第18話 クラマとマイア、改心する?
「むぐぐぐぐ」と唸ってる男がクラマに足蹴にされて踏み付けられている。
さっきアイリスが「お兄様」っていったからアイリスのお兄ちゃんなんだろう。
という事は、次期領主様? なんで俺を怒鳴りつけて飛び掛ろうとしてたの?
マイアに足を引っ掛けられてクラマに踏み付けられてるわけだが、上手く力の調整はできてるみたいだね。本気でクラマが踏み付けたら人間なんか簡単に死んじゃうと思う。
「アイリス?」
クラマに足蹴にされてる男からようやく視線をはがし、アイリスに目を向けて声をかけた。
心配そうに……は、してないね。両手を腰に当てて怒ってるみたい。
「お兄様! 今、何をなさろうとしたのですか!? エイジに飛び掛ろうとされてませんでしたか!」
未だ、クラマに足蹴にされてるお兄ちゃんに怒るアイリス。
そこは先に心配してあげない? 身動きが出来ないどころか、息も苦しそうだよ。
「……ぐぐぐ」
あ、弱ってきてない?
「クラマ? 足をどけてあげて。苦しそうだよ」
クラマが足をどかせても、すぐには起き上がらないお兄ちゃん。
大丈夫か? 次期領主様だろ? 俺達、捕まったりしないよね?
足をどかせる言葉としてはおかしかったが、クラマはすぐに足を元に戻した。
次期領主様だからね、そっちを気遣う言葉にしないといけなかったね。反省反省。
ようやくモソモソと起き出すお兄ちゃん。
ゆっくりと立ち上がると俺を指差し宣言した。
「決闘だ!!」
すっぱーん!
アイリスの平手が、決闘だ! と叫ぶお兄ちゃんの後頭部に炸裂!
そのままアイリスに襟首を掴まれ後向きに退場していくお兄ちゃん。
この場合、バルコニーから会場に入るんだから入場になるのか?
そんな事はどうでもいいか。でも、アイリスってあんなキャラだったのか。
初めて会った時からすると随分イメージが変わったよなぁ。お兄ちゃんの後頭部に平手打ちですか、あんな事ができる#娘__こ__#だとは思って無かったよ。
盗賊団に襲われてる所を助けて、いかつい顔のベンさんにビビッてケニー達の後に隠れてた臆病な#娘__こ__#だという印象だったからな。
その後、告白もされたし、結構行動派になってきたのかな? それともお兄ちゃんだけにはああなのか。
ここにいてお兄ちゃん…アンソニー様だったな。アンソニー様が戻って来ると面倒な未来しか見えないし、さっさと帰ろうか。
結局、領主様とは挨拶程度だったけど、封魔の剣の修理を頼まれただけだったね。
呼ばれて来たはずなんだけど、来た意味があったのかな。
会場を出て城門に向かう廊下を歩いていると前方に見覚えのある二人が待っていた。
「やーっと来たのニャ。いつまで待たせるのニャ」
「エイージ! 遅すぎます!」
アイリスの護衛のネコ耳ターニャと女剣士ケニーだ。いつから待ってたんだ? 遅いと言っても参加者の中では早い方だと思うぞ。まだ帰ってる人はいなさそうだっだし。
「えーっと、久し振り」
「久し振りじゃないのニャ。クラマさんとマイアさんは久し振りなのニャ」
「クラマさん、マイアさん、お久し振りです。そしてエイージ! 待ちくたびれたぞ」
またこの扱い? もういいって、無視して行っちゃお。
「じゃ」
一応、挨拶だけして通り過ぎる。
追いかけて来たら走って逃げよう。
目を合わさないようにしてターニャとケニーの前を通り過ぎる。
「エイージ、どこ行くのニャ」
無視無視。
「エイージ、待ちなさい」
無視無視。
「エイージ、渡すものがあるのニャ」
何か知らないけど別にいらないし、無視無視。
「ちょっと待てと言ってるだろう」
待たない、無視無視。
「今日のエイージは一味違うのニャ」
「確かにいつもとは違うようだな」
ダダダーっと後から走ってくるターニャとケニー
走って逃げようかと思ったけど、クラマとマイアもいるし、大事な用がだったらマズいんで、聞くだけ聞いてやろうかと思って、待つわけではないけど普通に歩いてた。
普通に話してくれるんなら聞いてやってもいいかな。
「エイージ、待つのニャ!」
ターニャとケニーが俺の前まで走ってきた。
一応止まるが返事はしない。初めの一言によってはこのまま帰ってやろう。
「エイージ、折角持って来てやったのニャ、その態度は無いんじゃないのかニャ」
「そうだぞエイージ! 謝れ」
ダメだ、キレそうだけど、ここは領主様の城の中だし、ここはさっさと逃げよう。
「なるほどのぅ、これは頭に来るのぅ」
「そうですね、人がやっているのを見て分かるとは情けない限りです」
「人の振り見て我が振りなおせ、とはこの事じゃのぅ」
俺が走り出す前にクラマとマイアが話し出した。
