第01話 ファーナリア連峰越え
ダンジョンの件もあるので、ハイグラッドの町を先に行こうかとも思ったけど、戦後の復興も大変だという噂も聞くし、王都へ先に向かう事にした。
せっかく行くんなら町の見物もしたいしね。前回は町に入れなかったから興味はあるんだ。
王都にはイレギュラーがあっても一年以内には行けるとは思ってるけど、領主様から言われてる大事な用だし先に済ませておきたいと思ってね。
今回の旅は前回の護衛依頼と同じく俺とクラマとマイア。
天馬三頭にそれぞれ乗って移動している。
領主様から頂いた馬車は収納バッグの中。馬車は収納バッグに問題無く入ったよ。ま、小屋が入ったぐらいだから入るとは思ってたけどね。
王都へ向かうルートは三つ。
フィッツバーグ領の西に#聳__そび__#えるファーナリア連峰を北ルートで迂回するか南ルートで迂回するか。それとも険しい山々を抜けて行くかの三つのルートがある。
通常はハイグラッド方面の南ルートで迂回するケースが多いそうだ。生息する魔物が比較的弱いのと、道が整備されているのが理由だ。
馬車なら整備されてる道の方がいいけど俺達は天馬だからね、少々道が荒れててもスイスイ走ってくれるんだ。
今回は一番難関と言われてるファーナリア連峰越えで行く事にした。
だって魔物に出会わないんだから、最短距離の方がいいじゃん。もしかしたら魔族に会えるかもしれないし、そっちの意味もあってこのルートを選んだんだ。
衛星には言ってある。元剣豪の魔族パシャックが近くにいたら連れて来てってね。
いくら魔族だからと言っても元剣豪なんだし、話ぐらい聞いてくれるんじゃないかと思ってるんだ。あれだけドワえもんじゃなかった、ゼパイルさんが苦しんでるんだから、理由ぐらい聞きたいと思ってね。
魔剣なら衛星が折ってくれそうだし、今回はクラマもマイアもいるから安心してるんだよ。最悪、ノワールに全速力で逃げてもらえば大丈夫だろ?
あと、商業ギルドで王都に行くならフィッツバーグ領の特産品の小麦をたくさん持って行けと言われた。「なんで?」って聞き返したら「あなたは商人でしょ!」って怒られた。
今回は商売で行く訳じゃ無いんだけど、Aランクの商業ギルド会員でもあるんだから素直に聞いておこう。
収納バッグも優劣様々あって、荷馬車一台分ぐらいのもので金貨十枚ぐらいだそうだから買って入れて行けって言われたよ。ケーキ屋でそれぐらい儲けてるでしょって付け足されたけど、ケーキ屋の売り上げには手を出してない。
あれはケーキ屋組のものだからね。最終的な管理は俺がしてるけど、出来る限り還元してあげようと思ってる。
先月の給料も一人金貨十枚渡したら、全員が受け取ってくれなかった。なんとか半分の五枚は受け取ってくれたんだけど、この調子じゃドンドンお金が余って来るよ。
それは受け取る皆も同じみたいで、使うものが無いって言うんだ。
食材は俺が冷蔵庫に入れるし、服も最初に結構な数を渡してる。住む所はあるし、あとは装飾品とか嗜好品なんだろうけど、一か月に金貨一枚も使わないみたいだし、余って来るみたいだ。
俺がいなくなる今回は、念のための食費としてリーダーに任命したローズさんに金貨五〇枚を渡して来た。
だってケーキ屋の先月の売り上げが金貨300枚を超えてたんだよ。
焼き手が多いからどんどん焼くし、焼いても焼いても売れて行くし、毎日完売するから自分達の食べる分が無いって嘆いてたよ。
原価が安いからね。小麦と砂糖は【星の家】から仕入れてるし、他は安価なものしか無いし。今はサイドメニューにまで手を出せないほど売れてるけど、そのうち色々出したいとも考えてるんだ。今はケーキの他にはクッキーを焼くのが精々だけど、もう少し落ち着いたらポテチや肉まんなんかも出して行きたいと思ってるんだよね。
そんな店の事を考えてたら、もう山頂を過ぎちゃったよ。
少し雪が積もってたけど、衛星にオーバーと手袋を作ってもらったからヌクヌクだ。風は天馬が遮ってくれるけど気温までは調整してくれないからね。
全くもって順調すぎる旅だ、何の障害も無い。
クラマは少し不満気だけど、魔物なんて出会わないに越した事はない。
出会ってみたいけど出会いたくない。だって、このファーナリア連峰に出る魔物ってレベルの高くて上位の魔物らしいからね。初めはもっと低レベルの魔物からじゃないと俺には無理だと思います。
普通は、この山越えには一か月以上は掛かるらしい。
確かに険しい山だったよ。魔物もいるんだろうし、それぐらいは掛かるんだろうね。レッテ山の次に難関なとこらしいから。それでクラマも楽しみにしてたらしいんだけど、もう分かってるだろ? 俺は魔物に出会わないんだよ。
山頂は見晴らしが凄く良かったんだけど、休憩をするには寒かったので、麓に下りてから食事をする事にした。
だって天馬達ってひとっ飛びだから。もちろん地面からあまり離れないように飛んでもらったよ。それでも下りの時は恐怖に震えたね。
ここまで来ても、まだフィッツバーグの町で見送られてから一日目だからね。これなら明日にでも王都に着いちゃうんじゃない?
