バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

文化祭とクリアリーブル事件⑥②




数十分後 正彩公園隣 倉庫


結人に命令され鉄パイプを任された夜月と俊のために、一度自分たちの基地である倉庫へ移動した結黄賊たち。
本当は今すぐにでもクリアリーブルのアジトへ乗り込みたいのだが、結人いわく
『今はきっと相手は俺らのことを待ち構えているだろうから“何だまだ来ないのか”って少しでも油断させてから、行った方がいい』
とのことで、大人しくその命令を聞いたみんなは、焦る気持ちを自ら制しながら倉庫へと向かう。

そして目的地へ着いて早々彼らは適当に散らばり、遊ぶわけでもなくただただ喧嘩の練習をし始めた。
結人に言われた『1人10人を相手にする』ということを身に染みて感じているせいか、少しでも努力しようと仲間同士で喧嘩のシミュレーションを開始する。
「よーし! それじゃ、俺は俊に使い方を教えるから夜月は任せたぞ」
仲間がそれぞれ喧嘩の練習をし始める中、椎野は俊に声をかけみんなとは別の練習をし始めた。 鉄パイプを始めて握った俊の表情は、とても怯え険しい顔をしている。
夜月はそんな彼らの光景を、結人がいつも座っているソファーが置いてある台にもたれながら遠い目で見ていた。

―――・・・どうしてユイは、俺を選んだんだろう。

鉄パイプ役を任されたがなかなか乗り気にはなれず、何も行動を起こさないでずっと仲間のことを見つめている。
ぼんやりとして大分気持ちも落ち着き出した頃、突然目の前にあるモノが現れた。
「ッ・・・」
それが鉄パイプだと分かると、夜月は再び先刻の苦しい気持ちを思い出す。
「夜月、持てよ。 俺たちも練習するぞ」
一つの鉄パイプを差し出しながら、複雑そうな表情を浮かべている未来が目に入る。 
それを受け取りながら、夜月は“今の状況では未来が一番苦しいんだ”と思いつつも、自分の素直な思いを彼にぶつけた。
「どうして・・・未来はこれで、喧嘩ができるんだ?」
「は?」
何を言っているのか分からないといった難しそうな表情を浮かべている未来に、更にもう一言を付け加える。
「・・・これを使ったら、人は死ぬかもしれないのに」
こんな物騒な問いにもかかわらず彼は平然とした態度のまま、夜月から目をそらし淡々とした口調で答えていく。

「あぁ、死ぬかもしれないっていうことは分かっている。 それに・・・お前も、人を似たような目に遭わせたことがあるしな」

最後の一言を聞いた瞬間、夜月は理性を失い感情的になって言い返した。
「・・・ッ! おい未来! 今更過去を思い出させるなよ!」
「最初に思い出させたのはユイだろうが!」
「ッ・・・」
彼は何も悪くないと今となって気付き、言葉を詰まらせ黙り込む。 そんな夜月をフォローするように、未来は小さく呟いた。
「別にいいじゃねぇかよ。 過去はもう、変えられないんだ。 それにそんな目に遭わせちまった本人だって、今は元気なんだし。 ・・・あ、元気ではないか」
「・・・」
“そんな目に遭わせた本人”の顔を思い浮かばせながら、彼は更に言葉を紡いでいく。
「・・・ま、いいや。 とりあえず、今過去を悔やんでも仕方ねぇ。 今更過去のことなんて振り返んなよ。 どうしようもねぇだろ。
 本人も気にしていないみたいだし、俺も今の夜月なら鉄パイプをちゃんと使いこなせると思っている。 ユイが言った通り、お前はもう昔のお前じゃないんだ」
何も反応しない夜月に背を向け、目配せをしながら誘導した。
「時間も勿体ねぇからさっさと練習すんぞ。 場所が空いているあっちへ来い」
先にその場所へ向かう未来の背中を一瞬見つめ、夜月は手に持っている鉄パイプへ視線を落とす。

―――今更過去を悔やんでも仕方ねぇ・・・か。
―――本当に俺、これを使いこなすことができんのかな。

責任が重くのしかかるこの凶器を手に、夜月は未来の後を静かに追った。 そして対面する形を取り、早速指導を受ける。
「いいか。 まずは口だけで説明する。 俺たちは普段喧嘩をする時、7割の力で相手を攻撃しているだろ?
 鉄パイプを使用する時はその半分、3割の力で相手に攻撃をすればいい」
「それだけでいいのか?」
聞き返してくる夜月を見て、未来はふと何かを思い出したのかこう付け加えてくる。
「あぁ、やっぱり駄目だ。 夜月は鉄パイプを使うことにまだ恐怖心が残っているだろうから、3割の力で攻撃しても意味がねぇ。 だから夜月、お前は5割の力でやれ」
「5割って・・・そんなのは無理だ」
鉄パイプを軽く振り回すだけでも被害者が出る。 
だから3割の力で攻撃するというのは妥当な考えだが、5割の力で攻撃してしまえばかなりの被害が出ると思い素早く未来に向かって反抗した。
だがそんな夜月には気にも留めず、彼は淡々とした口調で説明の続きを口にしていく。
「今更何を言ってんだよ。 もう逃げられないんだぞ。 狙う場所は普段の喧嘩の時と同じだ。 頭と心臓付近を狙わなければほぼ大丈夫。
 あぁでも、腕や足はあまり狙わない方がいい。 狙うなら肩や太もも。 他は骨が細いから、攻撃したら骨折しかねない」
「・・・分かった」
口頭で一気に説明されたが、夜月は喧嘩には慣れているため全てがすぐに理解でき、すんなりその言葉らを受け入れた。
「よし。 それじゃあ早速実践だ。 所詮相手は素人。 鉄パイプを初めて使う夜月でも、流石に勝てるさ。 だから大丈夫。 本気で来い!」
そう言いながら険しい顔をして鉄パイプを突き出す未来に、夜月も持っている凶器をゆっくりと前へ突き出す。

―――大丈夫。
―――俺は・・・やれる!

