御子柴のヤキモチ勉強会⑨
土曜日 8時前 コウの家前
翌日。 御子紫は勉強で必要な全教科のセットを持ち、コウの家の前まで足を進める。 時刻を確認すると――――現在7時45分。
―――・・・早く、来過ぎちまったかな。
ドアの前で、御子紫はチャイムを鳴らさずに困った表情を浮かべた。
普段なら早く来てもお構いなしに会おうとするのだが、今は朝のため彼にとって迷惑かもしれないと思い、このままどうしようかと躊躇う。
―――コウの隣にはいつも優がいて、コウと二人きりになるのなんて滅多にないからなぁ・・・。
神的存在だと思っている結人に関しても、彼とも二人きりになったことは滅多にない。
結人と二人きりになってたくさん話がしたいとは思うのだが、なかなかそのチャンスは訪れなかった。 そして今からは、自分の憧れであるコウと二人きりになろうとしている。
いつも一緒に行動している椎野や北野には何の感情も抱かないのだが、相手がコウだと思うと少し緊張してしまっている自分がいた。
―――素直でいるんだぞ、俺・・・!
最近コウを目の前にすると強がってしまう自分に、何度もそう言い聞かす。 そんな時――――
―ドンッ。
「いたッ!」
「あ、悪い」
家のチャイムを鳴らさずに待機していると、突然開かれた目の前にあるドア。 そこから、私服姿のコウが現れた。
「本当に悪い、気が付かなかった。 怪我は?」
心配そうな表情をして顔を覗き込んでくる彼に、御子紫はドアでぶつかり少し赤くなった額を撫でながら、苦笑して答える。
「怪我はねぇよ、大したことはない」
―――本当に俺、最近ついていないなぁ・・・。
そのようなことを思いながら、疑問に思ったことを尋ねてみた。
「俺はまだチャイムを鳴らしていないのに、どうしてドアを開けたりしたんだよ。 どこかへ行こうとでもしていたのか?」
「いや、御子紫を近くまで迎えに行こうと思ってさ」
「あぁ・・・」
―――どれだけ優しい奴なんだよ、コウは。
「とりあえず中に入って。 荷物、重いだろ」
御子紫の肩にかけているパンパンなバッグを見ながら、コウはそう口にして家のドアを開けた。 誘導され足を部屋の中へ進めていく中、ふと違う疑問を抱く。
―――そういや、コウって何でもできるけど・・・傷の手当てとかはできないのかな。
傷の手当の担当は主に北野であり、他にはリーダーである結人と頼りになる悠斗ができるようになっていた。
その中にコウが含まれていないことに違和感を感じ、目の前にいる彼に向かって尋ねかける。
「コウって、傷の手当てとかできないのか?」
「え? もしかして、さっきドアにぶつかった時やっぱり怪我でもした?」
突然そう尋ねられたコウは、足をその場に止め後ろへ振り返ってきた。 申し訳なさそうな表情を浮かべる彼に、慌てて修正を入れる。
「あ、いやいや、だから怪我はしてねぇって。 ただコウは何でもできるから、怪我の手当てとかもできんのかなーって」
「あぁ。 傷の手当ては、一応な」
苦笑しながらそう答えると、机のある方へ足を進め御子紫をそこへ座らせた。 その言葉に甘え、荷物も横に置く。
「やっぱり手当てもできんのか。 なら、ユイたちと交ざって手当て係になればいいのに」
さり気なくそう言うと、コウは自分の思いを紡いでいった。
「それは無理だな」
「どうして?」
「手当てができると言っても、基本のことしかできない。 それに俺の場合は独学だから、完璧な手当てはできないんだ。
間違ったやり方でみんなの手当てをしちゃったら、大変なことになるかもだろ。 だから傷の手当ては、自分にしかしないよ」
「・・・そっか」
思わず納得してしまう彼の思いを、すんなりと受け入れる。
―――そこまで、仲間のことを思っていたなんてな。
またここで彼のことを尊敬していると、早速コウは御子紫に向かって口を開いた。
「じゃあ時間も勿体ないし、勉強を始めようか。 午前中には、勉強が簡単な国語と理科と社会を終わらせるぞ」
「おう」
今日一日の流れは全てコウが予め決めておいてくれたようで、御子紫はその指示に素直に従っていく。
するとコウは自分の勉強ファイルからある一枚の紙を取り出し、それを目の前に差し出した。
「これ昨日、御子紫のために作ったんだ。 解いてみて」
そう言われ、彼から受け取る。 それに書かれているものを見てみると――――
―――あ・・・これ。
―――昨日夜月から教えてもらった、漢字ばかりだ。
「時間はいくらでも待つから、終わったら言ってな。 ちょっと俺、飲み物取ってくるから」
紙に書かれてあるのは、漢字の小テストといってもいいくらいの本格的なプリントだった。 これがコウの手作りだと思うと、御子紫はより彼に敬意を抱く。
問題は全て見覚えのあるものだったため、自分の記憶を頼りにプリントに書き込んでいった。
真面目に勉強に取り組んでいる御子紫を少し嬉しそうに眺めながら、コウはコップに入った飲み物を机の上に二つ置いていく。
そんな時、突然コウの携帯が鳴り――――御子紫の集中が、一瞬途切れた。
「悪い! 携帯切っていなかった・・・」
「いや、携帯を切る方がマズいって。 誰から?」
本当に申し訳なさそうな表情をして謝るコウに、嫌な顔を何一つせず素直に尋ねる。
「優から」
「優か。 なら電話に出てこいよ」
「本当にごめんな」
そう言って、コウは携帯を手に取りこの場から離れていった。 そんな彼を見送った後、御子紫は再び漢字に集中し問題を解いていく。
それから数分後――――コウが戻ってくるのと同時に、御子紫も漢字を全問解き終わった。
「優は何だって?」
「テスト範囲が分からなくなったから、教えてほしいってさ。 あ、全部解き終わった?」
机上に置いてあるプリントを見ながらコウがそう口にすると、御子紫は頷いて用紙を手渡す。 すると彼は赤ペンを取り出し、採点を始め――――
「・・・すげぇ。 1問以外全部合ってる」
「マジで!?」
「いつの間に勉強していたんだよ」
まさかここまでできているとは思ってもいなかった御子紫は素直に驚くが、コウは嬉しそうな表情を浮かべて笑い返した。
この時、昨日夜月に漢字を見せてもらったことに改めて感謝する。 漢字を解き調子が出てきた御子紫は、他の教科にも手を出し勉強し続けた。
コウは必要なところだけを教えてくれるため、無駄なことを覚えずに済み勉強がさくさくと進んでいく。
時刻が12時を過ぎたところで、国語と理科と社会の勉強を何とか終わらせることができた。
時間がかかると思った英語は午後にやり、御子紫が一番苦手としている数学は最後に回し夜にやることになっている。
「理解ができたら簡単だろ?」
「あぁ! 勉強って、こんなに楽だったんだな」
大して頭の悪くない御子紫は、コウの説明が上手く全てを理解し満足気な顔をしてそう口にした。
「御子紫は理解が早くて助かるよ」
そう言った後、再び時計を見る。
「丁度キリがいいし、外にでも行こうか」
「外?」
聞き返してくる御子紫に小さく頷いた後、彼はその場に立ち上がりもう一度言葉を発した。
「あぁ。 外食にでも行こう。 家にいても、何もないからさ。 まぁ、その・・・気分転換も兼ねて」
少しぎこちない笑顔を見せてくるコウに御子紫は笑顔で頷き、二人はこの場を後にする。