そこまで急ぐ必要も無いし、先に地図の件を片付けようかな。
「クラマ、マイア。今日はまだ早いけど、初日だし無理せずここで泊まる事にしようか。日程的にもノワールたちのおかげで大分余裕もできたしね」
食事をしながらそんな提案をした。
垂直落下型絶叫マシーンのような下りのダメージが抜けてないから、もうここで休みたかったんだよ。まだ膝がガクガクしてるし。
もう小屋も出して俺としてはここに泊まる気満々だ。
「ここで、ですか。……あまり、お勧めではありませんが、まぁいいでしょう」
「何を言うのじゃマイア殿、久し振りに楽しめそうなのじゃ」
乗り気ではない返事のマイアに対して楽しそうなクラマ。
二人共、周辺探査ができるんだよね。俺もその能力が欲しいよ。魔法でそういうのが無いか王都に行ったら探してみよう。
今回、アイリスにもらった魔法書は攻撃魔法と防御魔法と回復魔法だけだったから。
ゲームなんかだと鍵開けだったり魔物を操ったり召喚したりって魔法があるから、王都ならあるかもしれないし、探してみる価値はあるよね。あと、転移なんかもあったらいいなぁ。浮遊は……怖いからいい。
「エイジ、#妾__わらわ__#は少し見回りに行って来るのじゃ、余計な真似をするでないぞ」
食事が終わってクラマがそんな事を言い出した。
クラマは前の護衛依頼の時のように周辺を見回りに行くようだ。
「では私も」
マイアも行くみたいだ。「余計な事はしないでジッとしててくださいね」と微笑んで森に消えていった。クラマが向かった方向とは少しズレてる。
二人して余計な事って言うけど、俺は何もしてないって! 衛星が守ってくれてるだけなんだって!
二人が森に消えてから十分ぐらい経った頃に来客があった。
クラマかマイアが戻ってきたと思って見てたから、見知らぬ人だったから飛び上がるほど驚いた。実際ちょっと飛んだしね。おかげで少し膝に力は戻ったけど、腰が抜けそうに痛い。
衛星にはこの辺りも含めて、王都までの詳しい地図は作ってもらっている。
さっきの垂直落下型絶叫マシーンのような恐ろしい下りの時に少し見えた感じと、地図を見た感じではこの周辺に町や村は無い。
人里離れた所で隠れ住む一軒家までは分からないけど、この辺りはまだ魔物も強いと聞いてるし、軽々しく人が訪れて来れるような所では無いはずだ。
俺のそんな警戒を軽く流すように、やって来た一人の男が軽い口調で声を掛けて来た。
「今日はここで野営ですか?」
隣には小さな女の子を連れている。【星の家】の子と比較すると、六~七歳ぐらいじゃないかと思う。
「は、はい。この辺りに住んでる方ですか? もしかしてここは敷地内でしたか?」
小さい子もいたし軽い口調で問われたので、警戒が薄れてしまって変な言葉を返してしまった。
後々考えると、そんなはずは無かったと反省して落ち込んだよ。
「いいえ、敷地ではありませんよ。しかし、縄張りではあるんです。あなた、縄張りに入った獲物がどうなるか知っていますか?」
何言ってるの? 話が見えないんだけど。
シュンッ! ガギン! チッ!
え?
この人なんで剣を持ってるの? いつの間に?
「エイジー!」
あ、クラマ。
ブォンッ!
え? 薙刀……え? 避けた?
「エイジ!」
え? マイア? 二人共どうしたの?
展開が速すぎて付いていけないんだけど。
「今の一撃を防ぐとは、見た目と違って意外とやるようですね。お仲間も勘がいい方達のようだ。これから本気を出すと……」
ドサッ!
男が話してる途中で白目を剥いて倒れてしまった。
……どしたの? なんで倒れたの?
え? 女の子の方も光に包まれて苦しんでる。
この香り……マイアか! お披露目会場で嗅いだ香りに似てる。
「マイア?」
「……」
「エイジ、今は話しかけるではない。マイア殿は非常に集中しとられる。集中を切らすと幼な子の命が危険なのじゃ」
返事をしないマイアに変わってクラマが答えてくれた。
同意するようにマイアも少しこちらを見て苦しそうに微笑む。額に凄く汗が噴出している。
どういう状況なのか聞きたいけど、マイアが落ち着くまで黙って見てるしか無さそうだ。
あ、そうだ!
