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文化祭とクリアリーブル事件⑥⓪




5分前 路上


夜月たちは後から来た真宮と合流し、彼を先頭にしてクリアリーブルのアジトへ向かっている。 
だがその前に鉄パイプを収集してこなければならなく、先に公園へ寄ろうとしていた。
クリアリーブルとの抗争に勝利を確信している彼らは、余裕があるせいなのか今のこの状況を遠足状態とでも言えるような、楽しそうな雰囲気を醸し出している。
そんな中、夜月はみんなの一番後ろに付いて仲間を見守りながら、目的地へと向かっていた。 夜月が一番後ろに付くということはいつものことで、特別何かあるわけではない。
そこで楽しそうに会話してる仲間たちを何気なく見回していると、一人俯き寂しそうな表情をしている少年に気付きそっと声をかけた。
「コウ? そんなに、優のことが心配か」
「ッ、夜月・・・。 大丈夫だよ。 心配っていうより、優をやった奴が許せないだけだ」
突然の声に驚きつつも、苦笑しながらそう答えるコウ。 この時夜月は“今のコウがアジトへ行ったら凄まじい力を発揮するんだろうな”と思い、その言葉に苦笑を返してしまう。
そしてその時――――不意に夜月の携帯が鳴り出し、その場にいた夜月とコウは自然とその音に注目した。
「・・・もしもし?」
相手は結人からで“もしかしたら何か連絡をし忘れたのだろうか”と思いつつ、隣にいるコウの視線を感じながらも電話に出る。 
すると電話越しからは、悲鳴に近いリーダーの声が夜月の耳に届いてきた。
『夜月! 今すぐみんなを呼び止めて病院へ戻れ! 早く!!』
「は・・・? 何を言ってんだよ、急に」
結人の怒鳴り声を聞きながらも、夜月は足を止めずに用件を聞き出す。 そしてまたもや、彼は電話越しから叫び声を上げた。

『いいから早く戻れっつってんだろ! アイツは・・・アイツは、真宮じゃねぇんだ!』

「・・・は?」

『だから今すぐ引き返せ! あの偽真宮には付いていくな! お前らハメられるぞ!!』

―――ッ!

「・・・夜月?」
最後の言葉を聞き、思わず夜月はその場に足を止めてしまった。 その突然の行為に、隣にいるコウは不安そうな表情を見せる。
―――アイツは、真宮じゃない・・・?
―――じゃあ・・・誰なんだよ。
“アイツは真宮じゃない”という言葉だけが頭の中で何度もリピートされては、身体全体に震えが走る。
―――みんなを、止めなきゃ・・・。
結人とはまだ電話が繋がっているというのに、知らぬ間に携帯を耳から遠ざけてその手を力なく下していた夜月。 
そして声を肺の奥から無理矢理絞り出すように、仲間に向かって声を張り上げた。
「みんな待って!!」
「「「?」」」
その声により、結黄賊のみんなはその場に立ち止まり夜月の方へ目を向ける。 その時、先頭にいる真宮とふと目が合った。

―――本当に・・・アイツは、真宮じゃないんだよな。

「どうしたんだよ夜月。 何か忘れものか?」
近くにいた椎野がそう尋ねかける。 だがその質問には答えず、彼らに向かって慎重に言葉を放った。
「・・・ユイが、お前らに伝え忘れたことがあるって。 だから、一度引き返そう」
「は? どうしてだよ。 伝えたいことがあるなら、電話とかで聞きゃあいいじゃん」
「・・・ユイからの、命令だ」
未来の正当である発言に、更に一言を付け加え病院へ戻るよう促した。
「まぁ、ユイからの命令ならしゃーねぇか・・・」
「なら時間も勿体ないし、走って病院へ向かいますか?」
“ユイからの命令”という一言で彼らの意志はすぐに変わり、夜月は一安心するが――――