「其方ら二人、いやもう一人入れて三人か。エイジに命を救われておるのじゃろ。その後も先日の護衛でかなり過剰な要求もしておる。その相手に対して、その態度は無いのではないかのぅ」
「私達も人の事は言えませんでしたわね」
「ほんにそうじゃ、#妾__わらわ__#達も命を救われておるからのぅ」ホッホッホ
「ええ、でも許してもらえましたわ」フフフ
クラマとマイアは顔を見合わせてニンマリしている。
夜に娯楽も無いから結構お互いの事は話したし、そういう話もした事はあったな。クラマもマイアもよく覚えてたな。
クラマが言ってくれた言葉で俺も少しスッキリした。
「だからそのお礼にいいものを持って来てやったのニャ」
「そうだぞ、お嬢様も一緒に旦那様に頼んでくださって、やっと手に入れたものなのだ。有難く受け取るのだ」
「何かは知らぬが、そんな恩の押し売りのようなものは我が主は受け取らぬよ」
「当然です。そんな事より、早くそこをどいてくれますか?」
いかにも恩着せがましく言い放つターニャとケニーに対して、冷ややかな反応のクラマとマイア。
俺はずっと黙ってそのやり取りを聞いている。クラマが俺が言いたい事以上の事を言ってくれたからね。自分で命を助けてやっただろう、なんて恥ずかしくて言えないもん。
自慢の贈り物にも興味を示さず普通に歩き出す俺達に気圧されたのか、道を譲ってくれるターニャとケニー。
アイリスも含め、三人で領主様にお願いしてくれたのか。それは有難いとは思うけど、今の言い方は無いな。昨日の今日でまた同じ思いをして結構うんざりしていたけど、クラマとマイアの言葉でスッキリできた。
でも、こいつらって、なんで急にこんなに変わってんの? 昨日までと全然違うんだけど。今朝だって、謝ってきたし。なんなんだろ。
「なぁ、別に言いたくないならいいんだけど、なんで俺に謝る事にしたの? やっぱり従者だから?」
「それは、力を見せ付けられたからのぅ」
「そうですね、思い起こさせられましたね」
二人共すんなり白状してくれた。でも、力を見せ付けた覚えは無いんだけど。
「力? そんなの見せたっけ?」
「二人がかりでも押し返せなかったのじゃ、出会った頃を思い出してゾッとしたのぅ」
「はい、私も封印されてた事を思い出しました。あの強力な結界と封印を簡単に解いたエイジの力を」
あー、昨夜、衛星に二人を寄せ付けないでって頼んだやつか。
確かに、ここまで強い二人を寄せ付けない力って凄いよね。
「今でこそレベルは上がっていますが、あの頃はレベル1でしたのにね」
君達がいなければ、未だにレベル1だったよ。それは俺も二人に感謝だね。
「#妾__わらわ__#なぞ、よく生きてたもんじゃと今でも不思議に思うておる。#妾__わらわ__#の全力の攻撃に無傷であったにも関わらず、#妾__わらわ__#は瘤ができる程度のダメージで済まされた。その力と慈悲に触れて従者になることを望んだのじゃが、今までは従者の態度では無かったのぅ」
「それは私も同じです。結界から出してくれた命の恩人だというのに、少し驕っていたようです。その気になれば、私をも簡単に滅する力を持っていますのにね」
どうしたの二人共、えらく殊勝じゃないの。
マイアも滅するって…そんな事は考えた事も無いからね。
「それというのも、煮え切らん態度のエイジが悪いのじゃ」
「そうですね、それには同意です。これだけの力があるのに人間に言われるがままですからね」
「そうなのじゃ、レッテ山など実力で我が物とすればいいのじゃ」
「そうです、マンドラゴラなども簡単に手配してしまいますし、妖精達も凄く懐いています。下位とはいえ精霊の従者を持っていますし、私も上位精霊です。もうレッテ山を霊峰としてエイジの世界を作ってもいいと思います」
精霊の従者ってマイアが呼んで、俺が名付けただけじゃん。
で? レッテ山をどうしろって? 力尽くで我がものとして精霊や妖精だらけにして霊峰にする計画ですか……そんなの俺にできるわけ無いじゃん! 俺を魔王か精霊王と間違ってないか? なんの支配者なんだよ。
「そうじゃ、ついでに家も山頂に引越しさせて…」
「マンドラゴラ達も山頂の方が…」
「なに二人でトリップしてんだよ! 帰るよ!」
入って来た時とは逆に、二人が俺を追いかけて来る形になった。
森に畑を増やす事はあっても、山に進出する気は無い事をハッキリ告げて、城門へと向かった。
城門に来ると、息を弾ませたアイリスが兵士と話をしていた。
え? ゆっくり歩いたとはいえ、なんでアイリスがいるの? アイリスはアンソニー様と会場にいたんじゃないの?
