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16世紀初頭 ポルトガルにて

「アーニャの夢は何?」
いつ誰にかはわからないが、友人だろうか、聞かれた。
幼いアーニャがどう答えたのか。
今でもはっきり覚えている。

当時、イベリア半島に住むユダヤ人には2種類いた。
ヨーロッパ北中部に住んでいる、言葉の通じない、
ユダヤ人と名乗ってはいるが、その大半は
乞食、物乞い、ゴミ拾い、何とでも形容できるが、
家畜や奴隷以下の扱いをされるものたち。

対して、アフリカ北部とヨーロッパ南岸の地中海沿いに住むもの
アーニャのようにポルトガル王家に帰属する大貴族、
表向きはキリスト教徒を名乗っているが、
誰が見ても、ユダヤ教徒でユダヤ人だ。
褐色の肌で、アラム種のため、見てすぐに判別できる。
ユダヤ人でなければ、イスラム教徒にしか見えない。

十字軍以降、迫害されてきた白人系ユダヤ人がどこから来たかは知らない。
両親も迫害される白人系ユダヤ人を支援する気はあるのだが、
あまりにも文化が違いすぎる。言葉もまともに通じるものが少ない。
大半のセファルディムのユダヤ人は、イスラムを盟友と考えているが、
白人系ユダヤ人にイスラムを友と思うものはほぼいない。

同じユダヤ人にも、戒律を守らず、法も守らないため、冷遇するものも多い。
周囲にキリスト教徒ばかりがいる環境で、そのような思想習慣を持つことは
確かに危険だ。拷問や密告、彼らは疑心暗鬼のあまり、
少し狂った人々だと、アーニャですら思わざるを得なかった。
だが、同じユダヤ人、救うべき者達、好くべき者達だ。

アーニャは元気に答えた。
「みんなをパン屋さんにすることゾ。」

キリスト教社会ではユダヤ人の多くが差別迫害され、
パン屋どころか、靴磨きにすらなれない。
ユダヤ人はみんなそれを知っていた。
まだ幼い、アーニャのような子供でも。

それを聞いたキリスト教徒の友人、
正確にはキリスト教貴族の友人が言った。

「アーニャは馬鹿だなぁ。パンなんて
お皿にいくらでもでてくるじゃないか。」

「うちの使用人が作ってるぜ。
いつでも雇ってやるよ。」

周囲の子供には理解されない。
アーニャは一人さびしく空を見上げるのだった。

アーニャが馬車から降りて家に着くと、父がイライラしていた。

「カーッ、またへまをやらかしおって。」
最近とみに怒りっぽくなったオスマン領で大商人をする、
父は従者のメンデスを叱っていた。
何をしたかは知らないが、申し訳なさそうに謝罪するメンデス。

後世の歴史では、メンデス家は香辛料を扱う新キリスト教徒で
フッガーと比肩する大富豪といわれているが、
実際にはそれは少し違う。

スルタンの侍従医、王の侍従医、ユダヤ人の名門に侍従医がやたらと多いが
侍従医は現在での、王専用のCIA長官のようなものだ。
仮にキリスト教徒の諜報をキリスト教徒にやらせたとしよう、
キリスト教徒に情報は漏れるし、イスラム教国にコネなど作れない。
少なくとも十字軍以降のイスラム教徒のキリスト教徒恐怖はすさまじく
見つけたら殺せ、内通者は拷問以上の極刑だ。

ユダヤ教徒はキリスト教徒とイスラム教徒の情報のやり取りを管理し
スパイ活動をしていたのだ。
当然、スルタンや国王の意見を直接聞き、報告する義務がある。
故に、侍従医なのだ。王の健康は王位継承にかかわる特の付く機密事項だ。
王妃や王子にも知られることは無い。当然、貴族にもだ。
故に、支配者が変わると、大物ユダヤ人が殺されたりする。

メンデスが大富豪といったが、メンデスはナスィ家の財産管理人で
信用のおける側近だ。
故に身寄りの無くなったアーニャを娘として育てたのだ。

父は有力ユダヤ人や新キリスト教徒の従者メンデスら数人と
なにやら深刻そうに話し込んでいた。

後世で「レコンキスタ」と呼ばれるキリスト教徒による
領土回復運動だ。もはやオスマン帝国のイベリア半島撤退は時間の問題。
各地の侍従医、諜報担当の貴族から厳重な警告がなされていた。