「あ、みんな待ってよ!」

「ん? ・・・何だよ、真宮」

ただ一人――――戻ることを、否定する者がいた。 みんなは引き返そうと踵を返したが、その瞬間真宮は口を開く。
「公園までもう少しだろ! それにアジトもすぐそこだ。 今から戻っても時間の無駄なだけ。 だから、さっさと決着をつけてからユイのところへ戻ろうぜ!」
真宮は必死に仲間をアジトへ誘導しようとしている中、夜月はどんどん彼に不審な思いを抱いていく。

―――確かに・・・アイツがあんなことを言うのはおかしい。
―――副リーダーだからユイの命令は必ず聞くはずだし、そもそもユイからの電話が真宮にではなく俺にきたことに関してもおかしい。

そこで今でも結人と電話で繋がっていることにやっと気付いたが、画面を見ると既に通話は切れていた。
「それもそうだけどよー。 でも、一応ユイからの命令だぜ?」
「俺らを一度引き戻すんだから、それなりの重大な報告があるんでしょ」
御子紫と椎野はそう言って、再び病院へ向かって歩き出した。 そんな二人につられて、他の仲間も踵を返していく。
だが彼らに反するよう、夜月はその場に立ち止まり真宮のことをずっと睨み続けていた。 そして――――

「・・・チッ。 ここまでか」

―――?
真宮が何か言葉を発したが、彼らより一番後ろにいて真宮との距離が一番ある夜月には、突然聞こえるはずもない。 
だがそう言い放った瞬間、彼はニヤリと笑って右手を真上に上げた。

―――ッ、マズい!

「お前ら気を付けろ!」
「「「え?」」」
隣を通り過ぎようとしている仲間に向かって、もう一度叫び声を上げる夜月。 その声に瞬時に反応した彼らは、夜月の目線の先にある真宮の方へ目をやった。
「・・・何だよ、これ」
真宮が手を挙げた瞬間、彼の背後からは何人もの厳つい男らが現れた。 そんな光景に、息を呑む結黄賊たち。
「俺たちに何の用だ!」
だが怖気付いている仲間とは違い、挑発するような声を上げる未来。 だがそんな彼に構わず、男らは結黄賊に近付き徐々に距離を詰めていく。 そして――――

「ッ! 奏多!」

いつの間にか結黄賊のいる真横から現れた男に、二個下である後輩が一人捕まってしまった。
「くそッ! みんなやれ!」
「あ、おい待て!」
その光景を目にして居ても立っても居られなくなった未来は、結黄賊にそう指示し男らの中へ自ら入っていく。 他の仲間もそれにつられ、喧嘩を開始してしまった。
止めようとしたその声は彼らには無念にも届かず、今目の前で繰り広げられている思ってもみなかった抗争に、夜月は唖然としてその場に立ち止まってしまう。
―――どうして・・・こんなことになってんだよ・・・。
―――早く・・・早く止めないと・・・。
相手は今いる結黄賊たちと同じくらいの人数で、普通に喧嘩をすればこちらの勝利は目に見えている。 後輩である奏多も、仲間によって助けられたようだ。
―――冷静に・・・なれ。 
―――ユイは今、ここで喧嘩をすることを望んでなんかいない。
―――今ここで喧嘩をしてもいいという命令なんて、俺は聞いていないんだ・・・ッ!
“早く彼らを止めないといけない”と心の中では思っていても、夜月には重たい責任がのしかかり上手く言葉を発することができない。
―――だから早く・・・早く、みんなを止めなきゃ・・・。

「悠斗先輩!」

―――ッ!
後輩の叫び声により、夜月は自分の世界からようやく抜け出し現状を改めて把握する。 目の前に現れたのは、悠斗が真宮に捕まっている光景だった。
真宮は背後から押さえ付け動けないようにし、悠斗の首元にはナイフをセットしている。 一方悠斗は何も言葉を発さないが、真宮のことを怪訝そうな目で見つめていた。
―――嘘だろ・・・悠斗が!
この光景を見て結黄賊たちは思わず足がすくみ動けなくなってしまうが、一人の少年は当然のように彼を助けに向かった。