「よかったぁ、間に合いました」
兵士には俺達が帰ったかどうか確認してたみたいだ。
「うちの従者が大変失礼しました」
早速謝るアイリス。
さっきの話を聞いたんだね、それで走って来てくれたのか。それなら俺もそういう返しをしないとね。
「お詫びのために態々走って来てくれたの?」
「はい、それもありますが、先日のお礼も受け取って頂けなかったと聞きましたので、お渡ししようと急いで来ました」
さっきの二人の言葉が思い出される。持って来てやったとか有難く受け取れって言葉だ。
その言葉を思い出し、暗い表情になった事を察したのか、アイリスが言葉を続けた。
「二人が何を言ったか聞いていませんが、受け取ってもらえなかったと言う事は何か失礼があったのでしょう。重ねてお詫びします、すみませんでした」
そう言って深々と頭を下げるアイリス。
領主のご令嬢が頭を下げてもいいの? 恐縮しちゃうね。
「いや、こっちもクラマとマイアが二人に言いたい事を言っちゃったからもういいんだよ。逆に心配掛けちゃったみたいでゴメン、態々走って来てもらうほどの事じゃないよ」
「エイジが凄く怒ってたって聞いたので急いで来たのですが、許してもらえて嬉しいです」
嬉しそうに話してくれるアイリス。
この顔で謝られたら何でも許しちゃいそうだよ。もちろん、今回の件はもう怒ってないし、許そうって気分なんか残って無い。もう許してるもん。
少し笑顔が出た俺を見て安心したのか、更にアイリスが話を続けた。
「それで、さっきターニャが渡せなかったものなんですけど、受け取っていただけますか?」
そう言うアイリスの手には薄汚れた布袋があった。
その布袋を俺に差し出すアイリス。
「それは?」
「はい、見た目は少し汚いですが、洗う事ができないので我慢してください。これは収納袋(小)なんです。そんなに多くは入りませんが、それでも箪笥一つぐらいは入る収納袋なんです」
これでも結構高いそうですよ、と説明してくれるアイリス。
護衛依頼の時に俺が収納バッグを持ってる事は知られてるからね。控えめな態度で値段の説明も付け加えてくれた。
「お渡ししたい物は中身なんです。この収納袋(小)の中には様々な魔法書が入っています。エイジは変な魔法…いえ、おかしな……奇抜な……特別な、そう! 特別な魔法を使ってますけど、こういう普通の魔法もあれば役に立つかと思って用意したんです。先日の追加報酬に丁度いいかと思ったので受け取っていただけますか?」
変な魔法……ね。確かに料理を作ったり、盗賊を捕まえて来るような魔法なんてないだろうけど、変な魔法と思われてたんだね。ショックだよ。
そこまで言われた後に”特別な”って言われてもフォローになって無いから。
でも、魔法書か。俺自身は魔法が使えないから、どうやったら使えるようになるか分からなかったし、魔法書があれば俺にも魔法が使えるようになるのかな。魔法かぁ、出来たらいいなぁ。
「ありがとう、有難く頂きます。それで…」
「それで?」
言いかけて辞めた言葉にアイリスが問い詰めて来た。普通そうだよな。
でも、聞きたかったのは魔法の覚え方なんだ。今更聞くのはおかしな話だよなぁ。
「い、いや、別に。あ、この収納袋はいつまでに返せばいい?」
「それも差し上げます。汚れてはいますけど、やっぱり便利なものなので何かに用立ててください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
どうせ領主様のお金で買った物なんだろうし、領主様だからお金もいっぱい持ってるだろ? 遠慮する事はないよね。だって俺は高額納税者なんだし。
アイリスと別れ城を後にする。
元孤児院の様子を見て、【星の家】の隣の我が家に帰った。
結局、何のために領主様の城に呼ばれたんだろうね。