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2 おわり

「注文の包装資材はこれね。毎度」
問屋には現金払いが鉄則なので、経理部から調達した大枚を支払った。
「きみ、少し疲れた顔をしてる。どう、この先に美味しいお茶が飲めるお店があるよ。立ち寄れば?」
「はあ、ありがとうございます。あの、紅茶の茶葉とか扱う所もありますか? ああ、問屋さんだから小売りはしませんよね」
「紅茶が好きかい。この先、通りを抜けると食材を扱う卸問屋だ。中には小売りもしてくれる問屋があるから尋ねるといい」
一礼して包材を車に詰め込むと、歩いて散策した。
車の横行も激しいが、活気のある場所だな。
知らなかった。木下さんがいなくなる事で視野が広がるなんて。
離れた代償に得られた世界か。寂しいだけだが。

ん? この店先にウーロン茶の茶葉が置かれている。聞いてみるかな。
「紅茶? ああ、あるけど銘柄は?」
拘りはないな。木下さんが飲んでいたのはジャンナッツだ。ないだろう。
「フレーバー茶からデカフェ、セイロン・アッサム、ダージリン。色々あるよ」
ダージリンくらいしか分からないな。
「香りが良いものが欲しいです」
「じゃあ、バニラの香りがするフレーバーロイヤルミルクとか、クリームリキュールの甘い香りがするアイリッシュクリームはどう?」
バニラかな。想像しやすい。アイスクリームみたいな甘い感じかな。
癒されそう。
「100グラムで1572円。またおいで、可愛いお兄さん」
かわいいですか。

ふうん、100グラムでこの値段か。ジャンナッツより安価だな。流石は卸か。
また来ようかな、気に入れば。
あ、お店があるんだったな。折角だから立ち寄ろう。
少しくらい会社に戻るのが遅くなっても道が混んでいたと説き伏せる。
営業担当だから言い負かすのは自信がある。

ここかな。こじんまりした喫茶店。看板に手書きで『紅茶専門』とある。
へえ、朝の5時から開店か。卸問屋の区域は大変だな、朝から営業しないと客足を逃がすのか。
「失礼します、」
ドアを開けると客足はない。
あら、閉店時間かな。
「いらっしゃいませ」
ああ、よかった。「こんにちは。美味しい紅茶を頂けますか」
「畏まりました」
「お勧めで、お願いします」
腰かけると、店内は整然としている。むしろモダンだ。古典的ではないな。最近できたカフェかな。
白と赤を基調とした可愛い作りにも思える。女子に受けそう。
ん? 何だろう、この香り。まるで桜餅。いや違う、桜だ。


「お待たせしました。華やかな香りのフレーバーティです。香りは、」
「桜ですか。粋ですね」
へえ、こんな優雅な香りのする紅茶もあるんだな。
「お客様にお似合いかと」
「どうしてですか?」

「桜が咲くころには出会いと別れがあります。接客商売に携わる者ですから、邪推しました。失礼をお許し下さい」

すごいな。
見抜くのか、侮れない。

「茶葉を少し分けて頂けますか? 興味が沸きました」
「勿論。でもお客様。よろしければまたご来店いただければ幸いです」
「ああ、多分、寄らせて頂きます。仕事で出向きますので」
飲んでみたら温度が丁度いい。95度が適温かは知っているけど、今、少し会話をしたから冷めたと思ったが。まさか、それを見込んでとかはないよな。
「お客様、またお越し下さい。今度はまるでケーキのような香りのするマロングラッセをお入れします。甘い香りでお包みします」
「は?」
「お客様を暖かいお気持ちに誘いたく思います。可愛らしいお顔立ちに、そんな悲しい瞳ではお気の毒です。励ましたく存じます」


不思議なお店だったな。
それに妙に心が軽くなった。
何だろう、俺は誰かに話したかったのかな。この秘めた想いを。

後日、また資材の調達が任されたので出向いた。
今日は朝早いけど、いいかな。問屋さんの関係で混んでいないかな。
「おはようございます、」
ドアを開けると意外だ。混んでない。大丈夫か、このお店。繁盛してないとか?
「お客様、おはようございます。お待ちしておりました」
明るい声だ。
流石、接客業。見習わないと。
ん? この人、可愛いな。男子だよね。
先日は香りで胸がいっぱいで見ていなかったけど。あらまあ。
きのこみたいなマッシュな髪に小柄か。ああ、マッシュルーム。あれは白いか。