「撤退か、そうなれば、キリスト教徒が同胞をどう遇するか。」
それがみなの話題だった。

「火を見るより明らかでしょう。最低で改宗、火あぶりや全財産没収
もありうるでしょう。」

「最悪の事態、十字軍のような、
聖絶、無差別な虐殺も視野に入れるべきです。」

グラツィアは心配になって少し口を挟んだ。
「キリスト教徒にも友人はおるゾ。そ、そうじゃ、
メンデスもキリスト教徒ゾ。」

父はグラツィアを気にかける様子も無く、
メンデスに謝罪する。
メンデスもばつが悪そうだ。

今考えれば、メンデスも好きで改宗したわけではないだろう。
この陰鬱な雰囲気が嫌なグラツィアは軽挙にもまた
口を挟もうとする。
するとさすがに見かねたように、母が諭す。
「グラツィア、殿方のお話に首を突っ込むものではありませんよ。」
すると弟が母の差し金か、絡んでくる。
「姉上、あそぼ!」

ナスィ家は有力者、諜報のトップだ。もっと早く逃げられた。
だが、父は踏みとどまることを選んだ。
情報が得られなくなれば、一般のユダヤ人は全滅だ。
ユダヤ人の元締めとも言える、ナスィ家の名誉にかけてそれは出来なかった。

財産はほぼすべて、メンデス一族の名義になっている。
家をでるときに架けられた、ロザリオに注意を払うべきだった。
なぜ私が、キリスト教徒の学校に通っていたかを。
有力者 ナスィ一族の処刑。それがキリスト教徒、
それが、神聖ローマ帝国の意向だった。

闇夜に兵士達が 松明を持って近づいてくる。
ナスィ家の人間が逃げれば、もはや一般のユダヤ人に
生きる希望は無くなる。
みんなのために選択の余地は無かった。

「ひぃっ。」今思えば、父らしからぬ言葉だった。
割礼を受けている弟は逃げることは出来ない。
母は、幼い弟だけを死なせるつもりは無かった。
死ぬ瞬間まで弟と一緒にいる気だろう。
一族の根絶やし、それだけは避けねば。
モーセから受け継いだ、神の名を繋ぐために。

「ここまで付いてきてくれてありがとう。
メンデス親子は帰れるのでしょう。」
これが私の聞いた母の最期の言葉だった。

自然とほほを流れる涙。
家族との離別、死、耐え難かった、抗えなかった。
気が付いたら、号泣していた。

気絶しないように、最後の気力を振り絞ってこう言った。
「密告したのは私です。」
「お世話になったのに、裏切って申し訳ありません。」
無言で泣く弟。姉、グラツィアの未来を祈って。

父は去り際にこう言った。
「おのれ、生涯忘れぬぞ、メンデスの娘グラツィア!」

グラツィアは馬車に乗せられて、離れていく家族に向かって
聞こえるかなど考えることも無く、こう絶叫していた。
「これからは、あなた方の分まで生きてゆきます。」
「さようなら!旦那様、奥様、お坊ちゃま!」

そう言うとグラツィアは気を失った。
永遠の別れであった。
レコンキスタの時代、グラツィア 10代になったばかりである。

それから、約5年後、
ネーデルランドから早馬が到着した。

「ネーデルランドのグラツィアから手紙だ。
責任者にそういえばわかる。」
鬱陶しそうに異端審問官は鼻を鳴らした。
収容され、死体と生きている者との区別さえ付かない中、
改宗拒否者はうずくまっている。
ラビにいたっては鼻と耳、両目をえぐられていた。
扉を開けると「ううぅっ。」
悲痛なうめき声が聞こえ
耐え難い悪臭もする。
血と糞尿、腐った死体に沸く蛆。

