6 望んでいるのは話し合いという名のざまぁですか?
あれから半年が経過した。
結局のところ、ネイラが逆ハールートに入っていようが、王子がものすごく真面になっていたらどうしようなどと悩みはしたが、それはこの塔を卒業した後の話である。
さらに、レティアやケインにも話を聞いたのだが、勇者としての宣託が降りる時期はわからないとのこと。ただ、ゲームの序盤に草花が芽吹いたような話があったことから春じゃないかとの推測があった。よって、来年か再来年か、とにかくもう少し先だったのでこちらもできることは特になかった。
よって、今できることはとにかく知識を詰め込むことである、との結論が出された。
この塔のカリキュラムはとにかくすごい。
何がすごいのかというと、知識の幅が広い、広すぎる。
農作業から商人、そして官僚や大臣といった職業まで網羅してしまうほどの知識をとにかく詰め込まれる。
いったい何になることを想定しているのだろうかとの疑問には、なんにでもなれるようにとの返答があった。
まあ、確かにきちんと卒業できればよほどのことがない限りどこでも生きていけるだろう。知識はいくらあっても邪魔にならない、とは実に名言である。
そして、この塔は知識を詰め込むだけの場所ではない。
個人差はあるが誰もが持っている魔力の使い方から、剣術や体術、そして護身術。さらにはそこら辺にあるものを武器とする方法など、これまた何をさせたいんだ! と叫んだ生徒がいたが返ってきた言葉は一言。
『自分の身ぐらい自分で守れ』
……本当に、どこでも生きていけるようになりますね、と思ったのはおそらくリディアだけではなく、全員だっただろう。
そんなことからこの半年間で、精神的にも物理的にも逞しくなったわと自画自賛してもいい自信がリディアにはある。そして、実際カリキュラムはまだまだ序盤であり、これからもっとすごくなっていくのだが、これをクリアさえできれば王子がまともになっていようがどうにかできる気がするのだから、頑張らない理由はなかった。
そうして日々を過ごしていたのだが、ある日カトリーナに呼ばれて手渡されたものを目にして、リディアは目を見開いた。
「! これは……」
「第3王子殿下からの正式な書状になります」
そう、それは印からしても疑いようもない。
話を聞くと、正規の手順によって塔へと届けられ、内容を確認の上問題なければリディアへ渡してほしいとの言付けがあったそうだ。
「こちらとしては、リディアさんの判断に委ねます。もし受けるのならば塔内に部屋を用意することになりますのでそこはご安心を」
「……」
暗に何かあってもこちらで対処すると言われ、リディアは一瞬考えたのち、口を開いた。
「お受けします」
□ □ □
「本日はこのようなお願いを聞いていただき、お礼を申し上げます」
「こちらこそお呼び立てするような形になってしまい、申し訳ありません」
「いえ、塔のことは存じておりますので」
そう言ってにこやかに笑みを浮かべるのは、王太子になることが確定している第3王子、グリーフィッド。
なぜ彼が王太子なのかというと、れっきとした理由がある。
まず第1王子は膨大な魔力を持つことから病弱であり、とても王として立つことが出来ないと言われている。現に今も表に出てくることはなく、リディアも姿を見たことがない。
そして、リディアの元婚約者たる第2王子は今は亡き側室の子である。
この国では正妃の子供にしか王位継承権はなく、それ以外の王子は婚姻と同時に王籍を離れることが決められている。だからこそ、第2王子はリディアと結婚しオルコット家へ婿として入る予定だった。なかったことになったが。
と、そこまで考えて、ふと、リディアは首を傾げる。
今、何かがひっかかったような……?
