儂の名は・・・
「ただいまー……」
誰もいない空虚な空間に向かって今帰宅したことを告げる。
当然返事が返って来るはずもなく、吐いたその言葉は意味を成さず静かに消えていった。
上京してから今年で3年目。
会社員の雫(しずく)は、住宅街のとあるアパートに住んでいた。
「今日も特に変わったことはなし、と」
それこそ最初の内は聳え立つビルや大型ショッピングモールに目を輝かせ興奮したものだが、1年も経つ頃にはもうこちらの生活に慣れ、刺激的な毎日はすぐに幕を閉じてしまった。
出勤と帰宅の時の挨拶だけは、何故か意味もなくずっと続けている。
日に日に増していった孤独感を埋め合わせるような行為。
そのような事をするからまた寂しくなるのだと、雫が気づくことはなかった。
仕事に出かけて帰宅し就寝。
代わり映えのないこんな生活に満足している訳では無いが、雫には単調な日々を変えようと努力する力は残っていなかった。
只只いつか非日常が自分を迎えてくれるだろうと、期待もせず頭の隅でそっと考えるだけ。
部屋に入ると同時にジャケットをその場に脱ぎ落とす。慣れた手つきで電気をつけ重たいバッグを雑にソファーに放り投げると、中身の書類等が音を立てて次々と床に落ちていく。
だがそんなことに目も向けず、散乱した書類を器用に避けて真っ先にベランダへと向かった。
窓を開けると冷たい風が頬を撫でた。
サンダルを履き、そこで佇む我が子に駆け寄り微笑む。
「大きくなったね、チンパンジー」
しゃがみこんで話しかけると、それは「おかえり」と返事するように静かに揺れた。
『 チンパンジー 』とは、東京に来てから育て始めた、言わば家族のような存在である。
じょうろで頭から水をかけると、首を振って水を弾き飛ばす。
「わっぷ……!!ごめんね」
と笑って今度は足の方から水をあげる。
ゴクゴクと美味しそうに飲む姿に癒され、先程までキツい顔をしていた雫はいつの間にか笑顔になっていた。
最近はこの子1人では自分が外出している間寂しいのではないかと思い、雫はもう1人家族を増やしてあげようかと悩んでいるのであった。
暫くしてお腹がすいてきたため、夕食を取るために部屋に戻ることにした。
確かレトルトカレーがあったはずだと
冷蔵庫脇の棚の中身を思い出しながらサンダルを脱ぎ、ベランダを出て後ろ手に窓を閉める。
雫の食事は大体週の五日がレトルト食品かコンビニ弁当だ。
そして残り二日は自炊。といっても雑炊など手間がかからない料理程度である。
そんな食生活ではいつか倒れると友人等に散々注意を受けてきたが、最近のコンビニ弁当や冷凍食品はしっかり栄養バランスが考えられているからなんの問題もないだろう、と雫は過信していた。
寒さに震える肌を擦りながら駆け足でキッチンへと向かおうとすると、突然
先程閉めたはずの窓が勢いよく開いた。
ガァァアアン!!!
「おい、そこの人間!儂に気づかないとはどういうことだ!!」
「へっ………?」
声のする方へ恐る恐る顔を向けると、そこには黒い大きな翼を広げた、鋭いくちばしと瞳が特徴的な鳥が自身の存在をアピールするかのように仁王立ちで怒気を放っていた。
その瞳で雫を射抜くように睨んでいる。
「……………鷹(たか)?」
雫は瞬間的に『 大きい鳥 』という見た目の情報から予想し、頭に浮かんだ鳥の名前を口にする。
「鷹だと……?高貴なこの儂を鷹なんぞと間違えるか小娘ぇぇえ!!」
が、完全に地雷を踏んでしまう。
声を荒らげる鳥がこちらに近づくと同時に、雫もまた身の危険を感じゆっくりと後退りをする。
「儂の名は鷲じゃ!!どうだ、恐れをなしたか!!??」
「…………………」
「おい、小娘!聞いておるのか!?」
「………………はぁ」
実際に雫は恐怖を感じていた。
だが正直のところ鷲と言われてもなかなかピンとこないのが最近の若者である。
田舎で暮らしていたなら鷲や鷹を目にしたこともあるのでは?と聞かれそうだ。
だが雫の故郷には山がある訳でもなくそうそう畑に馬鹿でかい鳥が出没する事などない。
しかもここは東京の住宅地。日常の中でばったり鷲に出会うなんてことは流石に、いや絶対にあるはずがない。
他にも人間の言葉を話すというありえない事が二重に重なっているが、それはただの違和感として雫の頭の片隅に追いやられた。
雫の頭は先程から、鷲のその口から華麗に飛び出た親父ギャグにツッコむべきかスルーするべきか悩んでいた。
無言を貫いていると鷲が「なんだその腑抜けた声は!」といっそ清々しいほどだったドヤ顔を歪ませ爪で威嚇するように床を引っ掻き始める。
(あぁ……フローリングに傷が……)
が、雫の視線は鷲ではなく床に注がれ、鷲の威嚇など気にせずここがアパートであるということに絶望していた。
予想と反応が違う目の前の人間に、鷲は内心焦り気味である。
「し、しかし何だ『 チンパンジー 』とは!パンジーの花にその様な名を付けるとはなんと安直な!」
「な、貴方だって………!」
(ただの「鷲」って名前じゃないですか!!)
と言いかけて雫は口を抑えた。
愛情込めて付けた名前を安直だと言って退けた鷲の言葉に腹が立ったが、ここで何か言い返してしまえば確実に自分の命は無い。
自身のネーミングセンスが絶望的だとはまだ気づかない。
雫の天然は度を超えすぎていた。
(警察……!!いや、先に追い出さないと殺られる!!!)
今度は素早く後に一歩下がる。
手で辺りを探るとふと棒状のものが手に触れた。
それをまともに狙わずに力任せに鷲へと投げつける。
「ハッ!儂とやり合おうと言うのか?……良い、その勇敢さに免じて儂も本k」
………勢いよく放たれたそれは一直線に飛び、鷲の顔面へとヒットした。
「ぐっ………!?」
かなりの速さでめり込んだモップは数秒後、ゆっくりと床に落ちる。
カランカラン………
「…………………やった……?」
倒れ込んだ鷲がピタリと動かなくなり、流石にやりすぎたかと心配して顔を覗き込んだ瞬間、鷲が顔を上げ鋭い眼球で睨んできた。
「貴様!……儂にこのような無礼を!」
「きゃあ!!」
バシンッッ!!!
「ぐはぁ……!!!」
雫は咄嗟に顔をはたく。
………鷲は再び顔面を床へとめり込ませた。
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皆さんこんにちは。
トップバッターの師綺(しき)と申します!
日常+鷲のテイストはいかがだったでしょうか?楽しんで頂けたら嬉しいです!
この小説は3人のリレー小説形式で進めていきますので、どうぞよろしくお願いします!!
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