だが、異端審問官はうれしそうに手紙の中身を読んだ。
「今しがた、手紙が届いた。差出人は、豚のグラツィア・メンデス。
今はベアトリーチェ・ルナ という名だ。」

「グラツィアはユダヤ教を棄て、キリスト教徒となった。」
ハハハ、そう笑いながら続きを読む、異端審問官。

「自殺が禁じられているので、改宗しなければ殺せとさ。」

ラビは抉られた目をそっと閉じると、聞いた。

「私は目が見えません、その手紙何色で書かれているでしょうか。」
どす黒い赤、異端審問官は言った。

「これは、血、血か?」

ラビは最後の命を燃やすように叫んだ。
「おお、かたはらよ。神は、神は、我らを見捨て給うた。」

改宗の手紙、無条件降伏命令書であった。

「たとえ豚といわれようと、生きよ。」
王家の娘、グラツィアからの告解であった。


ジョン・ラッセル 後世に記録が残るかわからないほどの小さな可能性、
ヘンリー8世は、彼にイングランドの命運を賭けていた。
一介の貿易商である、彼の船出など誰も注目していなかった。

かろうじて手に入れたキャラックに、まぬけ という名を冠し、
まともな資金も無く、航海に出る羽目になった彼は絶望していた。

船員はある程度の経験者だが、資金が無い。
この船で、海賊行為など論外だ。
国王がカトリック派の貴族ハワードのせいで無為無策。
私掠海賊としての権利は無い。
単なる無法者だ。

ハワードのせいでプリマスの港に長くとどまることも危険だ。
下手をすれば イングランド国内で人生が終わりかねない。
だが、生きていられるのは、あまりにも無力でちっぽけだからだ。

イングランド貴族の誰も、彼が何か出来るとは思っていなかった。
彼自身も意志は強かったが、コネも金もなしで海の藻屑となることは
覚悟の上だ。

故に考えた、イングランドの敵は誰か?、確実に教皇である。
では教皇を、キリスト教徒を殺したいのは誰か。
その答えは簡単だ。最も殺意を抱いているのはユダヤ人だ。
2番目がオスマンとイスラムだ。

ある日、アントワープの酒場で酔いつぶれていると、
ルナという女貴族が使いをよこしてきた。
おれはイスラム教徒と連絡を取るために、ヴェネチア経由で
オスマンに連絡したはずなのに、
なぜ、イスパニア領に連絡が入ってくるんだ。

「ちっ、しかたねえ。これが罠なら死ぬしかないな。」
酔っ払っているところを狙っての一報だ。
逃げることは出来まい。

2本の蝋燭のある真っ暗なところに案内されると、
通訳の男がやってきた。どんな腹黒が来るのかと思いきや、
若い女、しかも上玉だ。

「はじめまして、ルナと申します、」
女が口を開いた。

「とりあえず、俺はオスマンに連絡したはずなんだが、
あんたイスラム教徒か。」
ラッセルは内偵かと疑って聞いた。

「我々は、イスラムの家のものです。」
「あなたは、国に見離された無法者、
キリスト教徒に捕まれば海賊として縛り首でしょう?」
そう言うと女はくすっと笑った。

「あんたは俺に何を望む。何を与える。」
ラッセルは率直に聞いた。

「イスラムの家は、お金と伝はありますが、
軍事力はまったくありません。」

「はぁ、まあ、金は欲しいけど。
俺は金がほしくて海賊をしてるわけじゃないんだよ。」

「では何がお望みですか。」

「世界だ。イスパニアと大陸のキリスト教徒をぶち殺すことだ。
表舞台から退場していただく。」

「だから、オスマン帝国とイスラム教徒と同盟を結ぶと?」

「ああ」

「イングランドも十字軍として、エルサレムを襲っています。
あなたでは無理でしょう。」

「それで、本題は何だ?」

「イスラムの家に スルタンの侍従医のハモン、
そして、オスマン帝国海軍、いえ、公認の海賊をしているスィナンと
言うものがおります。なにぶん手が足りていないため、
助力しかいたしかねますが。」

「さっき聞いたはずだ。何を与え何を求める。」
ラッセルは無意味な会話は嫌いだった。

「求めるものは キリスト教の分断、そうですね、イングランド王には
離縁していただきましょう。そして、新キリスト教徒を作る。
その折には、我々ユダヤ人に住みやすい国にしていただけるとありがたいです。」

