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夢への手がかり -2

 答えの出ない疑問が頭を駆け巡り疲弊(ひへい)しきったキノは、明け方ようやく微睡(まどろ)んだ。



      ★★★

 浩司の声が聞こえる。

「…俺のために死ねるのか?」

「死ねるよ」

 間髪入れずに希由香が答える。その目は浩司を見つめている。
 黒ではなく闇の色をした(ひとみ)。希由香の言葉に、思いに、浩司が感じているのは、喜びでも恐怖でもない。その()は、どうしようもないほどの悲しみを(たた)えている。キノにはそう見えた。

      ★★★



 翌日の昼の休憩時間に、キノは友理に電話をかけた。

 明日、明後日と休みなので都合がつくなら話したいと言うキノに、湶樹(せんじゅ)の話が何だったのか簡単でいいから今教えてと、友理は譲らない。

 キノがおおまかに話し終えると、信じられないという口調で友理が言った。

「それを…信じたの?」

「うん。湶樹(せんじゅ)ちゃんの話は本当だよ」

 キノの落ち着いたその言葉に、友理がためらいながら言う。

「きみの、夢の話は信じてるよ。何か意味があるのかもって言うのもわかる。でも、ほかの世界がどうこうって言うのは…彼女の妄想じゃないの?」

「じゃあ、どうして私に話すと思う? 十数年ぶりにわざわざ訪ねて来てまで…。信じられないって言うのはわかるよ。私だってわからないことだらけ。でも、あの夢の意味がわかるかもしれない。私、どうしても知りたいの」

「…わかった。とにかく会って詳しく聞くよ。あさっての午後でいい?」

「ありがとう」

 閉じた携帯電話を見つめ、キノはしばらくの間ぼうっとしていた。

 湶樹(せんじゅ)ちゃんの話の真偽をちらとも疑わない私が、おかしいの? ずっと、あの夢には何か意味があるって思ってた。夢が、もうひとつの世界や重要な石とかかわりがあるって聞いた時…探してた扉を、やっと見つけたような感じだった。どこかはわからないけど、行くべきところへ向かう扉…その鍵は、きっと自分が持ってる気がする…。
 
手元で鳴るアラームが休憩時間の終わる5分前を告げ、キノは売り場へと向かう。
 すれ違う人々。この世界の人間達。世界がひとつではないと言われそれを信じられる者が、この中に何人いるのだろう。



 あと1時間。
 睡眠不足に加え精神の緊張過多でクラクラする頭を抱え、キノは黙々と商品整理をしながら閉店時刻を待つ。

「お先に!」

 帰り際の美紅が、キノに声をかけた。いつもより気合いの入ったオシャレをしている。

「合コン、今日だっけ?」

「キノも来ればいいのに」

「私は、今はいいの」

「夢の彼に似た人に会えるかもよ」

「…美紅の幸運を祈っとくよ」

 笑顔を作り、キノは手を振った。
 キノが今も夢を見続けているのを美紅は知らない。友人とは言え、キノにとってあの夢は、気軽に話せる(たぐ)いのものではなくなっていた。ましてや別の世界があるらしいなどとは尚更(なおさら)だった。
 人気の少なくなった店内で、キノの思考は再度夢へと向かう。

 私の見てる夢が、湶樹(せんじゅ)ちゃんの言う石に関係があるとすると…あの二人が石を知ってるってこと? もし二人が実在するなら、直接聞けるはず。それに、記憶を刺激してるって言ってたけど、あれは私の記憶なの? キユカのじゃなく? わからない…。

 閉店のアナウンスが流れ始める。キノは重い頭を現実に戻し、店を閉める準備に取りかった。



 部屋に帰り着いたキノはシャワーを浴び、食事もそこそこにベッドへと倒れ込んだ。

 今日はもう寝よう。明日考える。湶樹(せんじゅ)ちゃんの話も、キユカのことも。でも、夢見ちゃうかな。コウジ…。

 キノの神経は、休息を欲していた。全てを忘れ、ただ泥のように眠りたかった。その一方で、夢の解明を性急に望む自分がいる。運命の導く先へと駆り立てる何かが、キノの中にいる。

 目的の地へ辿り着いた時、キノは何を知ることになるのか。そして、それはキノに何を強いるのだろうか。



 目を閉じてから、ほんの一瞬に思えた。キノは重い(まぶた)()じ開け、今いる場所が間違いなく自分の部屋であることを確認する。

 壁に()かった赤い絵と紫の絵。背の低い白木のタンスに置かれた銀色のステレオ。焦げ茶の本棚に並ぶ色とりどりの本。その全てを淡く染める、鈍いオレンジの灯り。

 何の夢も…見なかった?

 キノは目を(こす)りながら時計を見る。二つの針はぴったりと重なり、その先端を真上に向けていた。

 12時? 昼? のわけないか。外、真っ暗だし…。まだ、2時間しか寝てない。明日休みなんだから、いっぱい寝とかなきゃ。こんなに眠いのに、何で起きちゃったんだろう…。

 キノは寝返りを打って目を閉じた。その目がすぐに開かれる。眠りに入り込もうとした頭も心も、呼吸さえもその動きを止めてしまったかのように、ただ呆然とある一点だけを見つめる。

 ベッドの枕から部屋の対角線上にある、キッチンへのドア。そこに何かがいる。閉じる前の視界の端に映り込んだぼやけた輪郭が、見開かれたキノの目の前で人の形になり、その()がキノの視線とぶつかった。

 夢じゃないって、思ったのに…。

 それは静かにキノの方へと移動し、硬直したまま身動きひとつできずにいるキノの頭上に手を(かざ)した。

「眠ってください」
 そう(ささや)きながら、その指先をキノの額にそっとあてる。
 キノの視界が暗くなる。不自然な速さで意識が遠のいて行く。音にならずに消えた、震える呼び声とともに。

 コウ…ジ…。

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