バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

2 おわり

放課後に行われた生徒会役員会議で、1年生から役員が4名選出された。
任期満了まで、この後輩に託せるように教えていかなければ。
熟す事が増えた、肩が凝りそう。
1年生とはいえ、どうやら中学時代も他者とは抜きんでた強者揃いらしい、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。幼さが隠せない顔立ちなのに覇気があるのは向かい風を知らない青さか、しかし初心を思い起こさせてくれるものだ。俺はカリスマではないが、導く立場に成ろうと思うから我が身を顧みるように思う。

ようやく解放されて家路に着こうとしたら、校門の前で柾が待っていた。
スクールバッグを肩に掛けて鉄製の照明柱に体を預けている。
「湊、お疲れ」
「どうした、珍しいなあ」
普段は一緒に帰らないが。
「食べログ見ていたら三ツ星評価のドーナツ屋さんを見つけたから、誘おうかと思った」
「どんな風の吹き回しだ。いつもなら取り上げようとするくせに」
1つ食べて味をしめたのか。

「まあ、行こうじゃないか」
連れだって歩き始めると柾が「今更だけどさあ」と切り出した。

「オレには把握できない勉強をしているなあと思って。混沌としている気はするけど、やりたいことは分かる、ショップのディスプレーを任されるのとか誇りがある仕事だろう。実際、ショップで服を買う時にマネキンを見るもんな、売り上げに貢献する仕事だと領会する」

売り上げとかは別に。
遣り甲斐を感じたいだけなんだが、買い被りだろう。

「おまえは遠くへ行くのかなあ、」
「どうかしたか、柾」

「白い雲が湊の頭上にあるよ、まるで王冠だ。望むのはそれなのかな」
「君の上にもあるだろう? 頂きが」
取り留めのない会話だなと思いながら歩道を連れだって歩くが。

「おまえと一緒に観た映画、覚えてる?」
「ああ、初めて見た映画だ。甘味を作りながら自分の心を慰める話で内容が濃かった」
「途中で寝なかったか?」
「そうかも」
ショップでレンタルして、君の部屋で観たんだった。
その映画を進めたのは柾だ。
解説を見たら<心にぽっかり穴が空いた人>とあったな、なにかが引っかかる。






「ドーナツとか、甘味を食べるよなあ、幾ら忠告してもきかない。余程、脳が疲労してるんだろう、程ほどにな」
どうかしたのか。
「押しつけられた生徒会の役員と、選んだカラーコーディネーターの資格の勉強の事だよ。心労を与えていないか懸念している」

心配してくれていたのか。

「湊の誕生日だって一番最初に覚えたんだ。なにもあげてないけどな」
「そうだな、俺もあげてないけど」
互いに『おめでとう』は祝い合うな。
しかし、如何した、急に。

「後輩を見ながら気づいたよ。次にこの桜の花弁が舞う季節に成ったら、おまえの傍にオレはいないんだなあと、ようやく分かった。進路が違うから」

そうだな、もうこの季節を一緒に過ごせないのか。
拠り所ないじゃないか。向かう進路が違うんだ。
……そういえば、相談しなかったな。
柾の横顔を打ち見して空を仰いだ。

夕焼け空は綺麗なものだ。
西の空へ太陽が沈むときに最大の光を放つよう、水色と紫がかった雲の色に黄金色の光が差し込む。
絵画では空の色が表現がしづらいと聞いた事がある、青い色は個人の解釈で見極めるかららしい。
例えば青い色にも昔から彩度により名称がつけられている、紫を帯びた上品な青色を紺青色・そしてこの春の薄い青い空を天色(あまいろ)。
写真が尊ばれるのは自分が見た空の色を探すからかもしれない。心に響く美しい色を探すんだ。

そうだ、俺はいつも、遠くにある美しいものを追い掛けている。
モデルが立ち上げたブランド。風に舞う花弁。
憧れて眺めて、そんな想いは花弁のように踊って流離うんだろう、俺はまだ世間知らずで青いから。

「オレは日頃、文句を言いながらも熟していくおまえを見ながら空を仰いで祈りを託していた。空って季節ごとに色が変わるけど、そんな移り行く空も湊のおかげで感じ取れた。そして互いに大人びてきたよ、でも青い想いを委ねたんだ」

らしくない話だなと聞いていたら「この曲がり角」と柾が指さした。児童公園が見えるが?

「この雲の上に神様がおられるのなら『どうか、湊の事だけはお願いします』と願っていたんだ。おまえの想いが報われてほしいから」

黒いローファーが歩みを止めた。
公園の四方を埋めるように植えられたソメイヨシノが、低気圧の影響を受けて急速に天候が悪化するメイストーム・春の嵐に煽られて大振りの枝を撓らせる、まるで人の腕が招くよう。
揺れる淡い色の花弁が幾重にも重なり重たげな細い枝、それを照らし出す街頭。
誰もいない公園の遊具は寂しげだが柾の背筋はぴんと張りつめていた。ゆるぎない気持ちが溢れている。






