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「気にしなくていいよ。前向きなの分かるから」
え。時計をチラ見したの気づかれた。
だって、もう19時に近い。定時は18時なのに付き合わせて残業だ。またしても。どうしよう。

「慌てないの。先ずは目の前に広がるそのがれきの残骸みたいな書類を片づけようかな?」
うっ。
確かに、この注文書の量は半端じゃないけど。
しかもパソコンに受注記録を終えた分をデスクに散らかしている。

「よし! じゃあ俺が半分貰おうか」
「え、西京(にしきょう)主任、それはまずいですよ。僕の業務です」
言い切って、さらに自分を追い込んだと自覚した。
どの口が言えたか。残業につき合わせてそれはない。
しかも無賃労働。退社を偽ってスキャンし、総務にごり押しして社内に居てくれている。
「暦(こよみ)くんは面白いよね。待つのも慣れたけど。もう何年、こうして側にいるのかなあ」
「はい?」

「だって、きみは絶対に『出来ません』って言わないもん。俺の管轄する取引先は5社。扱う商材は他規模だよ。それをきみはこなしてる。認めているんだから、大丈夫だよ」

前向きなのは、僕よりあなただ西京主任。
僕がこの商社に入社以来、ご縁があるのか組んでいる営業担当のあなたと事務の僕。
ずっとあなたの思いやりとやさしさに惹かれてる。
だから僕にはこなせない量の業務でも、誰の助けも借りずにこなしたい。
能力が伴わないのに、認められたいと思う気持ちがどうやら駄々洩れか。
こんな不器用な部下を持って、本当は負担じゃないのかな。

「あのね。手、動かそうか。俺を見るよりパソコンが呼んでるから」
ひい。



「……たまに、俺を眺めるよね。何かな? 俺は営業職だから隙を見せると追い込むよ。嫌ならちゃんと画面を見なさい」
嫌じゃない、どうしよう。
慌てて画面に向き直るけど、正面に居る西京主任の視線が気がかりだ。
こんな綺麗な男性は初見だ。
顎の尖った小顔に大きな瞳。口がやけに小さく見える。黄金比は顔のパーツが決め手と聞く。
はまりそう。
それに髪型が黒髪で、ソフトウエーブ。小顔が際立つ。半端じゃない。
実は知っている。
この人、足がやけに長い。そんないらない情報は頭にすらすら入るのに業務は亀。
「キーを叩いてない。どうかした?」
妄想しました。
「俺が目の前にいない方がよさそう。離れるか」
あ、行かないで。
「ん?」
小首傾げて見つめないで。
「何時まででもつき合うから。業務をこなしなさい。きみは出来る子だもん。知ってるから」

こんな付き合いのいい上司、なかなかいないよな。
構ってくれるし、励ましてもくれる。だから僕は期待に応えたい。
そして叶うなら、この人を更なる上の職位へ引き上げたい。
この人こそ、管理職になって、指導する側になって欲しい。上へ行ける人だと思う。幹部がふさわしい。
魅力あふれる幹部は会社の屋台骨になれると僕は確信している。



ようやくこなした業務、帰り道に眺める後ろ姿に、足の長さ、見惚れるな。
すらりと伸びてる。しなやか。
ひい、あの綺麗なお顔にこれか。そして性格もいい。神様は惜しみないな。
「ん? 何か飲む?」
見返るの禁止にしたい。
「知ってる。ミルクティーだ。甘い奴」
ご存じ?
「きみが入社以来、ずっと側で成長を眺めてきたんだ。知らないことはないよ。でもさあ、」
なに。
「言わないよね」
「はい?」
「俺が好きでしょ」
「はいいい」
「あはは、面白い、やっぱり。きみは俺みたいなの、タイプじゃないでしょ。逞しい人だよ。守られたい感じがする。違うか?」
笑顔が月光で陰影をつけて輝く。
あなたが好きですけど。その輝きを守りたいなんておかしいか。
けん制されている、少し残念。

「いつもそうだ。だんまりか片言、どうしてかなあ。心配になる」
うう。

「あのさ、言いたい事は腹に溜めずに言うんだよ? そのために、人には口がついている。会話が出来るように作られた。分かるかな。業務みたいに溜め込むと、やがてがれきの波だ。覆い隠されてしまう」


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