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4.ミッション:猫かぶり少女の本音を引き出せ!

 久遠寺文音は基本的に猫をかぶっている。

 同級生といる時の彼女は優等生で、物腰が柔らかくて、皆の人気者で、男子からもモテモテで、それなのに誰か一人を選ぶことはなく、今日まで学生生活を謳歌している。だからこそ本音は出てこないし、だからこそ天城から小説の話題を振られても知らない事として処理をするのだろう。


 では、そうできない程の証拠があればどうか。

 きっと同級生のみならず、学校の知り合いは殆ど、彼女の素を知らないだろうし、彼女もまた知られないようにしているはずである。

 だからこそ、それを暴いてしまえばいい。天城はそう結論付けた。

 単純な話である。久遠寺は自分の素を隠している。その中には当然”小説を書いている”という事実も含まれているはずなのだ。そうでなければ天城に対して知らぬ、存ぜぬで通したことに説明がつかないし、彼女の書いた小説。その冒頭部分が印刷された紙を冒頭部分を取り出そうとした時にあそこまで必死に止める理由もまた説明が付かない。
 
 久遠寺は学内の有名人である。天城が多少騒いだところで気にする人間は少ないが、彼女が素の声で天城と口論にでもなれば話は別だ。あの時はまだクラスメートの数がまばらだったとはいえ、注目されることは間違いない。そうなれば、彼女のイメージが崩れてしまうかもしれない。きっと、被った猫は出来る限りそのままにしておきたかったのだろう。だから知らないふりで押し切ったのだ。

 久遠寺は基本的に猫をかぶっている。そのことに変わりはない。どんなに揺さぶってもその事実だけは維持しようと思うに違いない。だからこそ、それを逆手に取るのだ。彼女に「一対一で話しあわないといけない」と思わせればいい。しらを切り続ければなんとかなると思わせなければいいのだ。

 と、言うわけで、

「ちょっといいかな」

 昼休み。天城は早速久遠寺に――より正確には久遠寺たち三人組に――声をかける。

「……何、かしら?」

 久遠寺がぎりぎりのところで完璧美少女を顔に貼り付ける。しかし、その裏にある「何でまた来てんだよ、出直すなって言ったろ……」的な不快感は正直、隠せていない。顔が引きつっている。

 隣に居た女子が、天城と久遠寺の間に割って入り、

「天城さ、さっきも文音となんか話してたよね。なんの用なわけ?」

 おっと。厄介者の登場だ。天城からすれば彼女に用はない。しかし、彼女からしたら天城に用があるのだろう。
 
 恐らく彼女は、天城が久遠寺に迷惑をかけていると思っているのだろう。だから間に割って入り、仲介役をする。久遠寺を守ろうとする。その心は素晴らしいが、無視させてもらおう。そもそも天城は久遠寺に迷惑を掛けようと思っている訳ではない。寧ろ力になろうとしているのだ。そこに彼女の勘違いがある。あと、ぶっちゃけ邪魔だ。間に入るな。話しにくい。

「なんてことはない。すぐ済む話だ」

 そう言ってポケットに手を入れる。久遠寺が一瞬びくっとなる。天城は久遠寺の原稿を広げて見せ、

「これだ」

 間に入った彼女がまじまじとその紙を眺め、

「なんだ、これ?」

 天城をじっと睨みつけ、

「天城が書いたのか?」

 否定。

「残念ながら違う。と、いうか、そんなものをここで見せてもしょうがないだろう」

 女子は不満げに、

「じゃ、なんだよこれ。これと文音になんの関係があるんだよ」

 天城は軽く頷き、

「うむ。その疑問はもっともだ。これはある高校生が書いた小説の冒頭部分なんだが、実はな。最初は俺も誰が書いたのかが分からなかった。これを含めた原稿が紙袋に入ってたんだが、いつのまにか俺の手元に有った。それと似たものを俺も持っていたのでな。どうやらどこかで入れ替わったんだろうな」

 勿論、真っ赤な嘘だ。誰が書いたのかは天城が一番よく知っているし、今手に持っている冒頭部分の一枚を含めた十数枚の印刷された小説は家にきちんと保管してある。これはそのコピーに過ぎない。

