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白群の空に淡い色の花弁が舞い踊り、窓を開けると温かい風が誘うように香るので身を乗り出した。
掴めそうな気がしたのに、澄んだ水色の空は果てしなく遠い頂き。
背中に羽があれば届くのか。この高校を卒業したら羽ばたけるのだろうか、あの空の彼方へ舞えるのか。
『ん? 騒がしい』
祭りばやしに似た喧騒に気づいて見下ろしたら、日差しに輝く真新しい制服姿の集団だ。
憧憬に似た感情を思い起こす。
「こっちを見上げてる」
窓辺に凭れながら身を捩ると容易くその視線を受け止めてしまう。
矢張り、1年生だろう、身に纏う制服が体格より大きめのサイズでゆとりがあるし、肩に掛けたスクールバッグは折り目が残っている。
この3階の校舎からは豆粒のようだが読み取れる表情も幼く、まだ中学生と言っても通じそう。
「湊(みなと)がそんなに興味を持つのか。どれ、」
隣にいた友人の柾(まさき)が身を乗り出した。
「ほら。あの黒い髪の」
「珍しいんだろ、校内で顔が広いおまえさんが顔を覗かせるからよう。何たって入学式でスピーチしたもんなあ、生徒会役員は春休みが束の間だ」

春一番に似た強い風が吹きつけ、校庭の桜の枝が撓り、花弁を散らせて踊り狂わせる。
俺の前髪も乱されている。向かい風か、いいようにされてしまうんだな。

「ふうん。湊やオレ達にもあんな頃があったんだな。先行きに不安と期待を胸に抱く青い時期か、しかし自分で選んだ進路だから」
「まあな」
この先の俺たちも大学や就職、どこかへ向かう訳だが。

「おい、湊。今気づいたのを詫びよう。おまえの束状の髪が風に弄ばれて舞い踊る花火のそれだ。油で汚れた手では触れまい、髪を直すのは勿論、緩んだネクタイを結び直すのも友人のオレの役目らしいが、」
柾が「顎は天井へ向けろ」と俺の空色のネクタイを直してくれた。背丈が同じだと助かる。
「慣れたものだな、ありがとう」
制服の、青緑色のジャケットと刺繍されたエンブレム代わりの王冠にも見慣れたが、友人の柾の気配りには慣れてはならないと思いつつ、無意識に頼っているな。

「礼はいいよ、だが敢えて言おう。おまえが眺めるから後輩が見上げるんだ」
柾が顔を上げて背筋を正すので唖然とした。
「へ?」

「器量よしで生徒会役員を担う先輩がドーナツを食べながら自分を見てると気づけば、誰でも違和感を覚えて凝視するだろう」
「そう?」
「指さすぞ! 湊め、口を拭け! 天ぷら食べた後みたいな唇を見せるなあほう! 生徒会役員が聴いて呆れるぞ、オレはいつまでおまえの面倒を見る役目なんだ」
恫喝ばかりだろうが。






「湊の存在は、オレと違って誰もが気にも留めない訳じゃないんだからなあ」
単に生徒会の役員だからだろう。
「うちの校則が緩くて良かったんだろうか、前髪重めでほつれ束のジャイロショートなんて髪型は似合うが、おまえは元々人目を惹く容姿だから花を添えた。何事も善し悪しか」
どうなんだろう、教師に注意はされていないから。

「湊が1年生から早々に生徒会役員に抜擢されたのは、中学時代の学歴で担任教師から推薦されたせいだけど、3年生まで歴任しているのは稀らしい。どうも華々しい器量からカリスマ性が求められているな」
「カリスマ?」
聞き返すと「身近にいれば抜けた性格だからカリスマではないと分かるが、隣の芝生は青いっていうもんな、自分にないものを持っているから憧れるんだろう」
お? 英語の諺か、柾は得意科目だったかな。

「遠くのバラより近くのたんぽぽって聞かないか、湊」
「なにそれ」
「身近にあるものを大事にしろって意味だよ。オレの座右の銘」

柾に窓を閉められた。今度は廊下に面した窓からの追い風が背中を撫でるようだ。

心地よく、今にも羽ばたけそうな気持がする。
そうなんだ、あと1年もしないうちにこの高校を卒業するのか。

窓ガラス越しに見ると春らしい薄花色の空に白い花弁が風に舞い踊り、こちら側に触ろうとするよう。
高校生活で生徒会や校則に縛られて足掻きながら、踊らされる青い日々も終わるんだ。

「湊はいつまで子供なんだよ、甘味は糖度の吸収が早いから血糖値が急上昇して、腹が膨れた錯覚をするよな、そうやって誤魔化しているんだろう」
「は?」
柾にドーナツを取り上げられた。
「床に欠片を零すんじゃない、掃除の手間が増えるだろう。しかも誤って踏んだら上履き用の白いスニーカーの底も無残だ。被害が尋常ではないぞ、もう看過しない! 普通にごはんを食べろ!」
君が怒りの感情を急上昇しているんだろう。
しかし、よく世話を焼いてくれる友人だ。



午後は眠くなるんだと愚痴れば甘味を食べなければいいと圧してくる。
生徒会の役員会議は煩わしいと言えば「やめちまえ」、容赦がない。
「再度注意する、湊。ティッシュを口で挟むな、懐紙の積りで咥えるか。どこの花魁だ。遊女かあ? 友人として頸木する。安売り厳禁、貞操を守ろう!」
よく中学で習った日本史を覚えてるもんだ。廓なんて担当教師も飛ばしただろう。
「喧しい! 貴重な昼休みに勉強させてくれ」
俺はカラーコーディネーターに成りたくて、独学で勉強して資格を取ろうと思っている。
きっかけはこの高校の制服だ。
この有名カリスマモデルが立ち上げたブランドが手掛けたと聞く、青緑色のブレザーに空色のネクタイを締めるのもあと10か月足らず。
胸元のクラウンの刺繍がブランドイメージらしいが、これに誇れるような生きざまでありたい。
「日頃から思うが。独学で取得可能なのかな、どこぞのショップでバイトして実習した方が頭に入らないか」
あれ、危惧してくれるのか。

カラーコーディネーターはホテルやレストランのインテリアや、アパレル関連のディスプレイを担当して色彩や配色について助言を行う専門家だ。
高校の制服の色合いが実に特殊で個性的だと思うと同時に、モデルがブランドを立ち上げたという経緯に興味を持ち、自分も提案できる立場に成りたいと願い始めた。
生徒会役員は押し付けだったが、自分自身のやり方で上を目指したい。
モデルのようにクラウンを被りたい。一流の者に成りたいんだ。

「光と色の物理学に色の測定に関する色測学、人間の目の構造に関する生理学の知識を問われて、合格してもまだ3級だからな」
「今、おまえが何を言ったかさっぱり分からん」
柾が俺から取り上げたドーナツを食べ始めた。
「理解するのはこの味くらい。あと、穴が開いているって事だなあ」
「誰が見てもドーナツには穴が開いてるよ」

物理学は自然科学の一分野だけど、数学との関連が強いから学生のうちに学んだ方が早い。
頭に入ると思うんだ。
しかし、色測学は色彩検定を受けないと独学では限界を感じる。
通信教育に踏み切った方がよさそうだな。
3級なら在宅受験が可能だし、ん? スマホで検索したら費用が51000円。結構、費用がかさむなあ。

「熱心だな、そういう所があるからつき合いが長いんだ。中学から一緒だもんなあ。しかし、本当に穴あきだよ。いつまで眺めていたら気づくんだ」




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