現実逃避
浩次は薄暗い部屋でパソコンに向かっていた。
今、夢中になっているもの、それは街づくりをする無料のネットゲームだ。二、三人の住人から徐々に人数を増やし、家を建て、店を作り、学校や警察署も建設する。コインやアイテムを貯め、貯まったら土地を買い広げていく。
もちろん市長は自分だ。
住人の悩みを聞き、解決し、信頼を得ていく。
コインは十分に貯めてある。その他のポイントも貯め、アイテムもしっかり確保している。順風満帆の世界だ。
だが。
浩次の現実世界はひどいものだった。リストラに会って現在は無職。職を探すもなかなか自分にあったものは見つからない。雀の涙だった貯金ももうすぐ底をつく。割引の付いたパンや特売のカップ麺で食いつないだ食生活もますます厳しいものになる。
金が尽きればネット生活もやってはいられない。
「あーあ」
浩次は大きく伸びをした。
オレの人生、なんてつまらないんだ。
頼りにしていた両親は死んでもういない。彼女もいない。友達もいない。仕事もない。金もない。才能も運も、何にもない。
この中の自分になれたらなあ。
そう思いながら自分のアバターを見つめる。自分の顔に似せた間抜け面の、だがかわいいアバターが立派な持ち家の前で立っていた。
浩次はぎゅううっと目をつぶった。神様に、いや悪魔に願い事をしてみる。
この中の住人にしてください。魂売ってもいいです。だからこのゲームの中に入れてください。
頭が破裂してしまうほど力を入れ悪魔に願った。力を入れ過ぎてくらっと眩暈がした。頭の片隅でオレは馬鹿かと自問する。
ああ、馬鹿だとも。
浩次は何度も何度も力を込めて願った。
がやがやとにぎやかな声が聞こえてきた。
そっと目を開けると画面で見なれたカラフルな町が目の前に広がっている。自分が選んだ住人たちが右に左にと楽しそうに町の中を走り回っていた。
『市長さん、こんにちは』
前を横切った住人の言葉がフキダシになって通り過ぎていく。
うそだろ。ホントに来たのか? ――マジかよ。オレ、市長だぜ。
わくわくどきどきしながら貯めに貯めたコインに思いを馳せる。
よし。まず上手い飯を食いに行く!
浩次は食堂街に作った様々な飲食店を思い浮かべた。
ここの料理のグラフィック、クオリティーが高くて美味そうだったんだよな。
しかし、進もうとしても足が動かない。
ん? なんでだ。なんで動かないんだ。バグかよ。おい。どうなってるんだ。どうなってるんだよっ。
――あっ。
し、しまった。操作するものが誰もいないっ。
部屋にいるのは死体から放たれる腐敗臭を攪拌しながら飛び回る大量の蠅だけだった。