文化祭とクリアリーブル事件⑥⑥
約一時間後 クリアリーブルのアジト
結黄賊とクリアリーブルの抗争が始まってから、20分以上は経過した。
そのくらい喧嘩をすればほぼ勝負は決まり結黄賊が勝つのだが、今回は簡単に勝敗はつかずなおも抗争をし続けている。
―――くそッ・・・人数が多い!
アジトの後ろである入り口付近を担当している椎野は、相手の人数の多さに苦戦しながらも何とか持ち堪えていた。
どうしてなおも抗争が続いているのかというと、中には既に無力化している連中も何人かいるがまだ元気な者もたくさんいるため、そんな彼らを相手にするのが精一杯だったからだ。
普段の抗争なら10分以内で終わるはずが、相手の人数が多くそんな簡単にはいかないため、長時間抗争をすることを思ってもみなかった結黄賊たちは今の状況をもがき苦しむ。
―――動け・・・動けよ!
先刻からずっと鉄パイプを振り回し続けている腕は既に限界で、思う通りに動かず攻撃が雑になってしまう。
鉄パイプでの攻撃は危険なため容易に振り回してはいけないが、長時間抗争を続けていれば集中力が切れると共に体力も消耗されていく。
相手は人数が多くて自分が休める時間はあると思うが、人数の少ない結黄賊には当然休む暇などなくただただ体力が失われていくだけだった。
だが、この疲れて苦しい思いをしているのは椎野だけではない。 隣で一緒に戦っている御子紫も、ここにいる仲間たちも皆感じていた。
―――あーもう、しつこいんだよッ!
目の前にいる男を強い一撃で無力化し安堵するが、すぐ隣から次の攻撃が椎野に襲いかかってくる。
―――くそッ・・・体力が・・・保たねぇ・・・!
結人の作戦は成功しこのままいけば結黄賊の勝利が目に見えているが、これは残りの体力と時間との勝負だ。
そう確信した椎野は、折れかけている自分の心を何とか支えようと喝を入れようとした――――その時。 隣から、御子紫の張り上げた声が耳に届いてきた。
「ユイ!」
―――ユイ?
それに反応し目の前にいる相手に注意しながら声がした方へ目を向けると、首に黄色いバンダナを巻いて胸元にバッジを付けている結黄賊のリーダー、
色折結人がそこに立っていた。
「ユイ! どうしてこんなところにいるんだよ」
結人の姿が目に入った瞬間椎野は、目の前にいる相手に思い切り一撃を食らわせ無力化したことを確認すると、彼のいる方へ足を進めながらそう口にした。
口だけでは放った言葉がキツく感じられるかもしれないが、椎野は結人が来たことを嬉しく思っているため本気で嫌がってはいない。
「優に、みんなの様子を見に行ってほしいって言われてな。 俺も心配だったし、来ちまった」
「将軍が来ると、俺らが守んなきゃいけなくなるだ・・・ろッ!」
椎野は後ろから攻めてきた敵を気配だけで素早く感じ取り、相手を攻撃しながらそう口にした。 だが先程と同様、その言葉には嫌な思いは込められていない。
「悪いな。 ・・・お前らは、大丈夫か?」
そう言いながら結人は、アジトの全体を見渡すためつま先立ちになりながらキョロキョロとし出した。
その様子を見ていた御子紫は、今の状況を簡潔に結黄賊の将軍に伝える。
「ユイの言った通り、作戦は順調だしこのままいけば俺たちの勝利だ。 ・・・だけど見ての通り、相手にはまだ活発な奴が何人もいる。
でも俺たちの体力もヤバいから、そろそろ決着をつけないといけないんだけど」
流石にこの人数相手だとたくさんの攻撃を食らってしまうのか、傷だらけになっていて肩で呼吸をしながらそう口にした仲間を見て、結人は心配そうな面持ちで言葉を返す。
「それは大丈夫なのか? お前ら、無理していないよな?」
その発言を聞いた瞬間、御子紫は笑顔になり彼を心配させないよう小さな声で呟いた。
「・・・いや。 ユイが来てくれたおかげで、俺は元気が出たよ」
「だからって・・・どうしてここへ来たんだよ! 来るように頼んだ憶えはねぇぞ!」
結黄賊がクリアリーブルと抗争を起こしている間、小さな部屋では真宮の怒鳴り声が響き渡っていた。
この居場所の前には見張りの男が一人立っており、その声は彼の耳にも届いているのだろう。
ここへどうしても仲間を来させたくなかったのか、悠斗に向かって声を荒げる真宮に対し、悠斗は冷静さを保ったまま言葉を返す。
「真宮をこのまま放っておくわけがないだろ」
「でも・・・ッ! だからって・・・」
今のこの状況に焦りを感じているのか、彼の額からは少し汗が滲み出ており、先程からずっとそわそわとした態度をとっている。
悠斗はそんな真宮を横目に、縛られている縄をどうにかして解けないかと試行錯誤しながら、淡々とした口調で小さく呟いた。
「それにこっちには偽真宮もいて、ソイツには散々な目に遭わされていたから大変だったんだぞ」
「は・・・? 偽?」
何を言っているのか分からず聞き返してくる彼に、何も表情を変えず言葉を返していく。