「おい・・・離せよ! 悠斗を今すぐ離せ!」

そう怒鳴りながら二人の方へ足を進めていく少年――――関口未来。 真宮は悠斗に手を出さないと信じているため、躊躇わずに足を確実に一歩ずつ前へと進めていく。
悠斗を助け出したいというのは結黄賊のみんなも同じ気持ちなため、未来が彼を助けに向かうことに対しては何も否定はしない、が――――

「未来行くな!」

夜月はその光景を遠くから見ていると、彼らよりも少し離れて不自然な行動をしている者にふと気付き――――その男が、ナイフの狙いを未来に定めていた。
その行動を見た直後、急いでストップをかけるが――――瞬間、奴はナイフを放ってしまう。
―――くそッ!
“止めるのが遅かった”と後悔するのと同時に、少しでも未来に被害が出ないよう彼のもとへ走って駆け寄ると――――

―ドスッ。

「ぅッ、いってぇ・・・」

―――え?

少しの呻き声を上げると、未来はその場に倒れ込む。 その突然な出来事に夜月は立ち止まり、彼らの様子をしばらく見ていた。
ナイフに当たるはずの未来だったが――――刃物を持った男の存在にいち早く気付いたコウが、すぐさま駆け寄って未来を突き飛ばしたのだ。
代わりにコウの頬には、投げられたナイフが少しかすっていた。
「未来、大丈夫か?」
自分の頬から血が流れていることには気にも留めず、突き飛ばし押し倒したせいで自分の下に横たわっている未来に、すぐ安否を確認するコウ。
だがそんな彼を見て、未来は悔しそうに小さな声で言葉を発する。
「どう、して・・・」
そんな二人の感動するシーンを何の感情も抱かずにぼんやりと見ていた真宮は、悠斗を押さえ付けたまま踵を返しこの場から離れて行った。
「あ・・・。 おい、待てよ! 悠斗をどこへ連れて行くんだ!」
真宮につられて他の男らも去って行く中、未来の声だけがこの場に大きく響き渡る。
「みんな何してんだ! 追えよ! どうしてお前らアイツらを追わないんだ! 早く追えよ!」
「・・・今、アイツらはナイフを持っているからむやみに近付くのは危険だ」
「は・・・。 どうして・・・」
未来は腰が抜けてその場から動けなくなったのか、仲間である彼らに悠斗を助けるよう求める。 だがその願いは、夜月のその一言によって儚く消えていった。
そして真宮たちは完全に未来たちの前から姿を消し、この場には結黄賊だけが残される。 未来は小さな声で、悠斗に向けての独り言を呟いた。
「あれ程・・・あれ程、油断すんなっつったのに・・・」
続けて、今更追いかけても見失っては意味がないと思ったのか、未来は仲間に向かって怒りの言葉を吐き出した。

「どうしてお前ら悠斗を追いかけてくれなかったんだ! お前らはそれでも仲間かよ! どうして・・・どうして悠斗だけが・・・ッ! 畜生ッ!」

未来は強く拳を握り、それを自分の怒りと共に思い切り地面に叩き付けた。 何度も、何度も、何度も。 怒りはすぐに治まってはくれないが、徐々に赤くなっていく彼の拳。

そして――――それから数分後、未来は落ち着きを取り戻したのか地面に叩き付ける行為を止め、静かにその場に座り込んだままとなった。
その光景を見た夜月は、再度みんなに向かって命令を下す。
「・・・ユイのところへ戻ろう。 ユイは俺らを待っている。 コウは北野に手当てをしてもらえ。 ・・・未来、立てるか?」
そう言って、目の前で力なく座り込んでいる未来に手を差し出した。


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