26 SS31-1
僕のお父さんは怒りっぽい。いつも怒ってばかりで、家のどこにいても怒られた。
「生まれてきやがって……。」
と言われたこともあるけれど、お母さんに会ったことは無い。お父さんが寝言で漏らす名前が色々あるから、どれがお母さんの名前かは知らない。
「いてて……。」
お父さんに叩かれた左耳がキーンとする。ずっと鳴っているけれど、このキーンって音は何なんだろう。何日か経ってるのに無くならないし、左側の音が聞こえにくくなってきてる。真っすぐ歩いてるつもりなのに左側に寄っちゃうし、何とかならないかなぁ。
「おい、アルフ、どこだ?」
「何?」
「早く来い。」
夕方帰ってきたお父さんが僕を呼んだ。どこに行くんだろう。朝から畑仕事を手伝ってたから、体中が痛いし眠いのに……。
家の外に出ると、村の中央に向かう父の背中を追う。歩幅が違うため、アルフは小走りだ。
村の中央に大小様々な魔石がポロポロ出てくる変な窪地《くぼち》があり、大人に交じって子どもも魔石を採取し、小遣い稼ぎをしている。青い魔石ばかりなので、たまに見つかる白い魔石が行商人さんに売れる。……まぁ、僕が見つけてもお父さんに取り上げられるけど。
「さっさと歩け。」
「はぁ、ふぅ。」
「チッ。」
舌打ちされたぁ。それにしても何の用なんだろ。村の中央が見えてくると、大人たちが集まっていた。お父さんと共に近づいていくと、皆が怖い顔で話し合っていた。僕は手を膝について息を整えようとする。
「すいません、連れてきました。」
「おぉ、来たか。」
「はぁ、はぁ。」
「でも、こいつで大丈夫なんですかね。」
「……今年は不作かもしれんな。」
「はぁ、ふぇ?」
足元を見ていた視線を上げると、大人たちが僕を囲んでいた。皆怖い顔してどうしたんだろ、と思った時、後頭部を誰かに叩かれて地面に倒れてしまった。痛い、目の前がグワングワンする。何かを首に巻かれたみたいで少し息苦しい。
「さっさと縛れ、そろそろだぞ。」
「……よし、行くぞ。」
角材に縛り付けられた僕は、虚ろな意識の中で大人たちが遠ざかっていくのを見ていた。痛い……。
ググッ
不意に視界が揺らいだ。急激な脱力感とともに意識を失い、ガクッと頭を垂れた僕。僕の魔力量なんて高が知れているんだけど、この時の僕にはそんな事分かるわけもなく。
アルフの後ろに大きく口を開けた縦穴は、アルフの魔力が回復するたびに吸い込み気絶させる。
「……ふーん、人族も面白いことをするのね。」
「ぐぅ……うぁっ、くぅ。」
黒いコウモリのような羽を広げたまま、浮遊している女性がいる。朦朧《もうろう》とする意識で何とか助けて、と言いたい。しかし、体に力が入らない。頭を上げる事すら困難だった。
女性は両目を光らせながら、アルフの近くに下降してくる。面白いオモチャを見つけたようで、口元が歪んでいた。
「このくらいなら近づいても良いかしらね。まさか人族が、子どもを使って育てるとはね……。どんなのが育つのかしら。フフッ。」
「っは、助けぇっ……。」
「あらあら、騒いだら余計に吸うでしょうに。フフッ。」
ゴゴッ
「ぇ? ぐっ!?」
新たな獲物を見つけた縦穴は穴を少し広げ、女性を今まで以上の強さで吸い込む。女性の羽や服、装飾品から魔力が失われていく。急いで範囲外に離れようと女性も拮抗《きっこう》するが、急激な脱力感に襲われ地面に落下してしまう。アルフは急激な風に当てられ、角材に押し付けられている。
しばらくしてアルフが起きると、目の前に女性が仰向けで倒れていた。見たことのない恰好《かっこう》だった。態勢をうつ伏せに変え、這《は》いずって移動しようとしていた。
「……ぅぁ? あ、お姉さん大丈夫!?」
「くっ、離れないと……。」
全然聞いてないや。ん? 何だろう、地面に変な模様がある。よだれを拭きたいけれど、手が動かないからどうしようもない。頭を動かして地面の模様を辿っていく。
「お姉さんのところまで伸びているけど、どこから……穴?」
あんな穴、朝には無かった。いつできたんだろう。大人たちが掘ったのかな。あ、模様が光り始めた。
「……ぐぅ。」
「え? お姉さん! 寝ちゃった? どうなってるんだろ。」
そんな事を考えていると。
ググッ
「ま、またぁ……ぅぅ。」
誰か、誰でも良いから助けて。アルフは吸い込み始めた穴を見ながら願い、気を失った。