1.7 教練
訓練中のシモフの部下を見ていると、異様な雰囲気がひしひしと伝わってきた。トゥエンが困惑してしまうほどだった。彼はシモフの横に並んで新人の剣術を見ているのだが、その最中にいろんなことを聞いた。国の財政についてシモフはづらづらならべていたが、トゥエンはききながして指導していた。新人訓練の視察のため、アルファグ次官が訓練している剣士の間を歩いていた。アルファグはシモフの父親である。
しかしシモフが獣人の情勢を話しはじめたとたん、トゥエンは仕事をそっちのけに話しこんだ。ついに騎士団のとある中隊長がきられたという。首がまっぷたつにたたれていて、そのまわりには位のない騎士が三人、力つきていたのだという。
トゥエンははじめごわごわとした居心地のわるさがどこから来るのは手がかりさえつかめなかったが、シモフの話を聞いてはっきりした。新人の彼らははじめて死が近くにあることを知ったのだ。王宮騎士団に入れるとはいえど、人を実際にきったことがあるのはいないのだろう。
「そういうことがあっても訓練をやすませないのはいいことだな」
「あいにく、人をきったことがあるのはオレとお前だけだ」
「そうだな、それで王宮騎士団はどうするつもりなんだ」
「今日会議があるらしいが、あいにくオレとお前はでれないな」
「ならどうしてお前の親父さんがここにいるんだ?」
「今日は中隊長級の会議だから」
「ああ、なるほど、大隊長以上は何もなしってこと」
「いまごろ黙とうとはなしあいでもしてるんじゃないかな」
トゥエンはみずからの腰につけている剣をひき抜いた。きのう部屋で眺めた剣ではなく、針であるかのように細い剣だった。突く攻撃に特化した剣コリシュマーデ。さてほかの剣もそうなのかというと、新人が振るっているのはどれも幅のある刀剣で、シモフがもっているものもたたき切ることを目的とした斬撃剣だった。
「トゥエンはあいかわらず細い剣だよな」
「昔っからこれだからな。何より、刺突ならふりまわす分の空間がいらないからね」
「でも斬撃剣にまっこうから立ちむかうとかんたんに折れる」
「それはオレの技術でなんとかするんだよ」
シモフが剣を抜いて、天高く掲げた。よく手入れがされているようで、手首をちょいとひねっただけで、太陽の輝きを剣身がうつし、トゥエンの顔にぶつかった。
「そうだトゥエン、ひさしぶりにひとつやってはみないか? いよいよ物騒な世の中になってきたから、腕がなまるわけにはいかないだろう」
「それもそうだな、さいきん剣をうちあってないしな」
「そうときたら、はやく場所を作ろうか」
剣をおさめて、シモフが手をたたきながら新人の群れに入っていった。シモフは彼らを決闘の見物人にしたてようともくろんだらしかった。トゥエンには決闘を見させる意味、斬撃剣対刺突剣の戦い方を盗ませるつもりであることは見破れたし、これがシモフによるトゥエンへのプレッシャーだということも察した。
かつては二人とも同じ門の下で剣術をまなび、力をきそっていた。そのときは決闘をするたびトゥエンが勝ち目を見ていた。
そして訓練での決闘。剣を振っていない彼にとってしてみれば、現役を相手にするのは不利だ。しかし現役かどうかは彼らの学んだ剣術では関係ない、実力をつねにのばしてゆかないものが負けるとたたきこまれたものだ。シモフが本気で攻めてくるのはまちがいなかった。見物人のまえでトゥエンの血をながして、強さを部下に示すのだ。メンツというやつである。
新人たちがはじにかたまって、ひとまず剣を振りまわす場所ができた。二人は剣二本分の距離をもって対峙した。
「さきに血をながしたら負け、必要なのは肌をなでるぐらいの剣さばき」
「相手が死んだら、みずからも命をたつ」
「なつかしい決闘のオキテだな」