「服も奪われて、気が付かなかったのか?」
「・・・」
自分が言える立場ではないと思いながらも静かに尋ねると、真宮は何も言い返すことができず黙り込んだ。
それからは互いに一言も喋らず、なおも悠斗は結ばれている縄と格闘し、時間だけが刻々と過ぎていくと――――ふと、聞き慣れた声が二人の耳に届いてきた。
『ユイ!』
「・・・ッ、ユイ?」
あれは御子紫の声だ。 彼が、今確かに“ユイ”と言った。 それをここにいる悠斗と真宮は、互いに同じことを思い確信する。
御子紫はアジトの入り口付近にいて、個室に近いところにいる二人には彼の声がよく聞こえていた。
「でも・・・ユイは病院にいるから、ここには来れないはず」
“ユイ”という言葉を聞き僅かな期待を膨らますが、冷静に考え直した悠斗は小さな声でそう呟いた。 その言葉に続くように、真宮も小さな声で呟く。
「ユイに・・・会いたい」
「え?」
あまりにも小さな声だったので、悠斗は上手く聞き取れず聞き返した。 その瞬間――――真宮はドアの向こうにいる男に向かって、突然声を張り上げる。
「おい・・・。 今そこにユイがいんだろ! 少しだけでいいから会わせてくれよ! おい・・・おい! ドアの向こうで俺の声が聞こえてんだろ!」
結黄賊がクリアリーブルのアジトへ到着する前、静かだったこの室内にも聞こえてきた相手の会話。
『お前はこの部屋の前でアイツらを見張っておけ』
この言葉が聞こえた真宮は、ドアの向こうには相手がいると分かっていて声を上げていた。 しばらくドアに向かって叫び続けていると――――ついに男が、そこから顔を出す。
そしてこちらの方へ目をやりながら、一言だけを返した。
「あぁ?」
やっと気付いてくれた彼に、真宮は真剣な表情になって言葉を紡いでいく。
「なぁ・・・頼む。 少しでいいから、結黄賊のリーダー・・・ユイに会わせてくれ」
その頃結人は、アジトの入り口から前へは進めずその場にずっと立ち尽くしていた。
「やっぱり・・・前には進めねぇよな」
椎野は結人から少し離れて相手と戦っているため、自分を守るようにして前にいてくれている御子紫に向かってそう小さく呟いた。
「あぁ、前には絶対に行くなよ。 自殺行為にしかならねぇ、危険過ぎる」
結人の今の身体を気遣ってか、力強く断言する御子紫。 その言葉を聞いた結人は“本当に俺がここへ来てよかったのか”と思い、再び罪悪感に呑み込まれていく。
本当は彼らを励ましてあげたいが“この中へ行くとただの足手纏いになるだけだ”と思い、踵を返そうかと迷った――――その時。
「おい」
「「ッ!」」
突然背後から声をかけられ、それに反応した二人は瞬時に後ろへ振り返る。
相手がクリアリーブルの者だとすぐに把握した御子紫は、守るように結人の前へ移動した。
「お前、結黄賊のリーダーか?」
目の前にいる男は御子紫を見ているのではなく、更に後ろにいる少年――――結人のことを見ながら、そう尋ねてきた。
その問いに不審を抱いた御子紫は、睨みながらそっと口を開く。
「どうしてそんなことを聞く」
だが睨み付けてくる行為にも気にも留めていないようで、男は後ろを振り返りながら言葉を発していく。
「中で結黄賊のリーダーを呼んでいる男がいるんだ。 だから来てくれねぇか」
「は・・・」
“そんなところへ行かせたら結人はリンチに遭うじゃないか”と考えた御子紫は、訝しんだまま戦闘態勢をとった。
だがその様子を何食わぬ顔で見ていた男は、二人に向かって先程の言葉に一言付け足した。
「あぁ、お前に手を出したりはしねぇよ」
―――手を出したりはしない?
―――じゃあ・・・話し合いで解決しようとしているのか。
―――ということは、中にいるのは今回の事件を起こしたボスかもしれねぇな。
相手の発言をどこまで信じたらいいのか分からないが、クリアリーブル事件が終わるのならどんな手を使おうが構わなかった。 たとえ自分が、また酷い目に遭ったとしても。
そう決意した結人は、男に付いていこうと足を進めるが――――
「おい待てよユイ! 少しは疑ったりしろ、危険だ!」
御子紫の横を通り過ぎようとすると、彼に腕を掴まれ前へ進むことを阻まれてしまった。
「どうしても行くなら、俺もユイに付いていく」
どうしても一人では行かせたくないのか、頑なに説得し続けた。
―――気持ちは嬉しいけど、御子紫はここに残ってみんなの戦力になってほしいんだよな。
―――・・・何て言って、断ろう。
なおも腕を離さない御子紫を見つめながら、頭をフル回転させ必死に断り方を考えていると、突然近くから大きな声が聞こえてきた。
「御子紫! ヘルプ!」
その方へ目をやると、椎野が男3人に囲まれて必死に抵抗している姿が目に入る。 今のこの状況をチャンスだと思った結人は、御子紫に向かって命令を下した。
「御子紫。 椎野のところへ行ってやれ。 俺は大丈夫だ。 でももし俺がピンチになったら大声で叫ぶから、そん時は助けに来てくれよ」