結人の誕生日とクリアリーブル事件2㉛
路地裏
ここでは――――一方的な喧嘩が、今もなお繰り広げられていた。
「この野郎ーッ!」
―ドガッ。
―――くそッ、どうして効かない!
未来は目の前の男に何度も殴りかかるが、相手はビクともせずこの場に倒れようとしない。 こちらからの攻撃は全て――――命中しているというのに。
―――何なんだよ、コイツ・・・!
ここで未来は、二つの疑問が突如脳裏を過る。
―――どうして・・・コイツは、俺の攻撃を避けないんだ?
―――どうして・・・俺に、やり返してこないんだよ!
そしてまた、殴る。 殴る。 だが――――結果は、同じだった。
そこで未来は何度も相手に突き出した腫れた拳を少しでも休めるために、喧嘩を止め男に向かってその疑問をぶつけ出す。
「どうしてお前は・・・俺に、やり返してこないんだ?」
未来よりもはるかに背が高い男に、少し見上げながら尋ねた。 その問いに対し、顔に何一つ傷を負っていない彼は無表情で応えていく。
「どうしてって・・・。 そりゃあ、お前には興味がないからに決まってんだろ」
「興味・・・?」
―――興味って、何だよ・・・気持ち悪いな。
相手の言っていることが理解できず口を噤むと、今度は男から未来に質問をぶつけ出した。
「お前はどうして俺に喧嘩を売りにきた?」
「・・・」
そう聞かれても『お姉さんに言われたから』なんていう答えは未来の口からは言えなかった。 答えたとしても、どうせ信じてくれないだろうと思ったから。
「お前・・・俺のことを知っていて、喧嘩を売ったな?」
「は・・・?」
―――いや、お前のことなんて全然知らねぇよ。
男は呟き、独り言を言いながら一人考え始める。
「俺はたまにしか立川には来ねぇ・・・。 立川の知り合いとなると、同じ職場にいる奴らか・・・」
「・・・」
―――何を言ってんだ?
―――コイツ。
そして彼は、未来でもよく知っている一人の少女の名を――――何食わぬ顔で口から吐き出した。
「ソイツらでもないとなると・・・藍梨ちゃんか・・・」
「ッ・・・!?」
―――・・・アイリ?
その名に思わず反応してしまうと、男は睨み付け問い詰めてくる。
「? お前は、藍梨ちゃん繋がりか? 藍梨ちゃんと知り合いなのか?」
「アイリちゃんって・・・どこのアイリちゃんだよ」
平然を装いながらも、震えた声で返事をした。 恐怖に怯える未来とは反対に、彼は淡々とした口調で言葉を綴り出す。
「ええっと、誰だっけなぁ・・・。 ほら、あの茶髪でピアスをしている高校生の・・・。 あー、し、し・・・色折・・・だっけか?」
「・・・ッ!」
結人の名にも反応した未来は、思わず男に向かって声を張り上げた。
「おい、どうしてユイのことを知っているだ!」
―――どうして、どうしてこんなところでユイと藍梨さんの名前が出てくるんだよ・・・!
その反応を見た彼は、何かを確信したかのように小さくニヤリと笑い、言葉を紡ぎ出す。
「そうか・・・。 お前は藍梨ちゃんの知り合いかぁ・・・」
「だったら・・・何だって言うんだよ」
不審な目で相手を見据えながら言うと、男は左手で右腕の袖をサッと捲り――――次の一言を放った直後、未来に向かって殴りかかってきた。
「だったらお前に・・・興味がある」
「ッ!」
少し油断をしていた未来は、突然の攻撃を避け切れず見事にそのパンチを受けてしまった。 軽く吹き飛ばされるも、負けじと相手に食らい付く。
男の顔に向かって拳を何度も突き出すが、奴は本気を出したのかその攻撃を全て避け――――次は、相手の番となる。
「ふっ、避けてみやがれッ!」
そう言って、勢いよく未来から見て左の拳を突き出してきた。 避けようと、未来は右へ重心をかけるが――――
「ぐはぁッ!」
未来は相手の攻撃を、またもや食らってしまった。
―――何だよ、今の・・・!
―――確かに今は、相手が右手で攻撃をしようとしてきたから右へ避けたはずなのに!
―――なのにどうして、急に左手なんかが出てくるんだよ!
相手を警戒しつつも、何度も殴り、蹴り続ける。 そして今度は男が、未来を蹴り飛ばそうと左足を上げ――――
―――次は蹴りか。
―――だったら後ろへ避けるまでだ!
そう思い、すぐさま重心を後ろへかけその蹴りを避けようとする。 だが――――またもや未来は、蹴りではなく相手の拳によって頬を殴られた。
「うぁッ!」
―――意味が・・・意味が分かんねぇ!
―――今のは蹴りを入れるんじゃなかったのかよ!?
そう――――今未来が相手をしている男は、予測不可能な動きをする者だった。 もっと言うならば、相手には“重心”というものが存在しない。
―――そんなことって、あり得るのか・・・!?
重たい身体を無理に起こさせ、独り言のように小さな声で呟いた。
「お前は一体・・・何なんだよ」
「あ?」
男はどうやら質問が聞き取れたようで、その問いに対し――――ニヤリと嘲笑うような顔をしながら、自分の名を堂々と名乗った。
その名を聞いた瞬間――――未来は絶望的な感覚を味わったのは、言うまでもない。
「そうだなぁ・・・。 俺は清水海翔・・・とでも、言っておこうか」