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第3話 お嬢様、魔法を覚えたがる。

 ブリュンスタッド家の屋敷はとにかくデカい、その大きさは小国の王宮に匹敵すると言ってもいいレベルだ。
 そんなに大きな屋敷で且つ帝国三大貴族ともなればきっと使用人の数も両手両足の指じゃ足りないと思うだろう。
 だが実の所そうではない。
 この馬鹿みたいに大きな屋敷に住んでいるのは俺と、当主であるエリザベートだけなのだ。

 5年前、エリザベートの父君であるアルタイル様が病気で亡くなられた。
 最初は父を亡くしたエリザベートを哀れんで皆付き従っていたが、エリザベートの我がままに耐えかねた使用人達は一ヶ月もしない内に屋敷から出て行ってしまった。
 当然その時は俺にも声が掛かったが、アルタイル様の遺言もあって丁重に断った。
 それからは俺が1人でエリザベートお嬢様のお世話と屋敷の管理をしている。

「お嬢様、夕食の準備が整いましてございます」

 俺は言いつけどおり部屋で寝ているであろうお嬢様に夕食の知らせをやってきていた。
 軽いノックの後「入れ」と許可が出る。俺は扉を開け、その無駄に広い部屋へと入った。

「よく来たなミコト」

 そこには下着のみを着用して玉座みたいな椅子に足を組んで座るエリザベートの姿があった。

「はぁ…… お嬢様いつも言っているでしょう。ドレスは床に置かないで下さいと、まったくシワになったらどうするんですか?」

 俺は床に無造作に脱ぎ捨てられた真紅のドレスを拾って埃を払う。

「……それだけか?」
「はい?」
「妾のこの完璧なプロポーションを見た感想が床に落ちているドレスの文句だけかと聞いておるのじゃ」
「いや、いつも見てるじゃないですか」

 何ならお風呂にだって入れて身体を洗ってやっているのだから全裸だって最早珍しくもない。
 どうもこのエリザベートは服を拘束具か何かと勘違いしているようだ。

「ふッ 成程読めたわい。お前照れておるのじゃな?」
「は?」

 何言ってんだコイツ、気でも触れてんのか?

「よいよい、お前が妾に惚れておるのは昼間の会話で充分伝わっておる。身の程違いも甚だしいが、それもこれも妾が美しいのが悪いのじゃ。故にこれは世界征服の前金として受け取っておくがよい」
「いやいや、今更下着姿でドヤ顔されても…… お風呂に入る時全裸とか全裸とか全裸とか見てるじゃないですか」
「3回も言わんでいい」

 まあよい、とエリザベートは椅子から立ち上がると両手を水平に挙げる。
 別にラジオ体操を始めた訳ではない、これは『服を着せろ』という意味だ。
 俺は部屋のクローゼットの中にあるスケスケの部屋着をエリザベートに着せる。
 普段からこんな格好を好む人なので今更下着姿くらいじゃ俺は動揺したりしないのだ。



 それからエリザベートには広場で食事を食べさせ、その後は大浴場で湯浴びをしてもらう。
 当然洗うのは俺の役目だ。
 普通の男子ならば可愛い女子の身体を洗えるだなんてこの上ない喜びだろうが、10年もやらされていれば目が慣れてくる。
 今じゃこの女の裸体を見ても特に何も感じない。

「どうじゃ好きな女子の身体を洗える喜びを噛み締めておるか?」
「アーハイハイ」
「ふッ そうじゃろう、そうじゃろう!! 何せこのエリザベートの裸体を拝める男子なぞお前くらいじゃからな。幸せのあまり死ぬでないぞよ」

 どうも昼間の会話のせいで俺に対する上から目線に拍車が掛かっている気がするな。
 完全に自分に惚れていると思っていやがる。

「さて、ここからが今日のメインイベントじゃ!! 名づけて第1回世界征服会議!!」
「わ~」

 大浴場から上がり、エリザベートの自室へと戻った俺はなんだか訳の分からない会議に参加させられていた。

「さてミコトよ。世界を征服するに当たって必要な物はなんだと思う?」

 どうもまだ飽きていないようだな。仕方ない、3日くらいは適当に付き合ってやるか。

「ん~ そうですね~ 武力とかでしょうか?」
「ふむ、妾も同じ事を思っておった。やはり力なくして世界は取れぬからな」
「じゃあ俺が募集用紙でも作りますよ」

 これで集まらなければこの女のやる気も多少削がれるだろうし、適当なバンド募集くらいの気分でいくか。

「いや、妾の軍は妾が直々に集める」
「直々に? それってどういう意味ですか?」
「決まっておろう。街に出て部下をスカウトするのよ」
「あ~ 成程街にねッて、えええ!? あの引きこもりのお嬢様が街に!?」