「覚えておいででしょうか。甘い香りの紅茶でしたよね、頂けますか」
「ええ、勿論です。でもお客さまのお顔、先日とは違いますね。少し、荷物を下ろされましたか?」
ええ、あなたの紅茶のおかげで・とは言いづらいか。
「添えたいものがございます」
「何でしょうか」
「何故か、今日、ご来店頂ける予感がいたしまして取り寄せました。すぐにお入れします」
面白い事を言うな、本当に。
心の隙を突いて、そして労わるようだ。
可愛い顔して、やり手かな。
ん? 何だ、この香りは。甘いけど、草原に居るような。懐かしい感じもする。
包まれる、香りだけで誘われる。体の余分な力が抜けて、解放される。


「セイロン紅茶と矢車菊のフレーバーです。ディアナと申します。ポットをご覧下さい」
は、なにこれ、
花が開く、茶葉が踊っている。
「お客様にふさわしいと思います。ご活躍を」
「あの、あなた、何者ですか。あ、失礼ですね、すみません」
「自分はただの店員です。でも、お客様には失礼ながら、ですね。人目あった際に、」
なにかな。
「挨拶をして下さいましたよね、来店の際に。それも気を惹かれましたが」
「はい?」
「可愛らしいお顔にも、印象深く、お助けしたく尽力しました。今日来て下さるのを祈っておりました」
腰かけた椅子から見上げるこのスタッフさん、動揺していないか?
まさか、
「そんなお顔が曇る様を見ていられなく」
これ。洞察力か?

「あなたに『おはよう』と挨拶されるのが嬉しいです。日々の励みになります」
え?
挨拶なんて、普通だと思うけど。
「こちらはサービスです。よろしければ」とスコーンの乗せられた皿を置かれた。
「あの、ご厚意は有り難いのですが、頂いていいのでしょうか、俺は普通の客です。あまり気を使わないでいいですよ。美味しい紅茶で十分です」

「お顔を拝見して想いを寄せました」


「はい?」
「お力になりたいです。できれば、支えたく、いえ言い過ぎました」
「あのですね。いきなり片言ですよ」

「これからもお立ち寄り下さい、今はこれしか申し上げられません」

あの。
スタッフさん。想いが駄々洩れ。
俺のこと、好きでしょ。目を反らさないの、理由はそれだ。

顔が結構好み。連れて歩いても大丈夫。ひたむきな感じがそそる。
確かにここはあなたの職場。口説けないのは分かる。

スタッフさんには救われた。
心を見抜いてくれたから、俺は自分を取り戻せそう。
じゃあ、言いますよ。

「お名前お聞かせ下さい、俺は五辻と申します」
「はい、五辻さん。桜鶴(おうかく)です。さくらとでも気安くお呼び下さい」

確定だ。別れがあれば、出会いがあるんだ。

「……念のためにお話しします。さくらさん。俺は今フリーですから、さあ、どうぞ!」


ずっと持っていたジャンナッツの空き缶をようやく捨てる事ができた。
流石に、そのまま捨てるのは気が引けて、手を合わせた。
木下さん、お元気で居て下さい。
俺は大丈夫です。どうかお幸せに。
出勤前にLINEを送信した。多分、今日も問屋さんへ出向くだろうから。
『爽やかな香りをお願いします』
すぐに返事がきた。

『爽やかで甘い香りのするフレーバーティのマスカットをお入れします』

へえ、そんなものもあるんだ。
さくらさんみたい。可愛いな。

ようやく前を向けた。時間はかかったけど、進む。
出会えた奇跡に感謝。そして俺はこの、さくらさんは離さない。
心を救ってくれたから。

『早く会いたいです、来て下さい。五辻さん、好きですよ』

ああ、返事をしなくてはね。

「会いに行きます。そしていつかはお迎えします。俺だけにお茶を入れて下さい」
もう1回だ。
「さくらさんが支えです。手離しませんよ。俺を咲かせて下さい」


おわり
ありがとうございます

柊リンゴ


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