04 ドラゴンを倒した
地面に穴が空くほどの破壊力を内包した打撃を、数百倍にして跳ね返されたドラゴンは、激しい痛みに悶え打つように地面を転がっている。
その度に辺りの木々はドラゴンの肉体がぶつかった衝撃によってなぎ倒されていき、ドラゴンという存在の持つ圧倒的な質量をありありと感じさせる。
「す、すごい……ほんとにドラゴンを倒せるなんて……」
「まだだよ、油断しないで」
既にドラゴンが戦闘不能になったという体でいるミラを静かに戒める。
ドラゴンという生物は、この程度で倒れる存在では断じてない。
「グゥ……ルグァッ……!! 」
その証拠に、攻撃を受けて弾け飛んだはずのドラゴンの腕の肉が凄まじい速度で蠢き、再生を始めている。
「う、うわっなにあれ……」
ミラが口を押さえながら、その光景の気色悪さに眉を潜めている。
ドラゴンの強さとは、何も膂力だけではない。今まさに発揮されている、人間とはまるで比にならない自然治癒力にある。
曰く、ある凄腕の剣士がドラゴンを真っ二つに両断したところ、その上半身が再生しただけで無く、頭を失っているはずの下半身から新たな上半身が生まれ、結果的に二体に増えてしまった、という事例もあったほどである。
とどのつまり、ドラゴンを正攻法で倒すには、肉片が見えないほどにバラバラにする必要がある。
その術はもちろん私が知っているし、ミラの魔力を用いれば、それを可能に出来る。
とはいえ、問題はある。
それは、《
そしてもう一つ、ここが街はずれの森だという事だ。ドラゴンの命を奪いせしめる程の大魔法を放てば、この森をまるごと焦土にしかねない。
ならば、とる方法は一つだ。
「ミラっ、空を飛ぶよ、森を壊したらまずいから!! 」
私は可能な限り大声で、ミラに指示を伝える。
「わかった、えーと……《
ミラは、事前に私が頭の中に送っておいた術式を用いて、飛行魔法を発動させる。
すると私たちの体は天高く舞い上がり、街や森が小さく見えるほどの高度に達した。
「わっ、わわっ!! 」
「ちょ、案外怖い……うわっ…」
空を飛ぶというのは初めての経験だった。持ち前の高所恐怖症も手伝い、かなり嫌な感じがするけど、今はそんな事言ってる場合じゃない。
後は、ドラゴンが思惑通りに動いてくれれば………。
「ら、ラズカっ! ドラゴン飛んで来ないわよ!? 」
回復し終えたはずのドラゴンは私たちを追いかけて飛んでくる事無く、森の中で変わらず鎮座している。
それどころか私たちには目もくれようとせず、その状態で大きく口を開き、魔力をチャージし始めた。恐らく、森を丸ごと焼き払う気なのだろう。
これがドラゴンのもう一つの恐ろしさである、知能の高さだ。
私がさっき「森を壊したらまずい」と言ったことを完全に理解して、森を口から吐き出す熱線で焼き尽くそうとしているのだ。
それを止めようと私たちが降りてきたところを、熱線で狙い撃ちしようという算段なのだろう。
「あ、あいつ森になんかしようとしてるんじゃ!? 止めなきゃ!!」
「待ってミラッ!!」
ドラゴンの思惑通りに急降下しようとするミラを、急いで呼び止める。
「だって、このままじゃ! 」
「大丈夫! それより、今から魔法を2つ連続で撃って貰うから! 私が合図したらすぐにお願い!」
「わ、わかったわ! 」
ドラゴンの行動は、全て計算通りだ。
あとは、あいつが熱線を吐くその時を待つだけだ。
そして数秒後、その大口から、触れたものを粒子レベルで分解する熱線が放たれる――!!
「今だよッ、ミラッ!!! 」
「《
その瞬間を見計らい、魔法の発動を合図する。
ミラがその魔法を口にすると、私たちの目の前に、今まさに魔力熱線を放たんとしているドラゴンが転移された。
「続けてお願いっ!」
「うんっ、《
熱戦が放たれるその瞬間、ミラと私を守るように防御膜が形成される。
「ッゥ……!? 」
ドラゴンがそれに気づき口を閉じようとするも、もう遅い。熱戦は既に放たれた後だった。
先程の一撃を跳ね返した《
「グゥラァゥァ、ア、ァァアァァアァァッッッッッッ!!! 」
さっきとは比べものにならないほどの威力、これにはたまらずドラゴンも悲鳴をあげる。
その威力を以ってしても、あらゆる魔法の効果を悉く半減する外皮が、ドラゴンを致命傷足らしめる事をまだ許さない。煙こそあげているが、すぐに再生してしまうだろう。
だけど、作りたかったのはこの隙、そして、障害物が何も無いこの天空という舞台!
今なら、ドラゴンを倒せる一撃を放つ事ができる!!
「ミラ! 最後、お願いっ!! 」
私の持てる知識の中で選んだ、ドラゴンを確実に討滅せしめる魔法の名前、術式、そして詠唱を、ミラの脳内へ送り込んだ。
「えーと……《星より生まれ 星より出でしその命よ 今一度 天より授かりしその御身をあるべき姿へ返したまえ 死という名の産声を以って 魂の一片まで輝き尽きよ》……!!」
ミラが一文字、一言紡ぐたびに、ドラゴンの巨大な体、その中心に、淡い光が収束していく。
それは、対象の魔力を心臓部に一点集中、凝縮させ、一気に爆発させることにより、対象を内部から粉微塵にする究極の破壊魔法――!!
「《
ミラの叫びと共に、竜の巨大な五体から、目を閉じずには居られないほどの眩い光が溢れ出す。
肉体は風船のように膨らんでいき、岩をも砕くほど硬い外皮がミシ、ミシ、と音を立てて割れていく。
「グゥギィァアァアアァアァァァァァァァアッッッッッッッッ---!!!!!!!」
そしてそれは、凄まじい轟音、光、そして断末魔を伴って爆発した。
防御壁を事前に貼っておいて尚肌をピリつかせるほどの爆風を感じながら、私たちは互いを庇うように抱きしめ合う。
……しばらくして爆発が収まると、さっきまでドラゴンが居たはずのその場には、塵の一つさえ残っていなかった。
「……勝った……の……?」
「うん……私たち、生き残ったんだよ」
それは即ち、私たちの勝利を意味していた。