「与えるものは、あなたが求めるだけの、お金とそれと
オスマン海軍の一翼を担っていただくことを可能としましょう。」

「悪い条件じゃないな。」

「が、それは俺にとってはだ。」

「あんたにメリットがあるようには見えんな。
俺は王侯貴族じゃないんだぞ。単なる貧乏な3流海賊だ。」

「私怨、とだけ申しておきましょう。」

「じゃあ早速だが、最新鋭の帆船、戦闘用だ。20隻、
毎年、金貨換算で1万枚、それとあんたのコネを使って
オスマンの大物貴族に直接会いたい。」

「ネーデルランドは独立し、我が勢力に入る予定ですが、
現在はイスパニア領、船はアルジェにてお渡しいたします。
金貨に関しては、この場で用意いたします。」

「オスマンの高位貴族とおっしゃられましたが、
それはわたくしで事足りるかと存じます。
あなたの船に同乗させていただきます。」

「わかった、降参だ。俺の負け。」
「そこまでの覚悟があるのなら、イングランド王を
裏切ることが無い限り、あんたの手駒になってやるよ。」

翌日ラッセルが、アントワープの港にある船に乗り込むと
部下達が有頂天だ。

「なに騒いでんだ手前ら、声を落とせ。」
「ここはイスパニア領だぞ。」

「提督、金貨です。2万枚以上ありますよ。あと信用小切手とか言う物
ユダヤ人の銀行家なら誰でも交換してくれるらしいです。」

「うおーまじすっげえ。」

「あとすごい美人が乗ってきましたよ。」

「オスマンの大物貴族だ。失礼なことしたら殺すぞ。」

「あ、あいさー。」

「今こそ、これを開けるときか。」そう言うとヘンリー8世から
預かっていた文書の蝋の封印を解き、ラッセルはこう宣言した。

「今から俺は騎士爵だ。」

「陛下、海賊ラッセルは、信頼できる支援者を見つけました。
これからは無法海賊としてではなく、英国騎士ラッセルとして
大陸の奴らの鼻をあかしてやりますよ。」

それから、1ヵ月半の航海の後、アルジェに到着した。

約束されていた 「帆船」は20隻確かにあった。
予想していたが度肝を抜かれた。
どうやってこんな短期間に戦闘用の大型帆船
を新造したのか、想定の範疇を超えていた。
だが乗組員はいない。
乗ってきた船の乗組員は、ある程度熟練だ。

「まともに、動かせるのは1隻だけか。」
これからこなす難行を思うとラッセルの気分は
強烈に重かった。新しい船の名前は決めた。

とりあえず、ハルバリア王ウルージに謁見だ。

「共にキリスト教徒から逃げてきた者ではありませんか!」
グラツィアは誇り高きバルバリア王に侮辱とも取れる言葉を叫んでいた。

ラッセルは内心(あちゃー)などと思いつつ、グラツィアの発言を聞いていた。

彼らは、いちおう海賊。だが国王でもある。
ウルージ王とその弟 赤ひげハイレディンだ。

「逃げてきただと、ふざけるな!」
ウルージ王は激昂して怒り狂いながら、吐き棄てた。
女で無ければ確実に殺されていただろう。

それをなだめる温厚な弟ハイレディン。
そのグラツィアが誰か紹介したい人がいる、らしい。

「こちらは、イングランドのジョンラッセル殿です。」
ラッセルはヴァチカンの高速艇に振り回され、
情報戦で敗北している、イスラムを知っていた。
グラツィアのおかげで、命をかけた芝居を打つ必要が
ありそうだ。(あー怒ってるよ)

「失礼だが、貴殿、身分は?」
かつては平民の貿易商だったが、今騎士だ。
しかし、元平民の騎士だと明かすと、
ウルージは怒髪天を突く勢いで暴れだした。

「なめられたものだ。海賊とそしられようと
オスマン帝国の要衝アルジェを治めるバルバリア王に
イングランドは、一介の騎士を使節として送るのか!」
周囲のいかにもと言う古強者の船乗りがウルージを押さえ込む。

