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第4話 雪山と思い出と変態メガネ


「何があった?」
「覚えてないの?」

 嘘でしょ?という顔をするフィンに「宿屋をでたところまでは覚えてる」と告げれば「かなり前の話じゃない!」とフィンが呆れた表情を浮かべる。

「フィン、大丈夫か?」
「……あまり大丈夫じゃない」

 カタカタと小刻みに揺れる身体をしっかりと抱きしめながら、記憶を思い返そうとするも、やはり宿屋を出てからの記憶がゴッソリと抜け落ちている。
 元々小柄な身体を寒さでさらに小さくしているフィンの頭に顎を乗せながらとりあえずどうにかしなくては、とちらりと周りを見渡すものの、先ほどと景色は何ら変わり無く、白い冷たいものがキラキラと光り輝き、どこまでも広がっているだけだ。
 何かないのか……何か…マフラーでも、ライターでも、もう暖かければいっそ松明とかでも構わない。

「何か………あ、そか」
「……ハル?」
「フィン、火だ。魔法で火を」
「無理よ」

 俺の言葉を遮るように言ったフィンに「何で?」と問いかければ「やってみた。でも出来なかったの」とフィンは顔をあげることなく沈んだ声で応えた。

「そっか。なぁフィンー?」
「なに」
「前にも、こんなことあったよな」
「……いつ頃?」
「小さい頃、俺とフィンだけで町から出て山で遊んでた時に、思ったよりも奥のほうまで入っちゃってさ。帰り道が分かんなくなって、日が暮れ始めた頃にフィンが泣き出して」
「……あ」
「思い出した?」

 クツクツと笑う俺に対して「確か、父さんに二人して滅茶苦茶怒られたよね」とフィンも思い出したのか、ふふ、と小さな笑い声が聞こえる。

「あの時見た景色も、こんな感じだった」
「うちの町で雪なんて殆ど降らないじゃない」
「違うよ、雪じゃなくて」

 何のこと?と顔をあげたフィンは、訳が分からないという表情を浮かべ俺を見上げる。

「あの時も、俺は、フィンしかいなかったんだよ」
「ハルト……?何言って」
「なぁ、フィン、フィンは俺のこと……」

 見上げたハルトの瞳が、揺れている。
 こういう時のハルトは大体嫌なことを思い出したりしている時で、ぴと、と頬に手を当てれば、ハルトは戸惑うことなく擦り寄ってくる。

「ハル」
「薪木になりそうなの見つけたぞー!」
「……ジャン」
「…………」

 何かを言おうとしていたハルトの言葉は、そこから続くことは、無かった。


「寒くないか?フィン、ハルト」
「ありがとう、ジャン」
「なぁ、ハルトのやつ、一体どうしたんだ?」
「………ちょっとね」

 ジャンが探してきた材料で火を起こし、冷めきった身体を温めていく。
 ジャンが戻ってきてからも、ハルトは一言も言葉を発することなく、私の背中にピッタリとくっついている。
 たまにスリ、と擦り寄ってくるあたり、まだ夢見の悪さが抜けていないらしい。

「……置いていくわけないのに」

 そう呟いた私に、ハルトの腕がぴくりと動くものの、あのあとから暫くは言葉を発することはしなかった。


「で、あの男、何処行ったんだ?」
「……ってゆーかさっきの場所でもなくなってるよね?!」

 身体が暖かくなってきたからか、魔法も使えるようになった私たちは、とりあえず先ほどジャンが歩いた方向へ進むことにし、歩き始めて数分後。
 ここに来た時と同様に、ちょっとした段差を踏み外すのと同じような感覚で先ほどの極寒の地から景色は一変して、宿屋のあった村へと唐突に戻り、目の前を歩いていたジャンの姿がこつ然消えている。

「おや君たちもですか?」

 キョロキョロとあたりを見回していた私たちに声をかけてきたのは、眼鏡をかけ人の良さそうな笑顔を浮かべた背の高い青年だった。

「えっと……?」
「あんた誰」

 首を傾げた私の前にスッと割って入ったのは、先ほどまでずっと黙っていたハルトだが、何をどう勘違いしているのか、ハルトの声はものすごく不機嫌になっている。

「いや、君たちも先ほどの雪原に居たと思ったのですが、違いますかね?」
「いえ、合ってます………って貴方もですか?」
「ええ、多分同じところですね」
「ってことは、あの!私たちのもう一人の連れ、どこにいるか知りませんか?!」

 バッと顔を出した私に、青年の眉がぴくり、と動く。

「多分、連れ、でしたっけ?そう遠くには出てない筈ですよ。まぁ、おおかた、この近くに勇者でも居たんでしょう。貴方たちもソイツ等に巻き込まれたんですよ」

 青年が心底嫌そうな顔をしながら答えた言葉に、私達は揃って首を傾げる。

「何で近くに勇者がいるって思うんですか?」
「は?貴方達、この村の話、聞いてないんですか?」
「………え、何かあるんですか?」
「……………チッ」

 質問に質問で返した私に、目の前の青年は初対面で浮かべていた人の良さそうな笑顔を消し去り、思い切り舌打ちを打った。
 青年の話によると、どうやらこの村近辺には魔王の罠が張られていたらしく、神に認定された勇者が足を踏み入れた時点で、その罠は自動的に発動する仕組みだったらしい。

