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2 おわり

翌朝の朝礼後に、部長に呼ばれた。何かな、管理職なんて普段、話をしない。
「暦くんさあ、業務をもう1社、負担出来るかな」
出来ないなんて言えない。
これは仕事だ。
「私の管轄する、コンビニチェーン。F社の業務窓口、任せる」
待って、それは悪手。
年間3億の取引の大企業です、無理。
全社を担う最大手の取引先だ。
「部長、お言葉ですが、僕は西京主任の業務の、」
「兼務。いいよね」
は、まさか。
抱え込むのか。
「理解したら、現担当者から引継ぎを開始」
「はい、了解です、」

デスクにミルクティーのペットボトルが置かれた。事務所内にある自販機から買ってくれたのかな。

「こら。話を聞いてないな、暦くん。ぼかして話した俺も悪いけど。敵う相手じゃないよ。全社1番手だ、知らない事ないよね。受けたならもう仕方がないけど。ねえ、負担が重いから俺の業務担当分をパートさんに割り振ろうか」
それだけは。縋りたい。
希望します、あなたを支えたい。
「聞きながら、答えを知ってる俺はずるいね。ごめんね、きみは出来ないと言わないもんね」
「すみません」
「どうしたら救える。俺が主任になれたのは暦くんが張り切ってくれたからだよ。この職位、賭けようかな。まだ上に行きたいけど。きみを助けたいな。どう? それなら『出来ない』とは言えないよね」
「止めて下さい、あなたは上へ行くべきです。僕は、」
「進言するよ。俺で駄目なら、諦めて。でも側に居る。業務が終わるまでつき合う。何も変わらないからね、安心して、きみを救いたいんだ。俺はきみのために職位を賭ける。きみがくれたものだから、捧げるよ」

あなた、何処から来たヒーローなんですか。


「部長、お話がございます。お時間よろしいでしょうか」
「すぐそこの席に居たんだから、聞こえてたよ。西京主任。今一度問おうか、きみの口から」
くち、そうだ、
「暦くんには負担が大きいです。何故でしょうか。理由をお聞かせ下さい。あの子は自分がずっと側で見て、色々と移り行く季節を共にしました。情が移ったと指摘されても構いません。自分の職位はあの子のお蔭です。自力ではありません、手離しません! 如何でしょうか」
 
え、西京主任。

「西京主任。社内で上司を恫喝か。きみは成り上がりには見えないが」
「進言します。暦くんを潰すおつもりですか。がれきの屑になさると仰るなら、職位を手離します。俺は未熟です、でも出来ることはします。腹の中に溜め込むつもりは全くございません」
「そうか、主任の枠を外れるか。他に有望株は居るしな」

「止めて下さい!」
挙手して中に入ってしまった。
「……こら。間に入るんじゃない」
「すみません、でも」
「肝心なところで言わないのに。下がって。俺の問題」
「西京主任は上に行って下さい。あなたみたいな気配りの出来る幹部は必要です」
「おい。本気か。できるのか、あ、こら」
顔色を失っている、どうしよう。
「本人はやる気があるみたいじゃないか。西京主任。救われたな。暦くんは兼務だ」


任された業務はパソコンデータを埋め尽くした。うわ、がれき。
「……自分でさ、」
歩み寄る西京主任。お怒りか。男気を折りましたか、僕は。
「よく言えた」
「え、」
「無理なら、俺の業務分をパートさんに割り振る。どう、側で付き合うよ。何時まででも、だから言いなさいね、さっきみたいに」
「西京主任、甘える訳には」
「出来ないことを、出来ないと言うのも勇気が居るかもしれないね。でも言わないと。これは甘えではないよ、周りに迷惑が掛からないように早めに言うのは気配りであり、潤滑な業務を維持する。ねえ、暦  くん。そろそろ言わないとね。きみをがれきの山から掘り出すのは容易だ。俺ならね!」

ゴツンとデスクを拳で叩かれた。
何かが壊れた気がした。

「分かるかな。暴力ではないよ。きみの頑なな心に何が響くか分からない。俺は側でずっと見て来たし、これからもそうだ。でも、いつまでもだんまりでは、一緒に上へ行けない。連れて行きたい。理解してくれるかな。俺は上司の前できみを手離さないと進言した」

そこまで言わせた、この想いに応えたい。


「側に居るから、」と横顔を向け、取引先へ向かい外出する様を見送った。
あのしなやかな足が、重そうに見える。
どうしたら。

「なかなか熱烈だ。面白い事になってきたなあ、西京主任は。潰れてがれきになるのは彼だろう」
え。
「屑になる、固執が醜い。彼の受け持つ業務なんてパートさんに任せたらいいんだ。たいしたレベルではない。偉そうに、上からものを言う。あんな小さな口から暴言か」
待って。

「部長、恐れながら、自分の上司を目の前で罵られるのは不快です」
ああ、とめどなく気持ちが溢れる。
「ん?」
「僕、いえ、自分は西京主任の支えになりたく存じます。何ゆえに自分は大企業を兼務ですか」
「きみ、断らないんでしょう」
「え、」
「押し付けた。丁度、現担当者が退社するのに次の枠がなかったし。西京主任はやけにきみを誉めてたから。出来るんだよね」

待って、
「……それは」
「言ったら終わるよ、暦くん。きみの代りなんて幾らでも居るよ」
「え」
「入社何年目だっけ。覚えてないけど、きみの実務能力はそこそこ評価しているんだ」
「それは、」

