第82回「邪悪なる騎士」
戦闘にはいくつかの常道がある。シュルツはそれを完全に無視しているように思えた。こんな狭い室内で図体ばかり大きな剣、通常ならば決して有利にはならない。
だが、僕は彼の機先を制することができなかった。懐に飛び込んで後の先を取ることも不可能だった。シュルツは大剣を軽々と操り、基本に則った動きをしたかと思ったら、予想外の攻撃を交えてきたりもする。
相当に戦い慣れていると感じた。どうやらこの「現場」のことを考えながら戦っていては、彼を制圧するのは困難なようだ。
「ただの押し込み強盗ではなさそうだな」
「いいや、ただの最強だ」
シュルツの攻撃が一層激しくなる。僕が魔力で生成した剣がへし折れたので、すかさず二本目を構成する。
僕はさらに評価を改めなければならない。この男はとてつもない強さだ。単純な面制圧力で言えば、僕の方が上だろう。だが、単純な一対一の戦い、点制圧力とでも呼ぶべき実力においては、シャノンやメルにも勝るとも劣らない。
「その力を使ってやることが少女の殺害とは情けないな」
「戦争に情けねぇも下らねぇもあるか。生きるか死ぬかだ。そうだろう、名無し」
二本目の刃が折れる。僕は僕の創り出す武器について、一定の評価を下している。それをやすやすと破壊するとなると、いよいよ評価を改めねばならない。
同時に、余裕ぶった戦いを続けているわけにもいかない。こいつの気が変わってプラムに攻撃目標を変えると厄介だ。
今度は二本の短めの剣を作り出し、両手に一本ずつ持つ。これを交差させ、シュルツの大剣を受け止め、絡め取る。
「魔法が得意なようだが」
この呼吸を、シュルツはかわしきった。すかさず大剣を引き、その刃に炎を踊らせる。
「俺もちょっとは使えるんだぜ」
「そうみたいだな。レッスンは合格だ。おめでとう」
さらに、幾度か刃を交える。激しく火の粉が飛び、光が散った。さながら火薬を持って踊る剣劇のようだった。もはや僕は剣術の面では手加減していないが、彼と体勢を入れ替えることができないままでいる。プラムの安全を確保してから、一気に攻勢に転じるつもりだったが、もうそんな言い訳はやめた方が良さそうだった。
自らに力を与える。高速化の魔法。この速さでもって、シュルツの動きを上回る。
「おお」
シュルツがとうとう防戦に入った。僕の二剣を受け止めながら、この男はより嬉しそうな顔になっていく。戦いに喜悦を求めるタイプであることは明白だった。
「いいな、それ。俺も使うわ」
何だと、と僕が思う間もなかった。
シュルツの体に金色のオーラがほとばしり、たちまち動きが加速した。それは僕が自分にかけた魔法と全く同じものだった。
こいつは、僕と同量の魔力を有している。
いや、その推論は間違っているかもしれない。彼の言葉から考えて、元から使えたとは考えにくい。やれるものなら初めから使用して、僕を圧倒してきたはずだ。
ならば、より事実に沿った推論として、「シュルツは僕の使用した魔法をコピーできる」と考えるべきだろう。
二剣と大剣が伯仲し、つばぜり合いになる。
純粋な力でいっても、こいつの力は相当なものだ。正直言って、今やシャノンやメルよりも強く、ロジャーよりも手強い存在だと感じる。
世界は広い。こんな人間がどこに隠れていたんだろう。
そうだ。そもそも、こいつはここに何をしに来たのか。部屋の中の死体を囮に使っているようだった。ゼネブとは何だ。くそっ、僕は僕の無知が呪わしい。もっと多くのことを知っていれば、今の戦いも、今後の戦略も有利に展開できるはずなのだ。
「ウェイロン・シュルツ。お前は冒険者なのか」
「まぁ、根無し草とほとんど変わらねぇなぁ。てめぇみてぇなやつをぶっ殺して飯食ってんだよ」
「賞金稼ぎ……いや、違う」
「何だ、賞金首なのかよ。じゃあ、ついでに金もいただけるかな」
「バカを言え」
僕はシュルツを押し切り、彼は僕から飛び退いた。素早い動きだ。明らかに僕と同じ分だけ加速している。
「真っ当な身分ってわけじゃないが、僕は賞金首じゃない。だから、考え違いをしているとわかったんだ」
「かつての迷宮師の孫娘を訪ねてくるやつが真っ当ねぇ。俺にはそうとは思えないがね」
「明るいうちから他人の家に押し込んで、本人も護衛も皆殺しにするやつの言えた義理じゃない」
「本人って、まさかこいつのことをスワーナ・ボロメオだと思ってんのか。ああ、しまった。つい笑っちまった。そう勘違いしてるんなら、そのままにしておいてやるのが良かったな。俺は優しいもんだから、すぐ慈悲深く知恵を与えちまう」
