第10話 奴隷の首輪
今回購入した奴隷は全員人間だった。
人間だから購入って言い方は嫌なんだけど、実際に買ったわけだから購入って事になる。
俺的にはお助けしたって言いたいんだけどね。
ま、本当にお助けできたかどうかは、これからの生活によるけどね。
懐はまだまだ温かいから、この先何年でも食うだけなら困らないだろうけど、【星の家】と同様にこの人達にも生活できるような基盤を作ってあげられたらいいな。
という事は、やっぱり商売をするしかないか。
あの女性達が冒険者なんて出来るとは思えないからね。
商人ギルドには、やっぱり早く行っておかないといけないな。
女十五人、男三人、おまけが一人。服はボロだけど、サービスとして着せてもらった。下着姿のままじゃ外に出られなかったからね。
おまけというのは、奴隷屋のラジルさんに無謀な襲撃をかけた男の子だ。
ピエールという名前の男の子なんだけど、住まいはスラム街。両親がお金に困ってお姉さんを奴隷屋に売ったんだけど、無理やり連れて行かれたと思って何度もラジルさんに襲撃をかけていたそうだ。
うん、完全にこっちが悪いね。
その度に、ボコボコにされて放り出されていたと言ってたけど、それでも諦めずに何度も襲撃をかけるなんて、頭は悪そうだけど根性はあるな。
それよりも意外と温情のあるラジルさんを尊敬しちゃうよ。普通なら半殺しか役所に突き出されるとかしてもおかしくないもんな。
ピエールは家に帰っても両親と喧嘩するだけだからと勝手に付いて来てしまったんだ。
俺としても十八人も十九人も同じだからとは思ったんだけど、ピエールは俺の奴隷じゃない。扱いに困るから断わろうかなぁって思ってたら、お姉さんからも奴隷と同等の扱いで結構でございますって言われたから仕方なく同行を許した。
娘を売りに出すという話は、スラム街以外でもよくある話だそうだ。江戸時代みたいに思えるけど、ライトノベルのファンタジー小説でもよく聞く話だな。
こういうのは覚えてるのに、この世界に転移した経緯を全く覚えてないんだよなぁ。そのうち、何かの切っ掛けで思い出すかもしれないし、今は【星の家】の子供達と、ここの人達の生活が先だな。
そんな気持ちの整理をして、食事も済ませ食堂に戻ってみると、既にこっちも食事は終わってたみたいだ。食器も綺麗に片付けられていた。
ただ、俺を見る目がキラキラしてるのは見間違いじゃないだろう。料理が気に入ってくれたのかな?
「#皆__みんな__#、食事は足りた? 足りなければまだあるよ」
「エ・イ・ジ様! 素晴らしい料理でございました!」
「エ・イ・ジ様! どこでこのような料理を覚えられたのですか!」
「エ・イ・ジ様! まだ頂けるのでしたら是非!」
「エ・イ・ジ様は冒険者というのは嘘で料理人だったのですね」
「エ・イ・ジ様は弱そうだから冒険者では無いと思っていました」
「エ・イ・ジ様は弱そうですが、この料理があればおもてになる? かもしれませんね」
「冒険者というのは隠れ蓑だったのですね」
他にも色々言われたが、総じて料理が美味しいと言われたのと、俺が弱そうって言われただけだ。
料理は衛星が作ったものだし、俺の事はなーんも褒められてないんだよね。寧ろ貶されてる。
KO!
