り口から続く大きな道は終わりが見えない。
きょろ、と周りを見回す私に、ハルトが「なぁ、アレ」とこの道の少し先を指さしながら声をかける。
「フィン、アレ、美味いと思う?」
「え…っと…何あれ?」
ハルトが指さした先にあるのは、大きなこの通りの両サイドにある屋台の1つで、店先に置かれているのは、こんがりと美味しそうに焼かれたバナナ、のようにも見える。
答えの分からない私は、二ヴェルとジャンを見やれば、二ヴェルが「あぁ、アレですか?」と私達の疑問を受けて口を開く。
「アレはドラゴンの尻尾ですね」
「え、ドラゴン…?」
「えぇ。アレは結構美味しいですよ。高タンパクなのにローカロリーですし」
「オレもアレ好きだぞ!多分、あの店は皮もパリパリだな!」
二ヴェルの答えに戸惑っていれば、二ヴェルとジャンは食べたことがある上に結構好みな食べ物らしく2人から美味しかった、という感想が返ってくる。
「買ってきましょうか?」との二ヴェルの問いかけに、ジャンは「オレは食べたい」と今にも走っていきそうな顔をしながら答えているが、「え、待って、え?」と私の困惑した声に、2人の動きが止まる。
「どうした?フィン」
「どうかしました?」
ジャンと二ヴェルが不思議そうな顔をしながら私を見る。
「え、待って、ドラゴンって食べれるの?」
疑問符を飛ばしながら首を傾げた私に、二ヴェルとジャンがぱち、と瞬きを繰り返してから、なぜか2人揃って、私の頭をわしわしと撫でてくる。
「ちょ、何?何か言ってよ!」
「何ですかこの可愛い生き物」
「わかる。何だろうな。そりゃ、ハルトが大事にするのも分かる」
わしわし、と撫でる2人の手が若干重たくて、顔をあげられずに居れば、サク、という足音と共に見慣れた足元が視界に映る。
「フィンが可愛いのは生まれつきだ。っていうかお前ら、何やってんだ?」
「ハルト、あんた何処行って…って、あ!」
「あ?」
若干の不満そうなハルトの声と共に、何やら香ばしいイイ匂いがする、と思い視線をあげれば、ハルトの手には、先程から私達が話題にしているドラゴンの尻尾のコンガリとキツネ色の焼き目のついた串焼きが握られている。
「え、ハルト、オレ達のは?」
「無いけど」
「何で?!」
パッ、と頭が軽くなったと同時に、ジャンがハルトに突っ込みを入れている。
「食べたいなら買ってくればいいだろ。すぐソコなんだし」
「全員分買うとかしないのな…」
ガクッ、と肩を落としながら言うジャンに、「ふぁっれ」と串焼きを食べながらハルトが口を開く。
「旨いかどうかも分からないもの、全員分買えないだろ」
「まぁ、結果旨かったけど」ともぐもぐ、と順調に食べ進めていくハルトに、ジャンは「オレも買ってくる!」と言いながら屋台へと走っていく。
「フィンは?どうします?」
未だに私の頭に手を置いたままの二ヴェルが、屋台を指さしながら私に問いかける。
「…だってドラゴンでしょう…?ドラゴンって食べれないって……」
思ってたんだけど……と小さく呟いて首を傾げた私に、二ヴェルの口からクッ、と楽しそうな笑い声が漏れる。
「え、ちょっと、ニヴェル、何で笑ってるの?!」
「だって、っクッ、クク」
口元を手で隠しながらもニヴェルが笑い続ける理由が分からなくて、「ねぇ、ニヴェル」と名前を呼んだ時、「フィン」と一人で食べ続けていたハルトに名前を呼ばれ、振り返る。
「もしかして、コレ、本物のドラゴンだと思ってる?」
コレ、とハルトが指を指すのは、さっきから食べ続けている美味しそうな串焼き。
「え…?どういう事?…あれ?」
本物のドラゴン?言っている意味が…とさらに首を傾げた私は、ふと、あることに気がつく。
ドラゴンが食べられるものなのか、と問いかけた私に、ニヴェルとジャンは、何かを言いかけて止めて、もう一度問いかけた私に、ニヴェルは我慢出来ない、と静かに笑いだし、ハルトはハルトで串焼きを指さしながら「本物の」と言っている。
まさか、コレって。
「ドラゴンじゃないの?!」
「ぶはっ!」
「あ、吹いた」
驚きの声をあげた私に、ニヴェルはついに耐えきれなくなって吹き出し、そんな二ヴェルを見て、ハルトは相変わらずに串焼きを食べながら呟いた。
「フィン、まだ怒ってんの?」
「怒ってない」
「そうは言っても口が尖ってるけど」
「だって……ハルトもハルトでしょ!何で知ってたのよ!」
「俺?だって昔、町の祭りで流れの行商が売ってたの食べたし」
「えー…知らないし…」
自分も買ってくる、と屋台へ向かった二ヴェルと、未だ戻ってこないジャンを、ハルトと2人で待つ間も、なかなか気持ちが収まらなくて、口を尖らせていた私に、ハルトは笑いながら、私の頭を撫でる。
「今まで倒してきたのは、ホントの本物のドラゴンで、こっちはドラゴンって言う名前がついたデカイ鶏の肉。本物のドラゴンは、フィンが知ってる通り、食べれたものじゃないし。珍味好きなやつとか食べるみたいだけど」
「へぇ…」
言われてみれば、ドラゴン、という名の串焼き、いや、巨大な焼き鳥、になるのだろうか。
パリ、とした皮目と、ふっくらとしたキメの細かい肉質は、鶏肉の肉質によく似ている気がする。
「食う?」
「食べる」
ん、と差し出された串焼きに、そのままガブ、とかじりつけば、「美味いだろ?」とハルトがニッ、と楽しそうに笑う。
「あ」
「ん?」
ふと、町に居た時に、よく見た笑い方だ、と思った瞬間に思わず声がこぼれ、その声に気がついたハルトが軽く首を傾げて問いかける。
「な、んでもない」
「フィン?」
ドクン、と心臓が大きく動いた気がした。
ただ、久しぶりに、ハルトが本当に楽しそうに笑っている、と思っただけの筈が、心臓の音がやけに大きく聴こえる気がする。
「ハルト!フィン!ただいま!」
「フィンには、フルーツを…って、フィン?どうしました?」
ドラゴンの尻尾と、他にも幾つかのものを手に持ったジャンと二ヴェルの声に、2人を見れば、二ヴェルが、私を見て首を傾げる。
「え?」
「頬が…」
「頬?」
二ヴェルの言葉にピタ、と自分の頬に手をやれば、ほんの少し、熱い。
「な、んだろう?」
ちら、とハルトを見れば、買ってきたいくつかの食べ物をジャンとワイワイ言いながら取り合っていて、何となく、ホッ、と小さく息を吐く。
「…連れていけば良かった」
「二ヴェル?」
ぼそり、と聞こえた声に、二ヴェルへと視線を戻せば、「何でもありませんよ」と二ヴェルはにっこりと笑顔を浮かべるだけで、それ以上、頬の熱について触れてくることは無かった。