だが、それはグリーフィッドが突然頭を下げたことで霧散する。
「リディア嬢、まずは愚兄のしたことに謝罪を」
「頭を上げてください! もう、済んだことです!」
「……そう言っていただけると、こちらとしても助かります」
そう言ってにこりと微笑む様子は、本当にあの元婚約者とは全く違う。
こう、本当にざっくりしたことを言うと、元婚約者はどこかちゃらい印象があるのだが、グリーフィッドは一本芯が通った印象がある。
たった一つしか違わないというのにこの違い。
やはり、王太子となるべく教育を受けているのが大きいのだろう、あの元婚約者は爪の垢でも煎じて飲むべきである。
「それで、本日はどのようなお話でしょうか?」
手紙には、『話したいことがあるので出来れば会いたい』とのことが書かれており、その内容には一切触れていない。
まあ、十中八九あの元婚約者と攻略者たち関係であるとは思うのだが。
「簡潔に言いますと、愚兄に会っていただきたい」
「……こちらはお話ししたいことなどございませんが」
まさか関係修復を持ちかけられているのだろうか、と一瞬表情が硬くなったのを自覚したが、グリーフィッドは緩く首を振る。
「間違っても、もう一度婚約関係を結んでほしいなどとは、露ほどにも思っておりません。これ以上オルコット家のご迷惑になるようなことを願うほど、王家も恥知らずではありませんので」
「では、どのような?」
「願いはただ1つ。現実を見せてあげて欲しいのです」
グリーフィッドの瞳が、何かを思い出すかのように細まる。
「現実、ですか」
「ええ、現実です。できればネイラ嬢にもご同席いただければ幸いです」
「ネイラのことは……?」
「ああ、ご安心ください。きちんと存じております」
王家もそこまで馬鹿ではありません、とグリーフィッドは笑う。
ネイラが学園でどのような立場にあり、どのように王子たちに接していたか。そして、王子たちの言葉になんと返していたのか。
そのすべては調査済みだとの答えに、リディアは安心した。
王家直属の諜報員が調べたことならば、本当に真実だけが伝えられているはずである。
これでネイラの、実は少しだけあったスパイ疑惑がなくなった。
そう、本人がわかっていたかは聞いていないので知らないが、継承権がないとはいえ王子とその周りの一応優秀な者たちを誑かそうとしたことは、どれだけ本人がそうじゃないと言ったとしても、危険人物ととらえられてしまう。
それが今日、グリーフィッドの言葉で消えた。
ネイラは完全に白だと認定されたのである。
よって、問題があるのは、というか問題があったのは王子たちの方だということになる。
だからこその、現実を見せてほしい発言だということなのだろうが、リディアは少しだけ首を傾げた。
「あの、あれからはどのような……?」
そう、面会依頼を問答無用で却下してからそれなりの時間が経っている。その間、周りが何もしなかったなどありえない。
だからこその問いだったのだが、グリーフィッドは処置なしと言わんばかりの笑顔できっぱりと言い切った。
「聞く耳を持ちませんね」
話になりません、と。
それに頬が引きつるのはリディアである。
ああ、やっぱり時間が解決するとか幻想だったのね、と思わず遠い目をしてしまう。
「ええ、なのでぜひとも『会話』をしてあげてください」
「……『会話』ですか」
「そう、『会話』です」
あはは、うふふ、と何処か白々しい笑みがこぼれる。
きっと第3者がいたら涙目で逃げ出すことだろう、そんな雰囲気が漂っていた。
「それに王家の保証はござますか?」
「ええ、あなた方が何を発言したとして、王家はその一切を不問と致します」
「まあ、では多少言葉の乱れが出るかもしれませんが、それもお許し下さると?」
「もちろんです。これに関してはすべてが許されます」
にこやかに、実ににこやかに会話が続く。
「では最後に一つだけお聞きしても?」
「何でしょう?」
「王家として、どの程度までお望みですの?」
その、ある意味率直な言葉に対し、グリーフィッドは本日一番の実に清々しい表情で笑った。
「それはもう、――徹底的に」
「承りました」
その返答に頷き、リディアも綺麗に笑って見せた。