最近、言葉の暴力には慣れてきたと思ってたんだけど、初見でこれだけの人数から弱い弱いと連呼されると来るよなー。
椅子に座り、真っ白な灰になってる所で、ピエールに「ガンバってればいい事あるさ」と肩を叩かれた。
うん、ありがとうピエール。俺の気持ちを分かってくれるのはお前だけだ。同行を許してよかったよ。
まだ、何も決めていないので、いつまでも落ち込んでいるわけにも行かず、心に鞭打ち平静を装い、これからの事を話し合った。
まず、俺は奴隷として買ったわけではない事。
これを納得してもらわないといけない。
彼女達(少し男もいるけど)には『奴隷の首輪』が填められている。
この『奴隷の首輪』がある限り、主人には逆らえないし魔法も碌に使えない。
町からも一人で出る事もできないし、市民証も発行されない。町を出たければ、主人か主人が指名した人と同行でなければ出る事ができない。
他にも色々と制約があるようだ。
『奴隷の首輪』だからね、名前からしてもそうだろうと思ってたよ。
という事で、この『奴隷の首輪』をまず外したいな。
「その『奴隷の首輪』ってどうやったら外す事ができるの?」
真正面にいた女性に尋ねた。最後に出てきた高額奴隷五人の内の一人だ、凄く綺麗な人だよ。
「はずす、とはどういう事でしょうか」
「そのままの意味だよ。填めたのなら外す事もできるんじゃないの?」
「はい、もちろん外せますが、無理に外そうとすれば装着者は命を失います。私が申し上げてるのは、そういう意味ではごないのでございますが」
「物騒だなぁ! 死んじゃうの? じゃあ、それって一生填めてないといけないの?」
「いえ、そんな事はございません。闇魔法で作られた魔道具ですので、解呪すれば外す事はできます。私が言いたい事はそうではなくて、外して何がしたいのでしょうか」
「え? 自由になりたくないの?」
俺としては、そんな不自由なものを付けられたら外したくてたまらないよ。何とかして外す方法を探るけど、この人達は違うのか? 皆、ざわつき出したけど。
「じ、自由……エ・イ・ジ様。私達のように奴隷に身を落とした者は『奴隷の首輪』を外したからと言って自由になれるものでは無いのです。外すとよけいに自由が利かなくなるのです」
え? どういう事? って顔をしている俺に続けて説明してくれた。
「私達がいた奴隷屋は正規の奴隷屋でしたので、手続きも全て正式な手順で奴隷化されました。奴隷から解放されようと思えば、やはり正規の手続きを行わなければなりません。そうしないと、脱走だと疑われて市民証も発行されませんし、指名手配もかけられます。どこにも行けなくなるのです」
「いや、でも俺が主人として買ったわけだし、俺が外したいと言えば外してくれるんじゃないの?」
「それは闇の奴隷屋ならそうですが、正規の手続きをしたものは違います。許可無く外せば罪を問われます」
えー、なにそれ、面倒くさいなぁ。
「それに、自由にして頂いても行くところもございません。エ・イ・ジ様の所を出ても奴隷屋へ逆戻りか路頭に迷うしかございません。だから外してどうしたいのかと尋ねたのですが」
重い…重いよ。そんな人達を俺は買っちゃったんだな。
でも、そんな事情なんて、奴隷屋を初めて知った俺に分かるわけないじゃん!
「ゴメン、俺はただ、その首輪を外すと簡単に自由になれると思ってたんだよ」
「いえ、分かってくだされば結構です」
「でもね、自由にしたいってのは今でも変わってないんだ。誰に許可をもらえば外してもいいの?」
「私の話を聞いてくださいましたか? 私達はここを放り出されると行くところが…」
「うん、分かってるよ。それは後で言うから、誰の許可があればいいの?」
「……領主様ですが」
領主様かぁ、何かに付けて縁があるよな。
「分かった。来週、領主様に会う予定だから、一度相談してみるよ」
おおお! っと皆がどよめいた。領主様と会うってのは凄い事みたいだ。
「それで、俺が考えた今後の予定なんだけど、商売を始めようと思うんだ。そこで働いてもらおうと思うんだけど、やっぱりその首輪は邪魔だよなぁ」
「商売ですか? 接客以外でしたら私達も手伝えますが、接客になるとこの『奴隷の首輪』を見てお客様もいい顔をしないでしょう」
そうだよなぁ。俺もそう思うよ。
「『奴隷の首輪』の件は一旦保留だね。じゃあ、それまでに、この家で好きな部屋を選んでもらって、服を買いに行って、食事当番を決めよう。食事が得意な人はいる?」
シ―――――ン
え? 女性って料理が上手ってイメージがあるんだけど、この世界は違うのか? 【星の家】ではシスターミニーさんがやってくれてるんだけどなぁ。
「誰もできないの?」
彼女達はお互いを見合っては、手を上げかけたり、首を振ってまた下ろしたり。何か踏ん切りが付かないような…なんだろ?
「あのー……」
さっきとは違う高額奴隷の女性が手を上げた。
「はい」
話を促すように笑顔で返事をした。
「私は料理が得意でした」
え? 過去形?
「先ほどエ・イ・ジ様の料理を頂いてから、私の作っていたものは料理では無いと思い知らされました」
「私もです」
「私も」
「私も」
女子全員が同調し、そしてすまなそうに俯いてしまった。
さっきの料理が原因なの? じゃあ、料理ができないんじゃないんだな。話しぶりからすると、むしろ得意そうだよ。
「さっきの料理は反則みたいなもんだし、そんなものと比較したって仕方がないよ。だったら、食材と調味料は言われたものを用意するから、順番に作ってみればどう?」
「私などの料理でご満足頂けるのでしょうか…」
そういえば、こっちの世界の料理って調味料の種類が少ないし、塩でもあまり掛けないよな。
薄い味付けが多いし、調味料さえ用意すれば何とかなるんじゃない?