「……なるほど」

 小さく呟き、チラとハルトを見上げるものの、ハルトは一向に目の前の青年の言っていることは気にしていないらしい。

 また下手な罠が発動する前に村を出たほうが良さそうだと考え、ハルトの横顔から視線を動かした時、ふいに目の前の青年と視線がかちあい、青年の口元がにまりと歪んだ。

「ところで、今のオレの情報と、雪原からの脱出に対してのアンタ達からの報酬は?どれくらいします?」

 私の顔を覗き込むようにしてきた青年と視線が合わさる。

「……報酬、ですか?」
「そ。あぁ、なに、ワタシがタダで教えて、タダであんな寒いところから出してあげたとでも思ってるんですか?」

 そう言った青年の距離が先ほどからまた一歩近づく。

「いえ、別にそうとは言ってない……けど」
「じゃ、早く出してください、報酬」
「すみません……私たち旅に出てまもなくて……高価になりそうなものは何も…」
「親切心で助けたとでも?随分とおめでたい人たちですね?」

 ハッと嘲笑うように言った青年の少し歪んだ表情に言葉が詰まる。
 段々と小さな声になった私とハルトをちらりと眺め、青年がふーんと小さく呟く。

「じゃ、あんたでいいや」
「は?…っうわっ?!」
「フィン!」

 グッと思い切り青年に手を引かれた私の身体は青年と私の間を手でガードをしていたハルトの手を押しのけ、青年の手に抵抗する間もなく、青年の胸板にボスンと体当りするように引き寄せられる。

「一晩抱かせてくれるだけでいいですよ、簡単でしょ?」
「なっ、何言って…?!ちょっ、何して…っ?!」
「てめぇ!フィンを離せ!」

 ススス、と青年の手が腰のあたりから下へと下がっていき、ゾワリとしたものが背中を走る。
 激怒した声のハルトの手がコチラへ伸びるもののバチッと弾けた電気がハルトの身体を直撃して、ハルトが吹き飛ばされる。

「ッ?!」
「ハルト!」
「なんですか、どうせもう抱いてるんでしょ?良いじゃないですか、一晩くらい」
「っざけんな!俺だってまだ!」
「ハルト?!何言ってッ?!」

 ゲホッ、と咳き込みながら起き上がるハルトと青年の二人の会話に耳までもが熱くなり、そんなハルトの言葉に「へぇ」と呟いた青年の口角があがる。

「オレさ、他人の恋人と寝るほうが、そそるんだよね。君も、そうだろ?」

 クツクツ、と笑って私を掴んでいた手を緩めた青年の手をふりほどき、私はそのまま青年の頬を全力で叩いた。

「………痛い」
「最っ低」
「フィン!」

 全力で振りかぶった私の手の痕が、青年の頬にくっきりと浮かびあがる。
 よろけながら駆け寄ってきたハルトが、私を自分の背中へと隠す。
「ハルト、怪我は?」と服を掴みながら聞けば「大丈夫」と低い声だけが返ってくる。

「………痛い」
「は?」
「……痛い、と言ったんです」
「…そりゃぁ」

 全力でビンタしたし、と呟けば「……こんなの」と頬を抑え顔を伏せた青年がとても小さな声を漏らす。

「……おい、アンタ」

 肩を震わせ始めた青年に、ハルトが訝しげな表情をしながら声をかけた時、青年がバッと勢い良く顔をあげた。

「……フィン、あいつ、ヤバイぞ」
「ハルトは人のこと言えないからね?!」

 痴漢同様のことをしてきた青年は、顔をあげてからというものの、私の手形で真っ赤にした頬に手をあて、光悦とした表情を浮かべたまま、「良い。良い。ヤバイ」とブツブツと呟いていて、私とハルトはというと、案の定、そんな目の前の青年、というよりは眼鏡のヤバイ奴の180度変わった態度に若干引きながら彼との距離を保っている。

「ねぇ、ハルト。ジャン探しに行かないと」
「あ、忘れてた」
「ちょっと!大事なパーティメンバーでしょう!」

 ヒソヒソと小さな声で話しあう私達に「キミたち!」と目の前の眼鏡が興奮しながら駆け寄ってくる。

「てめぇ、懲りずにまたっ」
「お前はいいんだよ!彼女!」
「……ひゃっ?!」

 ズザッ、と私の目の前で移動した眼鏡の青年が突如として膝立ちをして、私を見上げる。


「君に、惚れた!」




 ぎゅ、と握りしめたのは、ハルトの服で。
 バッ!と差し出されたのは、青年のスラリとした長い指先と手のひら。

 まるで、お芝居で見た求婚をする時のような格好に、私とハルトは言葉を失い、ただただ、その場に立ち尽くしたのだった。



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