(閑話)俺にできること
「っと、今日はここまでか」
閉館時間となり、俺は図書館を出た。
調べていたのは大豆の発酵方法。自宅で味噌や醤油を作る本を多数見て、若干異なるその手法から最も失敗の少なそうなものを調べていた。
あちらの世界では調味料がまだまだ高額だ。こちらから持って行くにも限度がある。あちらで作れる方法を考えなければ。
「要、今日も行くんだろ?」
「ああ、頼むよ楓」
異世界と日本を行き来するようになって早一ヶ月。
あちらの世界と日本との違いを理解した俺は、足りない知識を得るため夜勤の前や休日などちょっとした時間に図書館や本屋に通うようになった。
リージェ達がオーリエンの首都に入ったため、人数が増えたり減ったりすると怪しまれると楓が言うので合流できずに日本で待機になっていたが、何度も楓に拝み倒しリージェ達と合流しない場所で、とその後もあちらに連れて行ってもらっている。
その結果「聖者」という称号と、「祈祷」なんてスキルが増えていたけどどんな効果なんだろう?
最初に行ったのは楓が作ったという村。
楓の保護した小さな子供たちが協力し合いながら暮らすその村に、食料を提供したり村を広げる手伝いをしたり、料理を教えたり。
香月を探すっていう本来の目的からは逸れているとはわかっているが、虐げられていたという子供達を放ってはおけなかった。
そして、待ちに待った休日。
俺が行けるのは、楓が行ったことのある地点。楓の分体のいる場所をポイントとして転移する。その分体も無数にいるから、ある程度は行き先が選べるんだ。
「で、今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
「そうだな……」
俺はいつもの如く大きめのリュックに大量の食糧や調味料を詰め込みながら、行先の候補を楓に尋ねると、少し考えた感じで楓が驚くべき場所を言ってきた。
「セントゥロにしないか? 国王の下で働いているんだが、会いたいと国王も言っている」
「へ? や、やだよ。何でそんなことになってんだよ」
あまりにも住む世界の違いすぎる存在に臆する俺に、楓はいつもの調子で大丈夫大丈夫って手を振る。
礼儀とかそういうのは気にしなくて良いって。そんなわけあるか!
……って思っていたのに、結局通された豪奢な部屋で迎えたのは、何故か土下座のような態勢で俺を出迎える国王陛下。
「ご子息のこと、もうしわけなかった」
「へ?」
「こちらの都合で連れ去り、お返しすることもできない。何の詫びにもならないが、どうか勘弁してほしい」
自分にできることであれば何でも言って欲しいと頭を下げたままの陛下。
オロオロするが、俺の横に頼りになる兄はいない。代わりにいるのは、ふざけた姿の分体だけ。
「あ、あの。顔を上げてください。そもそも、貴方のせいではないでしょう?」
「む、それはそうだが……」
「そこで提案なんだが、弟がこの世界を自由に行動できるよう身分証を作ってやって欲しいんだが」
「ちょ、楓何言って」
「そのくらいならお安い御用だ」
俺が何も言わないうちに楓が勝手に要望を出し、陛下がそれを快諾してしまった。
他国を行き来するなら冒険者ギルドに登録してギルド証を作るのが良いのだそうだが、それだと定期的に依頼を受ける必要があるそうだ。呆然としている俺に変わって楓がそれは困ると言い出し、それでは税を納めるだけの商人ギルドのギルド証が良いだろうってなった。
「取り敢えず前金で1年分を納めておこう。主な商品は何にしておくかね?」
「じゃあ、宝飾品で」
「ちょ、楓?!」
慌てる俺の肩に飛び乗って、落ち着けと楓が耳打ちする。百均に売ってるガラス玉のようなアクセで良いんだって。
あのレベルの加工技術がないから、こっちでは重宝されるって。特にビー玉なんかは魔法を籠めて魔石として販売している業者もいるくらいだからって。
「セントゥロで商売するなら胡椒や塩などの調味料が喜ばれるし、オチデンなら魔石の原料、オーリエンなら単純にアクセサリーが良いな。アスーは何が喜ばれるか不明だが」
「アスーか。アスーは果物が名産品だったな。こちらと違ってかなり暑い気候であったぞ」
「ふむ、ならば扇子とかかね。まぁいざとなったら仕入に来たんだとでも言えば」
当事者であるはずの俺を抜きにしてどんどん話がまとまっていく。
そうして、一日城で滞在して旅をする際の注意事項なんかの説明をウェルナーと名乗る青年から受けている間に出来上がったこちらの世界での身分証には、「商人、取扱品:日用雑貨」と書かれていた。
「これで次回からはアスーに向かって徒歩の旅になるな」
「いきなりアスーには行けないの?」
「残念ながらまだアスーに辿り着けていない」
リージェ達の方はオーリエンを出てアスーに向かっているらしい。
式典の最中や野営中にモンスターに襲われたとかで、俺がいなくて良かったと笑う楓。そのふざけた風貌と相まって、凄く馬鹿にされている気になるのはきっと気のせいだ。
旅に出て早々襲われて、しかも奴隷同然の扱いをされていたっていう生徒達が心配だ。
「それなんだけどさ、オーリエンを出たっていうなら、一度合流したって良いんじゃないか?」
そもそも俺が待機しているのだって、モンスターの侵入を防ぐために街に入る人数と出る人数をチェックしているって理由だったし。それなら野営している今なら同行しても構わないはずだ。
「身分証を手に入れたんだし、出る時人数が違うっていうなら途中で同行させてもらっている商人として別口で入れば良いし。そうすれば出る時だって関係ないだろ?」
「……お、おう! もちろんそのつもりで身分証を作らせたんだぜ!」
両手を腰(?)に当てて高笑いするけど、一瞬その手があった、って顔をしたのはばっちり見ているからね?
俺は臨床心理士の資格も持っているから、不安定な生徒たちのカウンセリングをしてやることだってできるはずだ。
うん、俺にはまだまだできることがある。
一人で移動するより、リージェ達と行動を共にさせてもらうほうが早いし安全だ。
香月を探しに行くためには、リージェ達について行くためには、俺が有用だと示さなければ。
待っていろ、香月。父さん必ずお前を迎えに行くからな。