「出汁を取ったりとかもあるけど、調味料は俺が用意した方が良さそうだね。これだけあるし、好きなものを好きなだけ使って料理してみてよ」
そう言って、調味料を並べてあげた。
塩、胡椒はもちろん、砂糖、唐辛子、ケチャップ、ソース各種、ポン酢、マヨネーズ、タルタルソース、マスタード、醤油、ガーリック、生姜、酢、味噌、ラー油、粉チーズを出した。
当然、衛星に作ってもらってストックしていたものだ。
衛星の料理に掛ける事はないんだけど、町の食堂では最近よく使っている。【星の家】でも偶に使う事もある。
出来上がった料理に掛けるので、粉末出汁とかは持ってないけど、これだけあれば大分変わるだろう。
彼女達、調味料には当然驚いていたが、収納バッグから出す所を見て、収納バッグを持ってる俺にも驚いていた。
「食材も言ってくれれば、たぶん揃えられるから」
「あのー……」
「はい?」
さっきの料理の事で初めに発言してくれた女性だ。
「この調味料を全部、好きなだけ使ってもいいのですか?」
「うん、もし足りなければ補充するよ」
「素材も言ったものをご用意頂けるのですか?」
「うん、たぶん大丈夫だよ」
「その調味料の中に見た事が無いものも混ざっているのですが、味見をしてもいいですか?」
「あ、そうか。知らないものもあるよね。でも、調味料だけで食べても美味しくないものもあるし…そうだ! 皆まだ食べれる? 食べれるんなら試食をしようと思うんだけど」
全員さっきの料理を思い出し、笑顔で大きく頷いている。
美味しいものがまた食べられると思ってくれたみたいだ。
「じゃあ、何がいいかなぁ」
どうしよう、衛星の力を見せた方がいいのかなぁ。クラマやマイアもあまり分かってないみたいだし、キッカ達にもちゃんと伝わってないものを、ここで見せてもいいものか。
見せても見えないんだけどね。誰もここを飛び回ってる衛星に気づいてないんだから。
どうせ何かの魔法だと思うだろうし、また向こうで作ってくるのも面倒だからここでやっちゃえ。
《衛星、ウインナーを焼いたのとハムエッグと手羽の唐揚げとかまぼこの板わさを三皿ずつ出して。皆には取り皿とフォークを出してあげてね》
『Sir, yes, sir』
衛星はすぐに出してくれた。
俺の使った知らない言葉(日本語)に驚き、急に現れた料理に驚き、それが魔法なのか何なのか分からず固まっている皆に向けて食べるように勧めた。
「今のが俺の能力なんだけど、今のは偶々料理に使っただけなんだ。実はこの建物も修繕したんだよ」
うーん、あまり耳には入ってないみたいだな。
「今出した料理に、調味料を付けて食べてみたらイメージしやすいと思って用意したんだ。まずは食べてみてよ」
そう言って、見本を見せるようにウインナーをフォークで刺してマヨネーズをつけて食べて見せた。
パキュ!
うん、普通に美味い! 齧った音もいい音だ。
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
ニコニコ顔の俺はフォークを持ってない方の手で食べるように皆に促す。
出した料理は一気に無くなった。
調味料も何度も付けなおしている。串カツ屋に行ったらアウトだね、二度付けお断りだもん。
まだ欲しそうな目を全員が向けて来るので「いる?」って言ったら全員が無言でコクコク頷く。
なんか怖いんだけど。目が必死すぎるよ。
さっきと同じものを同じだけ出し、調味料も補充した。もう持ってなかったから衛星に出してもらったんだけどね。
もう日本語の事も気にならないみたい。何かの魔法の詠唱だと思ってるんだろ。
それよりも早く食べたいって感じだったね。
女性陣は食べ終えると、食材と調味料の組み合わせに付いて話し合い始めた。
あの肉には塩コショウ以外にもこのマスタードを付けた方がいいとか、野菜にマヨネーズを付けた方がいいとか、いやタルタルソースの方がいいとか、味噌の方がいいとか。自分が作るとしたら、あーだこーだと意見が飛び交っている。
なんだ、やっぱり料理が得意なんじゃないか。
「じゃあ、順番で料理を作ってね」
「「「はいっ!」」」
商売を始めるよりも、まずは生活の基盤をしっかりと固めてからだね。