不意に、柾の振り返る様に凛々しい男の姿を見て怯んだ、君はこんなに大人の顔をするのか。
そして背中に背負うのは春の嵐に巻き込まれて、唸り声を上げるように激しく舞う花吹雪。
強い風に乱されて揺れる髪、ウールと綿とポリエステルを混紡した制服は1.5キロあるのに、容易く裾が翻るしシルバーのボタンが震えている。
ボトムも靡いて柾の体格が如実に読み取れる。
しかし足元は地面を踏みつけ微動だにしない。まるで生きざまを彷彿とさせてくれる。
美しく気高いと感じて見惚れた。
風を操る者なのかな、台風より広範囲に被害を及ぼす春の嵐に毅然とした姿は雄々しい。

「神様にお願いばかりだから、全然、本人には通じないよな。元からおまえには穴が開いているし」

柾が苦笑いを浮かべる。
ぼんやりしすぎたか。
思い出した、『遠くのバラより近くのたんぽぽ』これは俺の事か? 世話を焼いて、明らかに大事にしてくれているけどそうなのか。
普通、神様に他人の事までお願いするだろうか、自分の事で手いっぱいの人が多いだろう。
幸せに成りたいと願うだろう。
それなのに君は。
真心ってこういうものか、俺は見落としている。こんなに儚く大事な気持ちを。
ドーナツの欠片を誤って踏むように、踏みにじったかもしれないんだ。心が砕かれた。

「花開いて幸せに成ってほしい、そのときも傍にいたいんだ。ずっと誰より湊を想ってきた、その自信はある。おまえに誇れたものじゃないだろうけど」

花弁がどこからか漂ってきた、この追い風は切なく物悲しい。
乾いた香りがする。
柾が真剣な眼差しに成り、意を決したかのように見える。

「言えなくなる前に、嘘偽りない想いを言うよ」
「なに、どうした」
招くように指を軽く曲げた掌を差し出された。
その指先に舞い降りた花弁が1枚、

「湊が好きだから」





突然告白されて戸惑ったが、俺の傍には柾しかいなかったし、いつも世話を焼いてくれていた。
追い風に煽られて、目が覚めた。
穴の開いたドーナツに恋心というクリームが注がれて穴のないまん丸の形状だ。

零したくない想いと散らせたくない気持ちがある。大事な真心もある。
そうか、穴が空いていたよ。風がいつも吹き抜けていたからな。
恋なんて見向きもせずに耳も傾けず駆け抜けたんだ、ようやく分かったよ。
手を繋ぎ、ぎゅっと力強く握った。
「ありがとう。これからも傍にいてくれ」
「湊は頂きを目指せばいいじゃないか。野望を持つ男の羽ばたきに追い風を送ってやるよ、オレは元々世話焼きだ」

君は矢張り、風を纏う者なんだろう。
神様のお使いという言葉を以前、耳にしたが成程、実在したのかもしれない。
花吹雪と春の嵐に煽られながら毅然とした男の様は初見だった。
君にも背中に羽があるだろうに、自分は羽ばたこうとせずに俺に風を送るなんて。

柾が人を導く者は人格者・完成品を求められると続けた。
しかし、それも一方向の見方であり、誰かが行いを咎めたり補佐しないと自分を見失う。
嘗ての政権者の名を挙げられて、さて、自分は何者に成りたいのかと思う。
王冠を戴く事とは容易くない。それでも邁進したいと話せば「そう言うと思った」理解者がいてくれて良かった。

「柾、君が必要だ。大事に思う」
口を突いて出た言葉に、柾が「引くて数多な湊、友人の枠を越えて対局を見据えて実行しろ、掌理した。未来は人を統括するおまえを主導できるのはオレだけだ。自惚れじゃないと悟ったからな」

胸元の王冠が間近に見えた。
ここにあったのか、俺の被りたくて焦がれた輝く頂きが。天色なんて青い俺にさぞ似合うだろう。






「俺はこの先も隣にいるのが柾でなければだめだ。君に好意があるよ、だから髪も触らせたんだと思う」
「ありがとう、進路は違えど湊の傍から離れずにいるし、……青い時期に踏ん切りをつけないと、ここで引き下がったら桜のように散り際が美しいだけに成るよなあ」

急に手を引き寄せられてスクールバッグが肩から落ちた。
柾の体とぶつかり合い、反動で前のめりに成ったのでローファーから踵が脱げてしまい、多分白いソックスが露わだ。
これを脱ぐのは卒業証書を貰う式ではなくて青い時期を終える時だ。
俺が羽ばたくなら君が連れ出すんだな。
「前線の通過時には激しい雨や季節外れの雪が降るんだと授業で習ったよな、高校か中学か忘れたけどよう、そうだな。おまえをこのまま抱きしめて守るのもありだろうけど」
追い風に煽られて桜の花弁が舞い踊るように散り急ぐ。
柾の髪や肩に降り注ぐ白い花弁は王冠を塞がないで避けている。
「湊の髪に桜の花弁が冠みたいに被さって綺麗なものだ。しかしそれでは春の嵐に吹き飛ばされて儚く終わる、そうはさせん」

王冠なら君の胸元にもある。いつか本物を被って君に誇ろう。

「このまま恋を終わらせる積りはない」



おわり

ありがとうございました

柊リンゴ

青い時代の「青」「色」高い位置を目指したい「青さ」その象徴に「王冠」を重ねました
青さは書き手の柊リンゴそのものです
成長したく足掻きます
宜しくお願いします





しおり