意を決したと同時に未来に向かって走り出し、彼の肩を目がけて一気に鉄パイプを振り下ろした。 だがその攻撃は、簡単に避けられてしまう。
「ッ、くそッ!」
軽々とかわされたことを悔しく思い、夜月は何度も何度も向かっていく。 だが、惜しくも攻撃は全て避けられてしまった。
「夜月! それが本気かよ! 動きが遅い! 鉄パイプに対する恐怖心なんて捨てちまえ!」
「ッ!」
未来から発せられる遠慮ない言葉に、歯を食いしばりながら何度も立ち向かい鉄パイプを振り回す。 そして未来からも、夜月に向かって鉄パイプを振り下ろしてきた。
「・・・ッ! おい! あっぶねぇな、手で受け止めようとすんなよ!」
夜月は未来の真正面からの攻撃を素手で受け止めようとしたが、彼は手に当たるギリギリのところでかわしそう言葉を放ってきた。
「素手でくらい受け止められる!」
「ふざけたことを言うな! もし受け止められたとしても、今後の抗争に支障が出るだけだろ! 鉄パイプで攻撃されたら同じもので阻止しろ!」
夜月は未来の指示を素直に従いながら、彼に向かって攻撃をし続ける。
「力が弱い! もっと思い切って振り下ろしてこい! その力の倍は必要だ!」

そして――――未来と鉄パイプでする喧嘩を実践してから、20分以上は経過した。 休まずにずっと振り回していた夜月は、呼吸が乱れ攻撃も次第に雑になっていく。
そんな夜月を見て、未来は今の練習で満足したかのようにこう言葉を発した。
「もういい。 このくらいで十分だろ。 最後みたいに全力で相手に襲いかかれば、夜月は勝つ」
「・・・」
何も返さずに肩で苦しそうに呼吸を繰り返す夜月に、続けて口にした。
「少し休んでいろ。 でも長時間は休むなよ。 呼吸を整え終えたら、すぐにクリーブルのアジトへ向かう準備をしておけ」
そう言って未来は踵を返し、仲間のいる方へ戻ろうとするが――――言い忘れたことがあったのか、歩く足を止め再び振り返ってきた。
「もう一つ、大事なことがあった」
「・・・?」
なおも苦しそうに呼吸を繰り返す夜月を前に、彼は夜月の今の意志をその言葉だけで変えるような発言を、この場に言い放つ。

「相手と戦う時、ユイの敵を取るつもりでやれ。 ・・・それだけでも、十分変わるから」

「ッ・・・」

それを聞いて一瞬反応を見せてしまうと、未来はもう一度仲間の方へ足を進めた。 一方夜月はその場に力なく座り込み、体力を回復させる。
―――ユイの、敵・・・か。
未来に言われたその言葉を何度も胸に刻み、鉄パイプに対する恐怖心を徐々に打ち消していく。
―――俺でも・・・変われるんだよな。
夜月は少しずつ自信を取り戻し手に力を込めて握り締めていると、突然隣から声をかけられた。
「鉄パイプを使いこなすの、苦しいよな。 俺でもできないぜ」
「・・・コウ」
苦笑しながらそう言って、コウは近くにそっと腰を下ろした。 
さり気なく言われた『俺でもできない』という言葉に“喧嘩が一番強いコウでも手に取ることは難しいんだ”と思い、より自分に自信がついていく。
だがそんなコウに向かって、夜月は彼の本当の気持ちを聞き出した。
「コウは・・・怖くねぇのか? 相手は、何人いるのかも分かんねぇのに」
その問いに、コウは苦しそうな表情を浮かべながら静かに答える。
「怖いよ。 相手のことを何も知らずに、抗争を始めるのは怖い」
「・・・そうか」
そして続けて、自分の中に秘めた思いを夜月に吐き出した。
「でも俺は、優の敵を取りたいんだ。 優の敵を取るって心の底から思っていると、怖さなんてものは吹き飛んじまう。 だから・・・そう思うようにしている」
“コウは強いな”と思いながら彼の話を聞いていたが、最後に発したその言葉を聞いて夜月は心のどこかで少し嬉しく思う。

―――コウも、自分の本当の気持ち・・・言えるようになったんだな。

未来に先程言われた通りのことをコウは実践していて、そのことを知った夜月は“本当にそう思うだけで強くなれるんだ”と確信した。
―――俺も、頑張らなくちゃな。
「俺もコウと同じで、ユイの敵を取りたいんだ」
「え?」
突然発せられたその言葉にコウは思わず聞き返してしまうと、夜月は何も言わず彼に向かって優しく微笑み返した。
そしてその場に立ち上がり、ここにいる仲間に向かって力強く命令を下す。
「お前ら! 準備はできているか。 これから真宮と悠斗を取り返しに行く。 ・・・どんなに苦しい光景が目に入ったとしても、動揺はしないようにちゃんと覚悟はしておけよ」


しおり