王弟ハイレディンがあわててウルージに報告する。
「しかし、スレイマン大帝の書状、侍従医ハモンの推薦もあります。
ハモン殿のは懇願と言っても良いでしょう。しかもかのスィナン・パシャは
彼女の家来です。」

ウルージの意志ははっきりしている。
「それがどうした!それはグラツィア女史にであって、
この騎士殿とは無関係だ。」

落ち着きを取り戻したウルージは礼を失せぬ程度に
平民騎士ジョン・ラッセルを軽蔑していた。
イングランドはなんと言う失礼な国家だ。
国王は逝かれ野郎か。

すると、不敵にもラッセルは笑い出した。
「ふっ、巷では噂になっておりますぞ。
ヴァチカンのスパイ船に振り回され、
海賊行為もままならぬとか、船は不足している。
私は必要でしょう。」

さすがのウルージも、騎士ラッセルが生命を賭している事は分った。
だから男として挑発に乗ってやることにした。
「ふん、無礼な奴だ。貴殿に高速情報艇の拿捕ができると言うのだな。
言って置くが、1度失敗すれば、その命貰い受ける。」

「いいでしょう。あなた方の協力があれが今すぐに可能です。
あいにく私の船は1隻でね。恐怖で支配し使役するガレー船の時代は
終わりです。それでは真のチームは生まれない。」

「兄じゃ、協力は俺がしよう。」

「分った、お前が行け。」

「だが、これは海の男としてではなく、王としての疑問だ。
なぜ同じキリスト教徒が、我々ムスリムに協力する?」

「疑問はごもっともです。陛下。」
ラッセルとしてもこれを説明できねば、
協力どころの話では治まらないだろう。

「イングランドはトルデシャリスの枠から締め出されました。
これは海洋国家にとって致命的、しかもイスパニアはベルナンブコで
銀を、ポルトガルはケープで金を発見した。」
ラッセルは続けた。

「今までは、教会が金を管理し、純度が変わらないため、
安定しており強かったのです。地方領主が銀を扱い、含有量をごまかして
流通させ、庶民も銀で商業取引をしている。生活の基盤である銀が
大量に持ち込まれ暴落すれば、すさまじい、物価の高騰です。」

「ここからはグラツィア女史からの知識でもあるのですが、
フッガー家はいくつかのキリスト教領主を教皇庁から離反させようとしている。
彼らの目的は金の流入による金の暴落です。大航海時代にレコンキスタ、
目的はご存知ですか?」

「いや、知らん。」
ウルージは荒くれ男の欠片もない態度、
完全に、オスマン帝国のバルバリア王という立場で聞いている。

では、

「イスラムの握るアジア、アフリカの交易ルートを無視し、無力化すること
そして、ヴァチカンの威信回復のため、再度エルサレムの奪還を図ることです。
バルバリア王国にはイスパニアの銀を沈めて頂きたい。」

「不可能だ。航路の特定が出来なければどうしようもない。」
ウルージは苦しげに言った。

「いえ、ヨーロッパの陸路は自殺行為、セウタ海峡を押さえればいい。
地中海に持ち込ませなければ決定打とはなりえない。」

ウルージは感心しながら言った。
「ムムム、正論だ。」

それから、グラツィアとラッセルは歓待を受けた。
ラッセルはイスラム教徒は酒は飲まないと知識として知っていたが
海賊は飲むようだ。頭の隅にメモしておいた。
(まあ、酒を飲めば、口が軽くなるからな。
単なる歓待というわけではないだろう。)

ウルージのガレー船は浅瀬で待機していた。
「ハイレディン提督、本当に高速艇は浅瀬に来るんですかい?」
副官の船乗りが言った。

「信じるしかあるまい。」
ハイレディンは答えた。ラッセルの命がかかっているのだ。
彼の行くその道の先を見てみたい、そう思える人物だ。
ラッセルの幸運を信じるしかないだろう。

ヴァチカン高速艇は何の警戒もせず、航行していた。
風下に巨大な船影があることも気がつかないほどに
油断していた.