ああ、とトゥエンは答え、剣先をシモフの胸に向けた。シモフが剣を抜いて構える間、ずっとみぞおちのあたりをにらみつけていた。みぞおちをつけば人は死ぬ、シモフも同じことである。シモフが剣先をトゥエンにむけてからは目をにらみつけた。トゥエンは相手を殺すぐらいのきもちだった。
決闘はすでにはじまっていた。片手で剣を構えるトゥエン。両手で剣を構えるシモフ。彼らをとりかこんでいる殺気というか、肩から広がってゆく熱をもった雰囲気が新人たちを黙らせた。
二人はなかなかうごかなかった。うごきたくてもうごけないのだ。トゥエンの戦い方は突きで急所をねらう戦法、対するシモフは力でたたき切る戦法。決闘での、肌をかすめるような攻撃を得意としていない。つまり、どちらにとってもやりづらい。
うごいたのはシモフだった。すこし剣をふりあげてトゥエンにとびかかり、二の腕をねらった。トゥエンはうしろにとびのいて剣をかわした。重い剣をとどめるシモフをおそうはトゥエンの刺突だ。脇をねらった一撃を、体をひねってやりすごした。シモフが見たのはすきだらけなトゥエンの脇だ。しかしそこを攻めようとしたら、トゥエンの剣がはばんだ。根元の太い部分でうけとめ、ななめに受け流した。うまく剣をひいて力をにがした。トゥエンは横にとんで、体勢を立てなおした。
トゥエンはバランスをすこしくずした。シモフはここぞといわんばかりに振りかぶった。いける、と思ったシモフはしかしあまかった。トゥエンは、横から来る剣を、あおむけになって倒れながらさけた。刺突剣をもつ右腕を思いっきりのばし、地面におちてゆく間にシモフの太ももをめざした。
いっ、とシモフが発した。声になりそうないきおいだったのが、力がこもって急にちぢこまった。次につづく音は、トゥエンが地面におちて、肺をつぶされたように、ウッ、と出したものだった。
トゥエンが体中の空気の抜けたくるしい感覚にさいなまれながらも、まのあたりにしたものは両方の太ももからひとすじの赤をにじませ、下にながれてゆく様子だった。
コトを知ったトゥエンは目をつぶり、深呼吸した。
「くそ、もうすこしで小隊長になったってゆうのに。くやしいけれどお前の勝ちだ」
「それでも前よりはいくらか強くなったんじゃないのか? 剣先のうごきはなかなか早かったぞ」
「だてに現役じゃねえよ。それによお、トゥエン、お前の腕、おちたんじゃないのか?」
「だろうな、そのかわり鍛冶の腕はよくなった」
こまるなア、とシモフがにやにやしながら剣をおさめた。両手があくなり傷口に手をそえて、血のかたまり具合をみた。人差し指と親指をこすりあわせて、かたまることの知らない赤をすりこんだ。ちょうどいい、とつぶやくのが聞こえた。
トゥエンは服についた草をはらいながらたちあがり、剣でひとつ風をきった。剣先からのわずかながらとぶ血。オスェンのポケットから布きれを取りだして、のこった血を拭いとった。布にほとんど血はついていなかった。ふとシモフに目をやると、新人のひとりをよんで応急処置をさせていた。衛生担当を志望しているのだろうか。
両ももに布をまかれたシモフは、なにごともなかったかのように訓練をつづけさせた。ただし、剣の特長にあわせて戦術はかえるんだ、というひとつの教えをそえた。負けたのがくやしかったのか、口調はとげとげしかった。それでいて、訓練用の刃のない剣をふるう男どもをみる目はへびのようだった。しかし、たっているのはやや辛いようで、トゥエンの肩を借りていた。アルファグ次官はといえば、見あたらなかった。どうやら決闘の間に視察を終えたようだった。
「さっきの獣人の話だが、王宮としてはどうなるとおもう、シモフの予想は?」
「いいかげん人が殺されたんだ。ひとまず小隊をいくつかあつめて本部を作るってのが普通だな。それでまた様子を見て」
「でも相手は殺戮の女王だからね、俺は中隊ぐらいになるとおもうな」
「とにかく、新人がまともにうごいてくれればいいや」
「そりゃいい」
新人のふるう剣を見ながら、手を剣のつかにそえながら、二人は同じタイミングでニヤッとした。