《衛星! マイアを手伝ってあげて》
『Sir, yes, sir』
女の子を包む光が大きくなる。
輝度はそのままに丸く包んでいる光の球が五倍ぐらい膨れ上がった。俺の足元近くまで光がきている。クラマは光に入らないように後退していた。
マイアも驚いたようだが、すぐに冷静になり光の中の女の子に集中する。
倒れた男は光の中に入っているが、今は放っておくしか無さそうだ。
マイアは衛星の手伝いで光が大きくなってから少し余裕が出たようで、今は眉間に皺がよってない。表情からも余裕が伺える。
光がどんどん明るくなって行き、眩しくて見てられなくなると、いきなり光が消えた。
目がチカチカして、周囲が上手く確認できない。
ようやく目が慣れて来ると、男の所にはクラマ、女の子? の所にはマイアが立っていた。
「えーと…マイア? これってどういう事か教えてくれる?」
聞きたい事が多過ぎるけど、一番目を引いた質問からしてみた。
さっき、六~七歳ぐらいだった女の子はいたけど、目の前で倒れてるのは俺と同じぐらいの年の女の子だ。女だな。
「エイジ、先程は助かりました。あなたが補助してくれたのですよね?」
さっきの衛星が手伝った分だな。何をしたのかは知らないけどね。
「そう…だね。辛そうだったから力になれたんなら良かったよ」
「精霊女王様を思わせるような、いえその何倍もの力でした。ありがとうございます」
精霊女王以上の力? いくら衛星でもそこまでの力は無いって。マイアは封印が長かったから勘違いしてるんだろ。
「その倒れてる#娘__こ__#は誰? さっきまで小さな女の子ならいたと思うんだけどどこに行っちゃったの?」
「先程の小さな女の子がこの者です。魔族に勇者の力を封印され魅了されていたようなので、今封印を解いたのですが……」
「魔族!? 勇者!?」
急展開過ぎて頭に何も入って来ない。
「この者が魔族じゃ」
クラマが倒れてる男を蹴り転がす。
転がされた男の顎には青い痣があった。いつも衛星に迎撃された人達がおでこに付けてるような痣だ。
「クラマ? この男の人が魔族だって言ったけど、クラマが倒してくれたの?」
「ぬぬぬぬぬぁーにを言っておる! エイジが倒したに決まっておるではないか! #妾__わらわ__#が空振りした事をそこまで馬鹿にしよるか!」
クラマの怒りにキョトンとする俺。何の事だか分からない。確かにクラマは空振りしたけど、俺…というか衛星も何もしてないと……あっ! 男に話しかけられた後に音がしたね。いつもと違うので気にしてなかったけど、ガキンって剣を弾くような音とチッって何か掠る音がしたねぇ。
でも、男が俺に向かって剣を振ったようには見えなかったんだけど。
でも、いつの間にか剣を持ってたね。という事は、俺に見えないぐらいの速さの振りが俺を襲って衛星が防いでくれたって事? うっそー!? 知らない間に俺は殺されそうになってたの?
確認のため、男が持ってた剣を拾ってみた。
カッラ~ン
折れてる。剣が真っ二つに折れてるよ。
と、いう事は……やっぱり俺、殺されそうになってるよ! ぞぞぞぞ~
「#此奴__こやつ__#が倒れた原因はこれじゃ!」
クラマがそう言って大薙刀の剣先で、仰向けに転がってる男の顎の痣を#突__つつ__#く。
急に恐怖が込み上げてくる俺に気にする事無くクラマが説明してくれた。
「顎を掠る一撃というのは頭を揺らすのじゃ。これで気絶したのじゃろ」
という事はやっぱり衛星?
「このような技はよほどの幸運か、相当の腕達者しかできぬ技じゃ」
「こちらもです」
クラマの説明に割って入ってきたマイアも口を揃えた。
「拘束と魅了は得意とする所でしたが、魔族の封印を解いたのは間違いなくエイジです。魅了も強力でしたが力を貸してくれたので楽に解けました」
「そうじゃ、あれだけの隔離領域じゃ。#妾__わらわ__#でも出来たかもしれぬのぅ」
今度はマイアの説明にクラマが被せた。
クラマの言葉に「確かに」と頷くマイア。
俺としては衛星様様なんだけど、また二人から「どういう事だ!」って言われるのかな。
「さすが主殿じゃ」
「ええ、さすがですわね」
あれ? ホントどうしたの二人共。最近、気味が悪いんだけど。
でも、怒られないんだったら余計な事は言うまい。変につついて薮蛇になっても困る。
「えーと…この人達はどうする?」
話題を変えるためにも倒れてる二人の処遇を聞いてみた。
「エイジに任せるに決まっておるのじゃ」
「ええ、お任せします。この#娘__こ__#ももう問題ないでしょう」
そこはいつも通りかい!
このままにしておくわけにも行かないから、二人を衛星にグルグル巻きにしてもらって小屋の中に運んでもらった。