第12話 スライディング土下座
「ん······ふぁっ······、んー」
えっと、ここは······
辺りを見回す。
ベッドから起き上がると、見慣れない家具が置かれているのに気付いた。
いや、ちょっと見覚えがあるような······
あっ、そうだ、思い出した。
昨日は変態さんことハルバルトさんと戦ってとても疲れていたから、シオンさんに連れられて宿まで来たんだったっけ。
それでそのままベッドにダイブしたんだった。
「ん～～」
今一度伸びをして、重いまぶたを擦りながら、やっとの思いで立ち上がる。
さようなら、ベッドさん......
ガチャッ
僕がベッドにお別れを告げたのと同時に、部屋の扉が開かれた。
「あ！ 起きたんだねシルバーちゃん。ほらシオン、シルバーちゃんが起きたよ」
扉から顔を覗かせたのは、赤い髪が活発的な印象を与えるレーラさん。
レーラさんが後ろに呼び掛けると、困った顔をした金髪の少年──シオンさんが入ってきた。
「はぁ、やっと起きたか、とりあえず外出ろ。ハルバルトが待ってる」
そう言ってすぐに出ていってしまった。
「は、はあ···。えっと、何かあったんですか？ もしかして、まだ僕が魔王の幹部だと疑われていたりします？」
「それはないよ。ただ······ハルバルトさんがシルバーちゃんに謝りたいって、朝からずっと宿に来ててね、別に何かしているわけじゃないんだけど、居心地が悪いというか······」
「あー、そういうことですか。では、すぐに行きますね」
うん、納得した。
確かにあの変態筋肉ムキムキの人が、何もせずにずっといるって、なかなかシュールですよね。
─────────────────
「ハルバルトさん、おはようございます」
僕はなるべく穏やかに、昨日のことは気にしてないよ、という気持ちを込めて挨拶した。
「申し訳ございませんでした！！！！！」
まさにお手本というような、豪快で勢いがあって、一瞬宿が大きく揺れるほどの、スライディング土下座を決めてきたハルバルトさん。
正直引きました。
文字通り一歩と言わず、二歩下がりました。
「えっと······昨日のことはなんというか、色々誤解があったようですし、別に謝って欲しいわけじゃ──」
「本当に申し訳ございませんでした！！ つきましては、
えぇー、なにこの人めんどくさい。
「いや、別に本当に気にしないでいいですよ」
「ふむ、そこまで言うのでしたら······」
ちょっともったいぶるハルバルトさん。
「私の妻になってください！！」
「お断りします」
光の速さで断る。
こんな筋肉ムキムキの人と結婚なんて嫌です。
それに、僕は元男です。
「ハルバルトさん······さすがに今のはないですよ」
苦笑いを浮かべながら言う、レーラさん。
「シルバー、遠慮なんかしなくていいんだ、こいつはこれでも以外と地位のあるやつでな、大体の願いは叶えられるぞ」
「そうですよ。ですから、私の妻に──」
「お断りします」
再び光の速さで断る。
くそー、と悔しがってますけど、この人は謝罪するつもりがあるのでしょうか？
「ロリコンは黙ってろ」
「私はロリコンではない！ ちょっと小さい子が好きなだけだ！！」
(それをロリコンと言うんですよ)
はあ、このままだと本当に妻になりそうで
怖いですね。
なら、とりあえずここで暮らしていくためにお願いでもしますか。
「では、ハルバルトさん」
「はい！！ 式はいつにしますか？ それと、どこでしましょうかね。やはり、サリアでしょうか······いや、でもセイラも捨てがたいですね·····」
いちいちツッコムときりがないので、華麗にスルーします。
「僕、お金とか何も持ってないので仕事か何かの紹介と何日分かの宿をお願いできませんか？」
「了解しました。職業は私の妻、宿は私の家で、何日分と言わず一生一緒に暮らしましょう！！」
「アイスロック」
うるさいので、氷漬けにしておきます。
「レーラさん、僕のお願いって叶いますかね？」
「うーん、多分大丈夫だと思うよ。でも、仕事はどうだろうね」
「そこは安心しておけ、シルバー、お前にとっておきの仕事を紹介してやるよ」
まってましたとばかりに語り出すシオンさん。
どんな仕事なのでしょうか？
「シルバー、俺たちと一緒に魔王を倒さないか？」
なんと僕は勇者のパーティーに誘われました！
─────────────────
「ほほう、あやつの名はシルバーと言うのか。それに、勇者と組むとはのう······これは面白くなりそうじゃ」
宿の窓からこっそりと中を覗いていた少女に気付く者は誰もいない。
