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弟にせがまれて出かけたのは、この街では有名なユニセックスの服のショップだった。値段も手ごろ、流行を追い続ける感じで、18才の僕くらいの年の子は、必ずと言っていいほど着用している。
「服が欲しかったの? お母さんに言えばいいのに」
「違うよ、ああ。居た!」
弟が歓喜する先に、見慣れない黒いスーツ姿のお兄さんが居た。スタッフかな、私服のスタッフに指示を出している。あれ、見た事ないけどな、店長・ではないな。よくレジをしてもらうから知ってる。
背が高い。180はありそう。それにうねりの強いパーマをかけたグレーに薄緑色の髪、何より、うちのお父さんのスーツ姿とは全然違う、細身でタイトな様。顔が見たい、手元のシャツを掴むと「すみません、これを下さい」と呼びかけた。
「ありがとうございます」
見返る様に、ジャケットの裾も揺れた。
やさしい表情、綺麗っていいのかな、女性みたいな穏やかな顔立ち。目が大きくて口が小さい、美人だ。
見上げると、もう目が離せない。モデルかな?
「地区指導、代わります、」
あら、誰か駆けつけて来た。ちくしどう? 変った名前だな。
「いいよ、俺が頼まれたから」とシャツを受け取ってくれた。
「お客様、こちらお会計します。どうぞ」と水先案内人、レジでてきぱきと包むと「もしかして、贈り物ですか?」「え、いいえ」
「ドットのシャツ、男の子が買うのは珍しくて。失礼しました」とほほ笑まれた。
「お似合いですよ、きっと。お客様はかわいらしい。どうぞ、着て街を歩いて下さいね」
渡されたのはショップの袋と、お兄さんの笑顔だった。鼓動が激しい。魅了された。
思わず、首から下げたネームホルダーを凝視した。越後(えちご)。ちくしどうではないな。
「またのご来店を。ありがとうございました」
頭を30度は下げた。その時に髪が揺れた、細い腰、長い足のラインが滑らかで、何とも言えない感激を覚えた。お近づきになりたいと思った。これが、人を慕う・思いだと知った。

帰宅してすぐに母親へ「バイトしていいよね」と声をかけた。
「勉強もちゃんとするなら」と了解を得て、レシートに記載された電話番号を押した。
『お電話ありがとうございます。RPGの越後です』
うわ、ずばり越後さんが出た。落ち着け、冷静に。
「すみません、バイトしたいのですが募集されてますか?」
募集してて、お願い。
『いえ、今はスタッフが足りていますので。生憎ですが』
ああ、そうか。
『……一応、店長に聞いてみますね。お名前は?』
「あ、綿屋(わたや)と申します」
『聞き覚えのある声ですね。もしかして、先程、ドットのシャツを買われたお客様?』
おお!
「はい、越後さんに包んで頂きました」
『分かりました。少々、お待ち下さい』
すごい奇跡だな、声が聞けただけでもいいかな。
人手は足りてるって言われたし、まあ、また会いに行こう。
『お待たせしました。今から、面接に来れますか? 店長が席を外すので、自分が担当します。履歴書を持参して下さい。……書き方とか分かる?』
あれ、いきなり口調が?
『初めてだよね、バイトするの。綿屋くん』
「あ、はい」
『履歴書、手元にある?』
「帰り際に買ったのであります、すぐに記入します」
『顔写真は?』
「何処かでバイトするつもりで居たので、2か月前に撮りました」
『よし、分かった。1時間半後の17時にお店へおいで。俺が面接する。よろしくね』

まじか。

グラスに水滴が流れる。
出されたアイスコーヒーに手を付けずに、ただ緊張して目の前の越後さんの様を凝視した。
初めてのバイトの面接だ。何を聞かれるかは、サイトで検索して予備知識を得た。
万全の体制のつもりだった。だけど、いざ、知らない大人を前にすると怯む。
ここ2分くらい、僕の出した履歴書を眺めている。何か言って欲しい、無言が辛い。
「あのさ、綿屋碧(あお)くん。どうして服屋さんでバイトを希望したのかな」
おおきた。
「はい、僕には弟がいまして、服が大好きなんです。見ていて、かわいい服だなと思って何処で買うのか聞いたら貴店でした。初めてバイトをするなら、何かご縁のあるお店がいいと、それで希望しました」
ふう、疲れた。
「ふうん? 弟さん、可愛い?」
は?
「綿屋くんも可愛いもんね。相当だろう」
「僕は分かりませんが、弟は贔屓目かもしれませんが、可愛いです」
「正直」と吹き出し、「あはは、本当にかわいいなあ」と笑い始めた。
履歴書をテーブルに置いたので改めて正面から顔を見た。げげ。かっこいい。

お店のスタッフは、やはり容姿なんだな、
鼻筋通った男前だけど、何処か穏やかな感じ。ああ、でも視線は光を帯びてる。鋭いかもしれない。
髪型も洒落てるな、後ろ髪を前に寄せたような前髪重めで、全体的に強い捩りのパーマをかけたハードウエーブマッシュだ。芸能人かサロンのスタッフしかしないと思った。実物は初見だ。派手だな。

「で? うちで働きたいのは、もしかして、弟さんに服を買ってあげたいとかかな」
おう、隙を突かれた。
「今、きみが着てる服はうちのじゃないもんね」
しくじったか。
「似合うよ。水色のギンガムチェック。青空の色だ。綿屋碧くんのイメージかな」




「ありがとうございます、でも、大袈裟です」
「可愛いよ。自信持ちな。で、弟さんは毎日着てくれるの? うちの服」
おおう、忘れてた。
「はい。ほぼ毎日。希望した理由はそれもあります。素敵な服を弟にあげたいな、と思いますし、貴店でスタッフになれば、弟の誇れる兄になるかなと期待しています」
肘をついて法づえ、その様で僕を見た。
「弟さん思いもいいけどさ、きみ自身はどうなのかな。きみは、きみしかいないよ。自分の意志で動かないと、この先どうするの。やりたい事をしたほうがいい、悔いの残る生き方は勧めないよ?」

あら、このお店は無理かな。
不採用の空気だ。

「まあ、コーヒー飲んで。ああ、もう溶けちゃったか」
「いえ、頂きます」
「んー、そうだなあ。綿屋くん、バイトは初めてなんだよね」
「はい」
親の許可は貰ったけど、そこは聞かないのか。
経験か、ないからな。
「たまには、こういう接客業も面白いかもね」
あれ?
「言い遅れた。俺はお店のスタッフではなくて、地区指導なんだ」
地区指導?
また聴いたぞ、なにものだ。
「うちのお店が全国展開しているのは知っているよね。ネット通販もしてる。ま、一部だけど」
ああ、知ってる。たまに妹が買ってるな。
コンビニ受け取りにして、親に内証、うまくやってる。しかしお店自体、全国に何店舗あるやら。
こんな有名どころ、やばかったか。

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