未来の商人?
秘密基地に通されたアイリは見るもの全てに驚かされた。 突然キスされた事もそうだが何も無い場所に突然自動ドアが現れたり、中には豪邸のような居住区や訓練場まで備わっていたのだから……。
「それじゃあ、さっそくアイリの新しい服を作りに行こうか?」
「作る? でも私お金が……」
「大丈夫! 元はタダだし仕立て屋ゴブリンもアイリを見れば、きっと創作意欲が湧いてくる筈」
ゴブリン? 仕立て屋? この中にモンスターが生息しているとしたら一大事だ。 しかしアイリの心配をよそに目の前に現れたのは、自前のスーツを粋に着こなしているゴブリンだった。
「彼は仕立て屋ゴブリン、わたし達の服を仕立ててくれているの。 今日からはアイリの服もお願いするわね」
セラが言うと、ゴブリンの瞳に怪しい光が宿った。 この場から逃げようと考え始めたアイリよりも早く、ゴブリンの採寸が始まった!
「きゃあああああ!? 何するの、この変態!」
アイリに殴りかかられながら、それを素早くかわし採寸を続けるゴブリン。 結局、1発も当てる事も出来ずに採寸は終了した。
採寸の結果を見ながら、あごに手を当てて考え始めるゴブリン。 数分後作るものが決まったのか工房の奥に走り出すと、濃藍色と白色の生地を持って戻ってきた。
「アイリ、ここからが凄いわよ。 仕立て屋ゴブリンの名は伊達じゃないわ」
ハサミを取り出して、ゆっくりと構える仕立て屋ゴブリン。 カッ! と目が開くと同時に生地が次々と服のパーツへと裁断されていく。 パーツの裁断が終わると今度は針と糸を持って縫い始めるゴブリン、尋常ではない早さにアイリの目はすっかり点となっていた……。
作業がしばらく続きそうだったので先に夕食を済ませてからセラ達が工房に戻ると、仕立て屋ゴブリンが満足そうな顔で出迎えてくれた。 アイリを試着室へ案内すると、完成したばかりの服を手渡す。
「これを私に?」
ゴブリンはうなずくと、さらにもう1つの箱を差し出す。 アイリが箱を開けると、中には濃藍色のパンプスが入っていた。 どこから靴を持ってきたかは謎だが、服の生地と同じ色にしたのにもきっと理由が有るのだろう。
5分後、試着室から出てきたアイリを見たセラ達はびっくりした。 特にリリアとリィナは始めて見るデザインだったので、驚きを隠しきれない。
「セラ、あんな服見たこと無い!」
「セラ様、アイリさんが物凄く知的に見えます」
2人が驚愕しているアイリの新しい服は、セラの元居た世界でいうレディーススーツと呼ばれるものだった。
念入りに採寸して仕立てられたスーツとストレートパンツは、アイリの足をより細く長く見せ中に着ている白地のシャツも含め知的な女性のイメージを思わせる。 姿見で確認して顔を赤くしているギャップに我慢出来ず、セラはアイリに思わず抱きついてしまった。
「もう、アイリ可愛すぎ! このまま寝室までお持ち帰りしたいわ」
ゴンッ! 頬ずりをしようとしていたセラの頭を仕立て屋ゴブリンが殴る、その顔は悪鬼さながらだ。 その場に数分間正座させられたあげく、みっちりとお説教されたセラがようやく戻るとゴブリンが怒った理由を教えてくれた。
「出来たばかりのスーツにしわが出来るから止めろだって」
相変わらずだが言葉が通じないのに、なぜか意志の疎通が図れる2人。 今後も同じことが繰り返されるだろう。
仕立て屋ゴブリンが何故、レディーススーツをアイリの服として選んだのか。 それが分かったのは翌朝のことだった。 朝食を食べながら、セラはアイリにとある質問をした。
「ねえ、アイリはスキルを幾つ持っているの?」
「私、実は洗礼を受けてないんです」
アイリが10歳の時、両親は別の町でやはり金を借りていた。 ふくらんだ借金を払えなくなり家族で逃げだし、その所為で教会で洗礼を受ける事が出来なかったのである。
以降スキルの事を聞かれた際は、与えられなかったと嘘を言って誤魔化していたそうだ。 それを聞いたセラは朝食を終え食器を片付けながら、アイリにスキルを与えることにした。
「それならアイリが欲しいスキルをあげるわよ、このスキルブックの中から選んで」
「えっ!? スキルってそんな簡単に他人に与えられるものなのですか?」
「スキル付与って名前の、神様から貰ったスキルだから大丈夫。 わたしとのキスが条件だったから、アイリにも与えられるの」
今更ながらとんでもない少女と出会ってしまったと、アイリは心の底から思った。 そして貰えるなら遠慮なく貰おうとスキルブックに触れた瞬間、スキルブックが虹色に輝きアイリに光の柱が降りてきた。
アイリは 【商才】 に目覚めた。
アイリは 【鑑定】 に目覚めた。
アイリは 【目利き】 に目覚めた。
どうやらこのスキルブックは、洗礼の際の水晶玉と同じ効果を持っているみたいだ。 しかし3つのスキルを覚えるとは、アイリも中々の逸材なのかもしれない。
「商才、鑑定、目利きね。 洗礼の時にこの3つを授かるみたいだったけど、今の気持ちはどうアイリ?」
「そうね、とっても私向きのスキルだわ。 両親みたいには絶対にならないと思っていたから、このスキルを与えられたのねきっと。 それでさっそくスキルを使わせてもらってけど、あなた達文字通りの化け物ね」
いきなり化け物呼ばわりされたのでリリアとリィナがムッとした顔になるが、アイリは笑いながら謝罪した。
「あはは、ごめんごめん。 ステータスがあまりにも高いから化け物って言ってしまったけど、3人揃えばたとえ魔王でも余裕で瞬殺出来そうな気がするわ。 ねえ、このスキルを活かせばお金を上手に増やす事も可能だけどどうする?」
アイリの提案にセラ達は乾いた笑いで返した。
「何よ、私が信用出来ないって言うの? 少ないお小遣いを増やすのも、生活の知恵なのよ!」
「いや、そうじゃなくて。 これを見てもらった方が早いかも……」
アイリは手招きされて、セラ・ミズキと名前が刻印されたカードを手渡された。 数年前に突如現れ富裕層や商人の間で爆発的に広まったそのカードの名は、キャッシュカード(現金札)と呼ばれていた。
ミスリルで出来たカードに最初に触れた者の名が刻まれ、お金をカードの中に入れておく事が出来る。 もちろんカードを考案して、カードを発行するモンスターを創り出したのもセラだ。
キャッシュカードの残高確認を押したアイリは数秒後、気を失ってその場に倒れてしまう。 そこに表示されたのは、大人4人が軽く100年働かずに遊んで暮らせるだけの金額だった……。