そこにいる血まみれの少女はスワーナ・ボロメオではないというのか。
またしても、僕は僕の無知を悔やんだ。どうしようもないこととはいえ、せめて容姿くらいの情報は集めておくべきだった。だとすれば、この少女は誰なんだ。見たところ人間でも魔族でも通用する。
いや、だからこそ、僕は彼女がスワーナではないかと考えていたのだ。魔王軍に逃れてきた祖父ギャリック・ボロメオが、その後、魔族と家庭を築いた可能性は充分にある。彼でなくとも、彼の子ども、すなわちスワーナの父か母が魔族と婚姻した可能性はある。
結果として生まれるのは、人間と魔族のハーフ、あるいはクォーターだ。人型に近い魔族をそれと見抜くためには、生まれた時からついている顔の紋様や、歯の生え揃い方、耳の形、筋肉の構造、性器の形状などいくつかあるが、そこの少女にはいくつかの特徴が「うっすらと」出ている。
「僕は頭が良くないんでね。これは誰だ。君が殺したんだろう」
「そうさ。俺が殺した。スワーナを可愛がっていたからな。何かあればすっ飛んでくるのはわかっていたよ」
もしや、ノエミ・トトか。
それならば、辻褄が合う点が多い。ノエミは反アルビオン派だと聞いていたが、もしかしたら単純に他の魔族と反りが合わなかった可能性がある。なぜなら、人間との混血だからだ。魔族は実力主義かつ平等主義ゆえに種族に関わりなく生活し、また軍にも登用するが、支配者層ともなると限りなく純血主義であり、魔王やその側近になれるのは純魔族に限定されている。
そうした境遇から、同じく遠ざけられたスワーナを可哀想に思って、コンドンの街に住まわせていたと考えればどうだろう。
もちろん、これは僕の妄想だが、検討する価値のある仮定ではある。
「ノエミのそばにゼネブあり、か」
僕はカマをかけた。彼女がノエミであるとするならば、そのノエミに紐付けられる存在として、シュルツが漏らしたゼネブがいるはずだ。
「これ以上何か聞きたきゃ、あの世でそいつに聞くんだな。どうせまとめて地獄行きだ」
「悪いね。僕こそ謝らなくちゃならない。君は君に殺されたばかりの子と再会することになる」
「つまらねぇ冗談だ。俺は天国行きだ。毎日毎日、背教者どもを、魔物を、笑顔しか能のないやつらを、ぶった斬って廻るのよ」
背教者か。何かの信仰心が彼の後ろ盾になっているということだろうか。
「人殺しが評価される宗教か。僕は御免だね。まあ、そういう意味では、僕も罪を重ねてきた。地獄送りは避けられないだろう。だが、君と同じ場所には行きたくないな。君は『一番下の熱い層』にいるだろうから」
また引っ掛けてみる。この世界にも宗教は数多くあり、天国と地獄の考え方を持っているものもまた数多い。とはいえ、主要な宗教はいくつかに限定されるので、そこからさらに絞り込む。キーワードは「多層化され、焦熱でもって罪人を焼く地獄」だ。さながらダンテが「神曲」でウェルギリウスに旅したような、そう、ボッティチェリの絵画に表されたような地獄。あるいは仏教における、地獄絵図に表されるような多種多彩な地獄。さらにはイスラム教における燃え盛るジャハンナム。
一方、ゾロアスター教は多層化されているが、熱地獄ではない。罪人はそこで裁きを受けるが、最高神アフラ・マズダによって救済されるのが特徴だ。北欧神話のニブルヘイムは霧の国と訳される。神話が生まれた環境もあってか、氷の国でもある。罪を負った者はここに行き着くわけだが、さらに下層に灼熱の国であるムスペルヘイムがあるのが面白い。
この世界における人類領域での主要宗教は三つ。僕が訪れたリンドン神殿などに代表されるように実在する神を敬う多神教、ノヴァ教。アクスヴィル聖王国を中心に信仰されている一神教、カーラ教。カランデンデ諸王国を中心に信仰されている一神教、ンニグウェ教。なおンニグウェ教は古名であり、俗称はンニーグ教だ。
僕がリンドン神殿で建築の女神マーグに遭遇したように、この世界では神が実在している。結果として、宗教のあり方も分布も、元いた世界とは大きく違う。
これらの他に異端や少数宗教があるが、僕の質問で絞り込むことができる。
「お前、俺がどこの人間だか探ってやがるな」
だが、気づかれたようだ。
シュルツは顔の片方だけを歪めて、僕を嘲笑してきた。
「小賢しいんだよ。聞きてぇなら直接聞けや。証文つきで教えてやらぁ。俺はアクスヴィル聖王国の騎士だ。そうとも、カーラ教徒だよ」