結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊵
クリアリーブル集会 広場
「・・・何だよ、夜月」
今ここに残っているのは、数人のクリアリーブルと数人の結黄賊だけ。
先刻までは数えられないくらいの人がこの場に集められていたが、皆は無事に避難し残りはこの人数だけとなった。
今からクリアリーブルのアジトへ向かおうとしている男を呼び止めた夜月は、相手を見据えながら落ち着いたトーンで一つのことを尋ねる。
「どうして・・・そんなに結黄賊を嫌うんだ?」
その問いに対し、呆れ口調でこう答えた。
「その理由、真宮から聞かなかったのか?」
「聞いた。 俺たちがいるとクリーブルは目立たなくなって、目障りだからって」
「あぁ、その通りだ」
淡々とした口調で言い放つ男に、更に言葉を紡ぎ出す。
「でも今日を見て分かっただろ。 俺たちは最初からこのクリーブル集会は怪しいと見ていた。 それで俺たちはリーダーの命令で、ここへと駆け付けたんだ。
これから大きな事件が起きないように。 そして、クリーブルの人々を守るために。 だからこういうことをする俺たちは、お前らが思うような悪いチームじゃねぇ」
ハッキリとした口調で発言し終えた夜月は、黙って次の言葉を待った。 だが男は、思ってもみなかったことを口にし始める。
「・・・そこが気に入らないんだよ」
「・・・は?」
そして、夜月に続くよう静かに言葉を紡ぎ出した。
「お前らは立川の人々、クリーブルを助けようと思ってここへ来たのかもしれないが、結局は俺たちクリーブルに手を出したじゃねぇか」
「なッ・・・」
「お前らのことは噂で聞いている。 いくら相手を無傷のまま無力化するからといって、躊躇いもなく人に手を出す奴らが正義のヒーローぶってんじゃねぇよ。 そこが気に入らねぇ」
「・・・どういう意味だよ」
なおも相手を見据えながら、静かに尋ねた。 そしてここから、夜月の心境が次第に変化していくことになる。
自分が経験した、過去の出来事と――――重なり合ったせいで。
その問いに、男も同様静かな口調で語り出す。
「俺たちクリーブルは、お前らのことをこうとしか思えないんだ。
立川の人には手を出したくない、喧嘩には巻き込みたくないといっていながらも・・・結局は俺たち、立川の人々に手を出している」
「・・・」
夜月はまだ、何も思っていない。
「立川の人々を守るために、立川の人である俺たちクリーブルの複数に手を出した。 おかしいだろ」
「・・・」
まだ――――思っていない。
「つまり、お前らは“立川の人々にいいように思われたい”だけだ」
「ッ・・・。 それ、って・・・」
次に放つ言葉を先に予測した夜月は、思うように身体が動かなくなり呼吸もままならなくなる。 そして男はそんな夜月のことを見据えながら、低い声でその先の言葉を綴り出した。
「簡単に言うと、お前らのリーダーは悪い奴らには簡単に手を出して、暴力で解決しようとしている。
それを終えて、立川の人に“俺たちは偉いだろ”と見栄を張っているようにも見える。 でもその反対に、お前らの暴力の被害を受けている奴らもたくさんいるんだぞ。
ソイツらの気持ちを考えたことはあるのか?」
「・・・」
「ソイツらにとっちゃ、そんなやり方をする結黄賊が許せないんだよ。 “人を巻き込むな、手を出すな”って言っている奴らに、自分がやられるなんて・・・な」
「ッ・・・」
ここで男は、夜月の心をもっとも動かす一言を――――静かに言い放った。
「まぁ一言で言うと・・・お前ら結黄賊のリーダーは、ただの“偽善者”だ」
「偽善、者・・・」
その一言を聞いた瞬間、夜月の心の中にある何かが崩れ始める。
「リンチをしている人や俺たちみたいな輩に、簡単に手を出しちゃ駄目だ。 “人を巻き込むな、手を出すな”って言う前に、まずはお前らがそれを気を付けろよ。
話し合いで解決、とかでもできるだろ。
ちなみに今日も、俺らの仲間が別の場所に呼んだ結黄賊のリーダーとは、話し合いだけで終わらせる予定なんだが・・・お前らのリーダーのことだから、どうかな。
本当にリーダーが俺の言った通りだったら、今頃は自らクリーブルに・・・手を出しているのかもしれないな」
「・・・」
―――ユイが・・・偽善者。
夜月の心、頭には、小学生の頃の記憶が次第に蘇ってくる。 その時に自ら友達に放った、ある一言。
『色折は偽善者だ!』
この言葉を放ったのは、間違いなく――――夜月だった。 そして男は、更に追い詰める。
「夜月。 お前だってそう思うだろ? 結黄賊のリーダーがやっていることは間違っている。 これじゃあ人に簡単に手を出す、俺たちと一緒じゃないか。
だから、リーダーは偽善者なんだって」
「夜月! その男の言う言葉は聞いちゃ駄目だ! ユイは偽善者なんかじゃない!」
突如後ろから聞こえる、仲間である北野の声。 そう――――実際この男の発言は、全て本心からではなかった。 全て、口から出まかせを言っているだけ。
夜月の意志をクリアリーブルの方へ向けさせるためだけに、適当なことを言っているのだった。
だが男が発したその言葉は――――運悪く、夜月の過去と見事に当てはまってしまったのだ。 だから北野からの大事な言葉も、この時の夜月には届いていない。
「まぁ・・・俺たちが今まで、お前らに手を出してきちまったのはあれだ」
苦笑しながら、クリアリーブルの男は言葉を続ける。 この場にいる夜月以外の者は、聞き苦しい言い訳にしか聞こえなかったのだが――――
「人に怪我をさせて、病院送りにさせて・・・その苦しさを、お前らに分かってほしかったんだよ。 だから喧嘩の怖さを知ってもらって、お前らには喧嘩を止めてほしかった。
それだけだ」
「・・・」
「夜月! もう話は聞くな!」
そう言われるも夜月だけは、その言葉を信じてしまっていた。 といっても、この時の夜月は――――彼の発言を、全て鵜呑みできる状態になっていたのだ。
いや――――鵜呑みせざるを得なかった。 これも全て、男の口から発せられた出まかせのせい。
―――そうか・・・やっぱり、ユイは偽善者だったのか。
―――ユイは偽善者だと、最初から思ってはいたけど・・・。
―――いやでも・・・それはもう、割り切っていたのに・・・!
そして更に、夜月を追い詰める。
「夜月。 お前も来いよ。 お前は最初、俺たちに手を出しにきたんじゃなくて交渉をしにきたよな。 だからお前なら分かってくれると思ったんだ。
これからは喧嘩とは無縁な生活を・・・俺たちと一緒に送ろうぜ?」
夜月は――――男のその言葉に、無意識で頷いてしまっていた。 もう既にこの時の夜月は、正気ではなくなっている。
また、結人を大切に思うような気持ちも――――なくなっていた。
「夜月・・・」
その光景を見て、仲間である結黄賊は何も言えなくなる。 クリアリーブルの男は、視線を夜月から残りの結黄賊に向けた。
そして夜月を見据えた時と同じような目をしながら、静かに口を開く。
「お前らも、俺たちと一緒に来るか?」