 天城は続ける。

「とはいえ、流石に誰のものか分からないのももやもやする。それに、持主が分かれば返せるかもしれない。と、いう訳で俺はこれが誰のものかを調べてみた」

 女子は疑り深く、

「そんなこと出来んのか?」

 肯定。

「勿論だ。とは言っても今回に関して言えば運が良かったという部分も大きい」

 言葉を切って久遠寺を眺め、

「…………」

 わぁ怖い。すっごいこっちを睨んでる。「お前これ以上続けたら後でどうなるか分かってんだろうな」という目だ。ずっと見ていたら襲ってきそうだ。無視しよう。天城はふっと視線をずらして、話に戻、

「……?」

 ろうとして止まる。

 もう一人、久遠寺の友人と思わしき女子の姿が視界に入る。腰まで届こうかという長い黒髪。純白のヘアバンド。それでもまとめ切れない前髪が顔を隠す。その隙間からわずかに見えたのは、

(……驚きと……興味?)

 もう一人の女子が急かすように、

「おい、それでどうしたんだよ」

 天城は我に返り、

「スマン……それでだな。俺はこの作品のタイトルで検索したんだ」

 女子はじっと紙を眺めながら、

「タイトル?そんなもん書いてないけど?」

「ここにはな。実はこれ以外にももう少しあるんだが、その中の一枚にタイトルが書いてった。それを公表するのはまあ、一応本人に確認してからにしないとなと思ってな」

 嘘だった。

 いや、半分はホントなのだ。

 タイトルを検索にかけたという話は間違いではないし、今天城が持っているこの紙にはそれが明記されていないというのも事実だ。

 しかし、本人に確認してからなどという殊勝な心掛けを持っていたわけでも無いし、取り敢えず冒頭部分をと思って持ってきただけという所が大きい。タイトルを明かさないのも、そうしないと久遠寺に何をされるか分かったものではないからというのが理由だ。間に入っている彼女は全く気が付いていないが、久遠寺は顔を俯かせて、拳を握りしめてぷるぷるしている。今、この瞬間、殴りかかってこないがある種奇跡と言って良いくらいだ。

 そんなことに全く気が付いていない女子は不満げに、

「はぁ?それじゃ、これが誰のもんか分かんないじゃん。馬鹿じゃないの?」

 天城は鼻であしらい、

「馬鹿なのはお前の方だ。考えてもみろ。俺がタイトルで検索を掛けたら、同名の作品がヒットしたとするだろう。そして、その冒頭部分と、これを照らし合わせてみろ。もし内容が一致してたら、そいつがこれの作者だってことになるだろ」

 女子は案外あっさりと引き下がり、

「ま、まあ、そうか……」

 そこではっとなり、

「……ってか、それ、文音と何の関係もなくないか?」

 その通りだ。

 少なくとも表面上は。

 しかし、

「どうだろうな?そうとも限らんぞ」

「どういうことだよ?」

「単純な話だ。この作品はネットにも公開されていたんだが、その作者が実は」

 ガシッ。

 手を掴まれた。

 天城はその手の主に視線を向け、

「どうした久遠寺、何か」

 突如。

 引っ張られる。

 それも凄い力である。

 久遠寺は天城の手を引いて歩いていく。教室を横断し、扉を開ける。後ろから「お、おい、文音?」という声が聞こえるがそれも無視する。教室の外に出て、廊下をどんどん進んでいく。その間、学年や性別に関わりなく、ほぼ全員の視線を集め続ける。その内容は憧れと驚きが半々で、たまにどこへ行くのかと声を掛けられるが、久遠寺は一切反応しない。ただひたすら天城の手を引っ張ってずんずんと歩いていく。その歩調が、普段よりも大分大股になっている事には気が付いていない。
 
 やがて突き当り、階段を上り、屋上へとつながる階段の踊り場にたどり着くと久遠寺は天城の手を放し、代わりに襟首をひっつかんで、引き寄せ、

「何考えてんの?」

 だから怖いって。

 屋上への階段は、当の屋上自体が封鎖されているということもあって、基本的には生徒が使う機会は殆どない。たまに特別な理由で、屋上の利用が許可された場合か、一人になりたい時くらいのものだろう。
 