「西京主任はきみの側に居るらしいね。いなくなったらどうなるのかな。ほら、分かるね。屑だよ」


強くなる。
ここまで支えてくれた人を見過ごせない。許せない、侮辱なんて。
腹にためたら終わりなんだ。

「西京主任を罵倒しないで下さい、自分は兼務します、ですから、耳を疑うご発言をお控えください、社内のものが全員聞こえるこの場で、自分の上司であり部長の部下である有能な方をあざけるのはおやめください」
「ふうん、噂通りか。任せた」

掌で踊らされてる、でも致し方ない。
守れるなら、守るから。
こんな僕でも、西京主任は必要としてくれているんだ。

「優先順位は自分が決めます。よろしいですよね」
「私の業務が先に決まってるだろう、何だ、きみまで。とち狂いか」

「勿論です。その為に補助をお貸しください。自分1人では敵いません。ご理解頂けますか、自分は西京 主任を最優先です。あくまで、西京主任を支えて、上って頂きます。あの方が幹部で指導者になれば、さぞや社風が変わるでしょう。その様が見たいです。如何でしょうか、自分は西京主任の側で、あの方が常に何を言わんとし、指導されてきたことか。よく分かりました。守ります。全力で挑みます」


「そっくりだな、映し鏡か、貴様らは」
は、
「せいぜい、足掻け。補助は貸す。何名だ」
「2名希望します」
「理解した」
通ったか。
はあ、言ってよかった。
「成程、そうか、潜在能力。がれきの山からきみは見つけられたんだな。西京主任に」
「いえ、たまたまです」
西京主任が、まだ主任に成らない前の出会いだ。
偶然、業務に携わるべき営業事務の枠が空いていて、すんなり枠に入った。

「そうかな。きみが入社後、全然使えないから切ろうとしたのに、彼は拒んだ。まだ成長過程だ、ここで見捨てるかとな。これで2回目だよ、あの若造の罵声を浴びたのは。不愉快、ああ、済まないね」

は、

「きみが成長を遂げたのは、彼のお蔭だろうが、なのにあの態度とは。如何せん、解せない。執着心は業務に不可欠だが、醜く、上に行くものに果たして必須かな」
「恐れながらお鏡お持ちしましょうか、部長」
「言うね。面白い」


「ただいま戻りました」
あ、主任だ。
「ん? なにこの空気。ぴりぴりしてない?」
鋭いな。
「おい、西京主任。きみの部下はよく吠えるな。聞いた話と異なるぞ。悪ガキだ」
ひい。
「部長、今何と仰いました。聞き捨てなりません」
「何だね、その態度は」

「恐れながら、申し上げます。部下を侮辱ですか? 自分の必要とする、補助です、支えです、ここは譲りません。暦くんに謝罪を要求します!」
ガツン、と靴音を鳴らした。
ああ、また何かが壊れた。
何だ、こんどは。
「分かった、そのしなやかな足を始末なさい。悪かった西京主任。そして、暦くん。私の部下でもあるんだよな」

ああ、この人は。
何もかも崩せるのか、この方に指導者を任せたい。

僕には勿体ない人だった。でも、支えたい、側に居させて下さい。


兼務前なのに、今日も残業させた。無賃労働。
如何にしたら恩に報えるのかな。

「残業でした、つきあわせてすみません。でも精進します、西京主任。どうか見捨てないで下さい」
その背中に謝ると見返った。背筋を反らせて凝視された。
「は。本当なんだ、社内でパートさんから聞いた話と同じだ、暦くん、ちゃんと話してる」

「そんな、驚く事ですか、あなたの補助担当です。あなたの営業活動を補佐しています、あなたをずっと見てます。側に居てくれたから。話し方が似てると、合わせ鏡と言われました。誇りに思います」

不意に西京主任が動揺してる。
おかしなことをいった?

「暦くんさ、」
「はい」
「仕上がってるよ、流石は部長が目をつけるだけはある。何時の間に、つい昨日までは俺が背中を押しても動かない、口に出さない、腹にかかえた子だったのに。目覚ましい。何が起きたの」
「西京主任のお蔭です」
砕いてくれました、頑なで閉じこもった殻を。

「側に居ます」
きっぱり言うと、西京主任が「素晴らしいよ」と誉めてくれた。そしてまだ意外なものを眺める表情は隠せない。

「俺には勿体ないね。いいのかな」
「補佐します、その所存です」
本当は、想いもあるけど。
「よく、この背中を追いかけて来てくれた」


「おいで、この時をずっと待っていたんだ」
は、勢いで胸に飛び込んだ。
抱きしめてくれた、え、西京主任、こんなに腕まで細いんだ。
それなのに上司に進言するなんて、どんな秘めた力があるんだろう。逞しい。芯がぶれない。
あなたは本当にヒーローだ、僕の。そして贔屓目かもしれないけど、全社の未来を担える救世主だ。

「飛びつくのを待ってた! よく、来てくれた」
そんな明るい声で。嬉しいですか、僕こそです。
「はい、」
「側に居るから。1人にしないから」
「ええ、僕も」
「支えてね。暦くんがずっと好きだ。だから、見てたよ。側に居たんだ。誰よりもきみの側に。これからもそうだ、俺は上にいく。連れて行くよ、先の景色を共にしよう」
「はい、」
あなたとなら、何処までも。
「よし、もうなにもわだかまりがないな。がれきはない。砕いた破片を蹴散らそうか、行こう、この先へ」
あなたこそ管理職、行って下さい。
全力で支えます。側に居ます。
「導いて下さい、支えます。あなたが大好きです」
言えた、そして応えて貰えた。
必ず幹部に成って下さい。
全力で支える。
「どんな日も側に居るよ。きみを救うからね。笑顔で出迎えて、期待してる、暦くんを誘うよ」


おわり
ありがとうございました

柊リンゴ


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