「伝令、風下に船影。」

「例のバルバリア海賊か。」
船長が尋ねた。
「いえ、大型帆船です。船名ミドルトン号。」
「確か、英語で、ぱっとしない と言う意味か?聞かない名だな。」
船員達はその意味を知ると笑い出した。
だが、見張りは違った。
「速い、航路に入ってきます。」
見張りが報告するよりも速い速度でラッセルは行動を起こしていた。

「ダッキング航法です。」
「何だと、あれは100人近い人間がひとつになってできる
高度な技術、バルバリア海賊などではない、おそらく列強の正規海軍だ!」

「逃げるにも逃げられません。交戦許可を!」

ミドルトン号艦上
「ヤード引き込み面舵いっぱい、船首風上ヨーソーロー。」
「おうっ、ヤード戻せ。」

「敵、ミッシングステー。」

ラッセルは勝ちを確信した。
「葡萄弾、水平射撃、カルバリン右舷全門撃てっ!」
「直撃8 至近弾3」
「敵反撃ありません。」

ヴァチカン高速艇

「船員を狙っているぞ。糞ッ高威力のカノン砲は上にしか撃てない。
やられた、失策だ、逃げるぞ。
幸い敵喫水線は深い、浅瀬に逃げ込め。」

(大航海時代の大砲は砲撃すると反動で
大砲が船に突っ込んできて壊れたり、
人が挟まれたり潰されて死ぬので、
簡単に撃てるものではないのです。)

「提督、す、すぐそばに ガレー船、接舷されます。」
高速艇は複数の乗員を含め拿捕された。

ハイレディンは、ラッセルのミドルトン号に向け、力強く手を振った。
「まさか、本当に浅瀬に追い込むとはな。末恐ろしい。」

アルジェに帰還した、ラッセルとハイレディンはお互いの肩をたたきあった。
ヴァチカンの情報艇の乗員を尋問した結果、有益な情報が得られた。
それにこれで海賊業を再開できる。兄じゃの機嫌も直るだろう。

「ラッセル殿、私の使役しているキリスト教徒の奴隷で
気に入った奴がいれば、乗組員として連れて行ってもいいぞ、
ガレー船とはいえ熟練の奴らだ。役に立つだろう。」
ハイレディンは大声で笑った。

「感謝する。」
ラッセルはそう言うと船員のスカウトに向かった。

提督!そう言うと副官がハイレディンに耳打ちした。
「この船の情報を持っていけば、ラッセル殿をスレイマン大帝に
認めさせうるかも知れんな。たいした御仁だ。」

グラツィアは、ハモンに向けて、手紙を書いていた。

「大帝陛下、グラツィア・ナスィより書状です。」
ハモンが手紙を差し出す。

「なぜ、イブラヒムのいるところで?」
疑問に思ったが手紙を開く。

「血か、血をインクとしているのか。」

サドラザムのイブラヒム
「ユダヤ人が血のインクとは、我々を侮辱しているのか!」

「お待ちください!」
スィナンはハモンに指示されたものを持って
声を上げた。

「何だ、申せ、スィナン。」

「これは、我がイスラムに逃れてきた者たちから受け取ったものです。
血の書状、ここにあるだけで300枚以上、わずか6年の間にです。
おそらく、まだ幼い頃から。」

スレイマン大帝は少し考え込み、発言した。
「わかった、イングランドへの支援、前向きに考えよう。」

大公イブラヒムはヴァチカンとつながっていた。
悪い予感はしたが言うしかなかった。
「ヴェネチアとの同盟はどうなされるのですか?」

大帝は宣告した。
「インド航路の発見、我は与り知らぬ。
ヴェネチアは知っていて隠した、裏切りだ。
貴様、生きておられると思うなよ。」

「ひぃっ。」
そう言うとイブラヒムは腰を抜かして倒れ込んだ。

「我は思う、この血の書状の重みに嘘はないとな。」

これにより、オスマン帝国とイングランドの同盟は成った。

稀代の海賊にしてオスマン海軍創設者ハイレディンと、
イングランド救国の英雄ジョンラッセル、
そして、ティベリアの乙女グラツィアナスィのお話です。






しおり