 つまりここには基本人は来ないのであり、学校の喧騒とは隔離されている場所のはずで、そんな所に学内でも有名な美少女に連れ込まれたとなれば、そこそこ憧れるシチュエーションのはずであり、決して美少女とは思えないほど眉間にしわが寄った目から、殺意の籠った視線を向けられるシチュエーションでは無いはずなのだ。

 それなのに。

 天城はおどけて、

「駄目だろうそんな顔をしたら、完璧美少女を演じるのだったら、こんな時でも笑顔にだからくるしいくるしいしまってるしまってる」

 久遠寺は思いっきり締め上げていた手を放す。天城が大きく息をつくのを見て、呆れた顔で、

「天城さぁ」

「なんだ?」

「ずっと思ってたんだけど、なんで私にこんな付きまとうわけ?」

「それは勿論、久遠寺に力が、」

「そうじゃなくて」

 遮られる。

「それだけじゃないでしょ。天城はさ。私に告白したときだってそう。なんでそんな付きまとうわけ?別に私の事を好きとかそういうんじゃないんでしょ?」

「……まあ、多分な」

「だったら、なんで?別にいいよ?私を好きとか、諦めきれないとか。そういうのならさ。私にそういう気が無いから。それで終わりだから。でも、多分天城はそんな単純じゃないよね?なんで?」

「それ、は……」

 言葉に詰まる。久遠寺が続ける。

「今回の事だってそう。私に小説を書く才能があるって思うのはいいよ。でも、多分それだけじゃないでしょ。あんな、わざわざネット上から探してきて、それで、こうやって私と一対一で話せるようにして。そんなの、才能だけじゃ、」

 突然。

「あの」

 第三の声が割って入る。久遠寺は振り返って、声の主を確認する。女子の制服。リボンの色から推測するに一年生だろうか。久遠寺よりも一回りほど小さい体は全体的に未発達で幼い印象を受ける。セットされていない銀髪が肩ほどまで伸びている。

 暫く後、久遠寺が、

「いつから居たの?」

 天城が、

「結構前からいたぞ?気が付いてなかったのか?」

 久遠寺が天城を睨み、

「知ってたんならはよ言えやコラ」

 しまったという顔をして口元を覆う。つい素が出てしまったのだろう。天城との会話を、途中からとはいえ聞いていたのだから、今更隠しても無駄だと思うのだが。

 久遠寺は再び笑顔で振り返って、

「えっと、どの辺から聞いてたのかな?」

 銀髪の一年生は久遠寺の真似をして、

「なんで私にこんな付きまとうわけ?」

 声の感情を大分落として、

「の、辺りから」

 久遠寺は肩を落とし、

「ほぼ全部じゃない……」

 天城は笑いながら、

「だから言っただろう。結構前からいたと」

 久遠寺がぎろりとにらみをきかせるがそれを無視し、銀髪の一年生に話しかける。

「それで、何か用だろうか?」

 銀髪の一年生は「うん」ひとつ頷いて、実に感情のこもらない声で、

「さっきの、小説の話。私にも詳しく聞かせてほしい」

「小説のって……久遠寺のか?」

 縦に頷き、

「そう」

 天城は久遠寺に、

「だ、そうだ」

 久遠寺は何かを諦めるように一つため息をついた後、

「そもそも、キミは誰?下級生だよね?」

 銀髪の一年生は坦々と、

「そう。一年生。名前は星生(ほっしょう)(あおい)。一応、月乃茜(つきのあかね)という名前で絵も、描いてる」

「ほっしょう……あおい……」

「つきの……あかね……」

 久遠寺と天城はそれぞれ復唱し、

「月乃茜……?」

 思い出す。

 天城はスマートフォンを取り出して名前を検索にかける。久遠寺の「ど、どしたの」という声は耳に入らない。やがて一つのページがヒットする。イラスト投稿サイトのプロフィールページだ。天城も、主に見る方で良く利用するそのサイト。ヒットした「月乃茜」のアカウントには既に「フォロー済」の文字。

 久遠寺が、

「え、何、どうしたの」

 スマートフォンをのぞき込んで驚き、

「え、なにこのフォロワー数……」

 星生の顔と画面を見比べる。

 それもそのはずである。何故なら星生葵は、

「まさかこんな身近にプロがいるとはな」

 既に第一線で活躍する、イラストレーター、なのだから。

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