 これは一大事だ、よほどの用事が無い限り屋敷から出なかったエリザベートが街に行きたがるだなんて。
 やばい、涙が出そう。なんか彼女が真人間に1歩近づいた気がする。

「そこでじゃ、まずは魔法を覚えようと思う」
「え、今の話の流れからどうしてそうなるんです?」
「金で動く輩は信用できんからな、妾自身が武を持って威光を示す事で忠誠心も芽生えようというもの。そこでまずは魔法を極め、その力を以って家来を集めるのじゃ」

 戦国武将かよと突っ込みたかったがコレはこっちの世界では通用しないか。
 しかし魔法、魔法ね……

「なんじゃ、その醜い顔は」
「顔の醜さは関係ないでしょ!?」
「嘘じゃ嘘じゃ、お前の顔は至って普通。普通すぎて逆に引くレベルよ」
「……コホンッ いいですかお嬢様、魔法というのは才ある者でも長い年月を掛けてやっと1つ習得できるレベルの代物です。いくらお嬢様でもそう易々とは――」
「確か、お父様の書斎に魔法に関する本があったな。それを以って参れ」
「いや聞けよ人の話を!!」

 本当に自分の言いたいことばっか言う奴だな。

「ガミガミと五月蝿い奴じゃ、いいから以って参れ」
「いえ、だからいきなり魔法だなんて……」
「10秒やる、以って来い」
「はいィ!! ただいま!!」

 その目、本当に怖いから辞めて欲しい。胃に穴が空きそうだ。
 俺は屋敷の中を全力疾走してお嬢様がご所望の魔導書(グリモア)を持ってくる。
 魔導書(グリモア)というのはまあ簡単にいえば魔法の取扱説明書みたいな物だ。
 魔法の成り立ちとか魔法の種類とか詠唱とかそういうのが載っている
 昔俺も興味本位で読んだ事があったが一切魔法は使えなかった、どうも理解するだけではダメらしい。

「よろしい、しかし10秒オーバーじゃ。罰として腕立て100回」
「そんなぁ~」
「どうせ妾が読んでいる間は暇なのじゃから丁度よかろう」

 そんな訳で俺はお嬢さんが分厚い魔道書を読んでいる間、腕立て伏せをして時間を潰すことになった。
 まあ100回くらいならどうって事はないがさっき風呂に入ったのに汗をかくのも嫌だな。
 仕方ない、上半身だけでも脱ぐか。

「何故服を脱ぐのじゃ?」
「? いえ、汗をかくのが嫌なんで上だけでも脱ごうかと」
「は!? まさか妾をリビドーのままに襲うつもりか!! あー!! 次の段落で犯されるぅー!!」
「いいから早く読んで下さい」
「冗談の通じぬ奴じゃ」

 そして数分後。俺の腕立て伏せが90回台に差し掛かったとき、

「よし、覚えた」
「え!?」

 エリザベートが読了後最初に言った言葉は「読み終わった」ではなく「覚えた」だった。

「ふむ、理解してしまえば割かし簡単なような気がするな」
「ほ、本当にもう魔法を覚えられたのですか?」
「あ~たぶん」
「そんな適当な……」
「試しにお前に魔法を掛けてやろう」
「辞めてくださいよ怖いですし」
「心配するな、そうじゃな~ この《アブソリュート・エクセレスフレイム》とかどうじゃ?」
「そんな聞くからに凶悪そうな呪文を試そうとしないで下さい」

 俺どころかこの屋敷ごと吹っ飛びそうな名前だ。

「もっとマイルドな呪文はないんですか? そうですね、この硝子コップを割るくらいの呪文とか」

 俺は部屋に置いてある比較的安物のコップを手に取る。

「ふん、まあよかろう。それくらいならこの《ショット》とかいう奴で充分じゃろう」
「ああそれなら聞いた事があります。確か指先から圧縮した空気の塊を発射する魔法ですよね」
「うむ。威力もちょっと強い豆鉄砲くらいと書いてあるし、これならこの部屋でも問題なかろう」

 まさに初歩の初歩、試射にはピッタリの魔法という訳だ。

「ミコト、そのコップをテーブルの上に置くがよい」
「ここですか?」
「うむ、破片が飛びちるかも知れぬからもう少し近づけ」
「いや普通逆でしょうよ!?」

 俺は部屋の中央にあるテーブルにコップを置き、少し離れる。

「詠唱とかはいらないんですか?」
「プロセスさえ完璧に頭に入っておれば詠唱は不要じゃ、妾を誰だと思っておる」

 エリザベートはそう言うと右手の人差し指を硝子コップへと向け狙いを定めた。

「ではいくぞ……」
「はい……」

「《ショット》」

 次の瞬間、屋敷の半分が消し飛んだ。

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